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身近なテーマを掘り下げることで、古代の歴史を見直す。 | UTOKYO VOICES 018

掲載日:2018年3月13日

UTOKYO VOICES 018 - 身近なテーマを掘り下げることで、古代の歴史を見直す。

史料編纂所 古代史料部 助教 稲田奈津子

身近なテーマを掘り下げることで、古代の歴史を見直す。

歴史学者は子どもの頃から歴史好きの人が多いが、稲田は大河ドラマも見ず、歴史小説も読まなかった。ただ、ミステリー小説が好きで、推理と論理で謎を解いていくための素材として歴史に目を向けたら、とても面白く感じられた。「高校生の頃には歴史学者か考古学者になりたいと思っていました」と稲田は振り返る。

大学で中国との比較で日本の歴史を相対化して論じる教授の授業を受け、その考え方に惹きつけられた。

「大和朝廷は中国(唐)の律令制度を真似て、律令制度をつくったのですが、そこで、何が取り入れられ、何が外されたのか。それが気になったのです」

とくに稲田が着目したのは、殯(もがり)や天皇の葬送、服喪と喪服、官人層の埋葬地などに関する喪葬儀礼だ。中国の律令制度には喪葬儀礼について細かく規定されている。日本の養老律令はそれをかなり真似ているが、違いもある。修士・博士過程とその後の研究で、それらを分析、日本の律令制が目指した喪葬儀礼の特質を明らかにした。

当時、古代史で喪葬儀礼の研究に取り組む人はほとんどいなかった。「古代史は天下国家を論じるものだという考えがあったと思うのです。しかし、喪葬儀礼は誰もが経験するもので、それは古代の人たちも同じです。それを研究することで、古代の人々の生活、感性に少しでも迫りたいと考えました」と稲田は語る。先行研究や参考文献がほとんどない中で、喪葬儀礼の研究に取り組む稲田の姿勢はミステリーを解明する探偵さながらだ。律令を読み解き、その中から当時の儀礼を浮かび上がらせていったのだ。

その後、中国の文化は朝鮮半島を通して日本に渡来しているにもかかわらず、中国と日本の研究だけでは朝鮮半島が抜けてしまうことに気づいた。その視点がないのはハングルが読めないことに原因があると、韓国に在外研究で赴任した。「ハングルを読めるようになって、視野が大きく広がりました。その結果、日本古代史の知見をもとに、朝鮮史を見直したり、三つの地域で喪葬儀礼につながりがあることを論じることができるようになりました」。

今、稲田は史料編纂所で『正倉院文書目録』の編纂作業に携わりながら、喪葬儀礼の研究を続けている。特に、当時の喪葬儀礼を再現することに最も関心がある。「中国にはトゥルファン文書といって、地下墓の遺跡から発見された古文書群があり、そのなかには副葬品などのリストも含まれています。頭の飾り、服、靴と書かれている順番が同じなので、遺体に服を着せていく儀式の流れではないかと考えています」。儀式は記録に残っていないが、文書に注目することで儀式を復元できる可能性がある。その考え方は、日本古代史にも応用できるかもしれないと稲田は考える。

最近では喪葬儀礼を研究する人たちが増えてきた。その中で、先頭を走り、喪葬儀礼研究の道を切り開いてきた稲田の存在は大きい。「多くの人が葬式のような儀礼は伝統的で変わらないものだと考えています。しかし研究を深めると、私たちが想像していたものとは全く違う世界が見えてくることがあります。現在、常識のようにいわれている“伝統”を問い直す意味からも、今、自分がやっている研究は面白いと考えています」と稲田は力を込める。

取材・文/菊地原 博、撮影/今村拓馬

Memento

稲田の職務・研究において大きな割合を占めるのが正倉院文書の復元。切り離されてしまった巻物をメジャーを使って切った部分の大きさを測り、つなぎ目を確認し、奈良時代の作成時の状態に戻していく

Message

Maxim

葬儀などの儀礼は伝統的なもので昔から変わらないと多くの人は考えている。しかし、それは全くの思い込みで、歴史を遡れば、全く違う世界が現れる

プロフィール画像

稲田奈津子(いなだ・なつこ)
2004年東京大学大学院人文社会系研究科博士課程単位取得退学、史料編纂所助手に着任。2007年助教、博士(文学)取得。古代史料部門で『大日本史料』第一編や『正倉院文書目録』を担当。2009年度には韓国で10ヵ月の在外研究を経験。個人研究としては喪葬儀礼研究を基軸に、東アジアの文物に関心を持っている。著書に『日本古代の喪葬儀礼と律令制』(吉川弘文館、2015年)や『大唐元陵儀注新釈』(共著、汲古書院、2013年)などがある。

取材日: 2017年12月14日

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