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物理の法則は普遍生命に迫れるか? | UTOKYO VOICES 024

掲載日:2018年3月20日

UTOKYO VOICES 024 - 物理の法則は普遍生命に迫れるか?

大学院総合文化研究科 広域科学専攻 教授 金子邦彦

物理の法則は普遍生命に迫れるか?

10代の終わりに手にした小松左京の近未来SF『継ぐのは誰か』には、“普遍生物学”という架空の学問を研究する科学者が出てきた。

「心躍らされました。こんな研究が実際にあってもいいんじゃないか、と」

この本に登場した普遍生物学とは、偶然の重なりによってたまたま地球に誕生した生命に特有の性質ではなく、地球を含めて宇宙のどこにでも成り立つ生命、つまり普遍的な生命の性質に理論で迫っていこうという研究。

生命とは何かを知るために地球の生物を観察・分析しようというならわかる。しかし古今東西の生物学者がいまだその答えに手が届かないというのに、宇宙一般に成り立ちうる生命の法則を考えるというのはあまりに現実味のない、夢のような研究にも見えるが……。

「僕は高校生のころから、『世の中の多様な現象をシンプルな法則で記述できる』という物理学の魅力にとりつかれていました。ただ、生物は複雑過ぎて物理学の理論では手に負えないと言われていた。でも僕は、『生命だって物理の法則のもとにあるのだから物理学で説明できるはず』と思ったんです」

物理の面白さに惹かれた人は、より根源的に森羅万象を説明する素粒子論などの方向に進むことが多いが、ここでふつうなら足を踏み入れない生命を研究する方へ進むのは生来の天の邪鬼ゆえ。

しかし東大で理論物理を学ぶものの、普遍生物学という学問分野はそもそも存在しないのだから、自分で模索するしかない。模索を続けるうちに大学院生の時に出会ったのが、カオス理論だった。

「東大では当時、カオスはあまり評価されていなかったんですけど、そこはほら、天の邪鬼でもありましたから(笑)気にならなかった」

複雑なものを要素に腑分けするのではなく、要素が集まった複雑なシステム全体に潜むシンプルな法則を探し出す。これならいずれ、生命に物理法則を見いだす研究に応用できる日が来るかもしれない。複雑系の研究に打ち込んだ金子はアメリカの研究所で大きな実績を上げたことを皮切りに、この分野の第一人者となった。

次なるステップは複雑系科学で生命を扱う「複雑系生命科学」の樹立だ。生命を物質の集まりとしてではなく「生きているという現象」だと考え、その現象を複雑系科学で解き明かしたい。それには生物学や情報学などほかの分野との融合研究が必要となる。その拠点として2008年、複雑系生命システム研究センターを立ち上げた。

そして2016年には「生物普遍性連携研究機構」も発足。とうとう、世界で初めて生物普遍性を冠する研究組織が誕生した。

「小松左京の本で想定されていた未来はたぶん、だいたい今ぐらいじゃないかな」

夢見る天の邪鬼はそう言って頬を緩めた。小説の中で描かれていた夢のような話が、いまここに現出している。どんな生命のルールがこの新たな舞台で見つかっていくのだろう。

取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

Memento

このイルミネーション・ボックスは、還暦のお祝いに研究室の学生からプレゼントされたもの。各格子点のライトの明滅パターンはカオス的に変化し、さらに隣の点と影響しあうようインストールされている。金子が導入した結合写像格子モデルを元に、学生がプログラムを書いた

Message

Maxim

自著のタイトルをなぞりつつも、「カオス」を「渾沌」と言い換えた。渾沌は荘子の思想の中で特別な地位を占める概念。「僕の研究のかなりの部分は荘子からできていると思います。残りは小松左京かな(笑)」

プロフィール画像

金子邦彦(かねこ・くにひこ)
1984年東京大学大学院理学系研究科を修了。ロスアラモス研究所スタニスラフ・ウラム・フェローなどを経て94年より現職。複雑系生命システム研究センター長、複雑生命システム動態研究教育拠点長、生物普遍性連携研究機構長を兼任。カオス理論や複雑系の物理をベースに、生命現象の基礎理論構築を目指して研究を続けている。著書に『カオスの紡ぐ夢の中で』『生命とは何か』など。作家の円城塔は金子研究室の出身。

取材日: 2018年1月16日

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