継続は筋力なり! | UTOKYO VOICES 005
スポーツ先端科学研究拠点長 総合文化研究科・生命環境科学系 教授 理学博士 石井直方
継続は筋力なり!
人呼んで「筋肉博士」。
筋肉研究のトップランナーである石井直方は、自身がボディビルダーの選手でもある。過去には日本ボディビル選手権大会優勝、世界選手権3位に輝くなど、申し分ない実績だ。さらに、ベストセラーとなった『スロトレ』をはじめ、トレーニングやダイエット、健康管理に関する著書は120冊超。「日本でもっとも筋肉を知り尽くした人物」といっても過言ではないだろう。
原点は、少年時代に見た東京オリンピック。重量挙げ金メダリスト・三宅義信選手の勇姿に感動し、初めてウエイトリフティングという競技を知った。当時まだ小学4年生だった直方少年は、見よう見まねで自分の体重と同じ30キロのバーベルに手をかけるが、何度持ち上げようとも挙がらない。諦めずにトライした挙げ句、ついにリフトアップに成功。「あの瞬間、しつこくチャレンジしていくことの大切さに気づいた」と石井は語る。
東大入学時はさっそくボディビルディング&ウエイトリフティング部の勧誘を受けた。ほんの腕試しにと、上級生すら困難だった80キロのバーベルをいきなり持ち上げた驚異の新入生は、それ以降、全日本クラスのパワーリフティングやボディビル選手権で連覇を果たすなど、スター街道を突き進むことになる。
その一方で、石井は研究者としての道も着実に歩んでいく。中でも、助手時代に心血を注いだのは平滑筋の研究。平滑筋から一つの細胞だけを切り離すことだけに1年。さらに、計測装置の開発に1年。小さな失敗を繰り返しながらも粘り強く研究を進め、ついにはドクター論文「軟体動物平滑筋から単離した単一筋細胞の力学的性質とその構造的基礎」で、世界にその名を轟かすことになる。
「初めて実験が成功したときは生涯忘れられません。この光景を見ているのは人類史上で自分だけなんだという、深い感慨に包まれました」。それでも、石井は「才能より執念」と言ってはばからない。他人ができないこと、まだ達成していないことをやってこそやりがいがある。そのためには何があっても絶対にあきらめないことが大事。筋肉博士は、胆力の人であり、忍耐力の人でもあるのだ。
そんな石井がより一般向けの筋肉研究に携わることになったのは、1990年代に入った頃。アメリカでの高齢者死亡原因第1位が「転倒」というデータが発表され、中高年層における筋トレの必要性が叫ばれ始めた。とはいえ、日本はちょうどバブル景気。「筋肉の危機」を口にするものなど皆無だったが、石井は「30年後に超高齢社会を迎えるこの国の未来は、筋肉にかかっている」と確信し、実践的な研究に着手する。
やがて、予想は現実に。団塊世代が定年にさしかかる2000年代になる頃には、石井のもとに一般向けトレーニングメソッドの執筆依頼や、健康維持・スポーツ指導などに関する講演オファーが殺到するようになる。
「筋肉は単に体を動かすためのものではなく、体全体の恒常性を維持するような機能を備えています。できれば若いうちから、週に2回でもいいので習慣的なトレーニングを」と語る。継続は力…いや、筋力なり。筋肉博士の探求はまだまだ終わらない。
取材・文/宗像幸彦、撮影/今村拓馬
2016年、学位を取得した研究室の卒業生たちから記念に贈られたウエイトリフティング用のベルト。研究室のOB・OGを含む、総勢50人にも及ぶ教え子たちのサインがぎっしり書かれたベルトは、石井教授にとって何にも替えがたい宝物だ
10代の頃から人並外れた体力の持ち主だったが、素質だけではボディビル日本一にはなれなかった。「目的を必ずやり遂げる」という執念と、失敗の大事さを知っていればこそ。この姿勢は研究者としてもまったく変わらない
石井直方(いしい・なおかた)
1977年東京大学理学部生物学科卒業、東京大学大学院理学系研究科動物学専攻博士課程修了、理学博士、理学修士。専門は運動生理学。ボディビルダーとしても活躍し、全日本学生ボディビル選手権優勝、ミスター日本、世界選手権3位、ミスターアジア優勝など、数々の実績を持つ。テレビ出演は『世界一受けたい授業』(日本テレビ)『爆笑問題の日本の教養』(NHK)他、著書は『スロトレ』(高橋書店)、『石井直方の筋肉まるわかり大辞典』(ベースボール・マガジン社)など多数。
取材日: 2017年11月10日