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言葉は人の外側にある。 | UTOKYO VOICES 015

掲載日:2018年3月2日

UTOKYO VOICES 015 - 言葉は人の外側にある。

大学院教育学研究科/情報学環 図書館情報学 教授 影浦 峡

言葉は人の外側にある。

影浦は辞書フリークだった。

「中学のとき100種類くらい集めていて、中でも気に入っていたのは『大字典』や『字源』といった漢和辞典や『大言海』などの国語辞典、クラウン英語熟語辞典やクラウン仏和辞典などでした。毎日、辞書を布団に持ち込んで、言葉を引いて楽しんでいました。記号の外在的な形態とそれが記録している知識に興味があったのだと思います」と、影浦は当時を振り返る。

その後、同じ高校・大学に進んだ二人の姉から、図書館情報学という領域があることを知る。大学で何を学ぶか考えたとき、「言語学でもメディア論でもない、知識の記録を扱う図書館情報学に興味を惹かれました」。知識や情報の表現をいかに集め、整理し、いかに利用可能にするかを研究する図書館情報学が、影浦を捉えたのだ。

1990年、学術情報センター助手のままイギリスのマンチェスター大学に留学し、ほとんど注目されていなかった専門語彙をテーマに博士論文を執筆。音韻や文法に比べて、語彙は要素が膨大になり、しかも体系化が困難なため研究が遅れている。「言語学の人でも語彙という存在とそこにある問題を十分に理解しているとは言えません」と、影浦は語彙研究の困難を語る。

語彙は集合として捉えられなくてはならない。例えば「皆が望むものが全て収録されている巨大な辞書があったとしても、小学生には大き過ぎて使えません。何を探せば良いのかが把握できずまた説明に使われている言葉の意味が理解できないからです。収録されている言葉が多ければいいわけではない。では小学生が理解できる語彙がどの程度なのかということは今まで何となく運用されてきた経験によっており、明示化されないまま運用されているのです」。これは図書館でどのような知識の集合を蔵書として集めるかという課題と共通する。

語彙や図書館における「体系」の問題は、翻訳者の誤訳にも通じるという。「わからないからではなく、わかっているかわかっていないかがわからないから誤訳するのです。では、良い翻訳者が、わかっていないことを感じることができるのはどうしてか。それはどうも、わかっていることの体系化と関連しているようです。ここでも問題は知識や概念の体系に関わります」。

それは、言葉でしか表せない概念を言葉で表すにはどうしたらいいかという問題にも繋がってくる。問題を解決するには「言語のデカルト的使用(認識を明晰に共有できるようにするための言語使用の形式)という概念が鍵」と影浦は考えている。それに関する理論的研究を進めるほか、実践として翻訳学習支援システムを開発・公開もしている。翻訳者は良い翻訳ができるだけではだめで、クライアントになぜそのような翻訳・修正を行ったのか説明できなければならないが、説明できない翻訳者は少なくないという。そこで、「修正カテゴリ(原文の欠落など)を設定することで、その理由を説明できるようにしました。これによって、もじもじしていた学生もきちんと説明できるようになり、翻訳力や翻訳者力(翻訳について説明できる力)が付くことが期待できます」。

「言葉は人の外側にあります。頭では考えていると思っても、実は考えていないことはよくあります。共有可能な言葉を自分の責任で使わなければ、考えたことにならないからです」と、言語の外在性を強調する。言語の外在性を確認すると、言語による思考は「能力」ではなくスキルと見なすことができるようになる。「考える」ことを内面化し「考えよう考えよう」と悩みながら考える代わりに、言葉の操作を具体的に展開し考えることができるようになる。教育の場で考えることを伝える言葉も持てるようになる。

「人類の知性の全重量は人が気持ち良くなるためにあります。不当な苦労は必要ありませんし、何かができないといって罵倒されることはないのです」と、影浦は言語のポテンシャルを外部のものとして明示化することで、言語のポテンシャルを引き出し、人が気持ちよく暮らせる世界が広がっていくと考えている。

取材・文/佐原 勉、撮影/今村拓馬

Memento

「理由を話すととても長くなるのですが(笑)、キノコが好きなんです」と、20年前にドイツで購入したポルチーニ茸の置物をときどき眺めてリラックスしている

Message

Maxim

頭では考えようとしても実は考えていない。具体的に言葉を使って議論したり交渉したりしないと、考えたことにならないからだ。「学生には具体的に何かをしたら自分にごほうびをあげようと言っています。言葉をいじることで楽しくいきましょう」

プロフィール画像

影浦 峡(かげうら・きょう)
1988年、東京大学大学院教育学研究科博士課程中途退学。1993年、マンチェスター大学学術博士。マンチェスター大学科学技術研究所客員研究員、国立情報学研究所助教授等を経て、2005年より東京大学へ。2009年より大学院教育学研究科教授となる(現職)。オンライン翻訳者支援システム「みんなの翻訳」(http://trans-aid.jp/)、翻訳教育支援システム「みんなの翻訳実習」(https://edu.trans-aid.jp/)も運用・公開している。

取材日: 2017年12月20日

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