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経済学で未解決の経済危機の発生と対応についての理論的・実証的な解明に挑む。 | UTOKYO VOICES 026

掲載日:2018年3月20日

UTOKYO VOICES 026 - 経済学で未解決の経済危機の発生と対応についての理論的・実証的な解明に挑む。

公共政策大学院/大学院経済学研究科・経済学部 准教授 植田健一

経済学で未解決の経済危機の発生と対応についての理論的・実証的な解明に挑む。

2008年のリーマンショック、その後のギリシャ危機をはじめとする欧州債務危機など、国際金融の焦点は為替から経済危機に移ってきている。先進国でのその始まりが1990年代の日本だった。

「1991年に当時の大蔵省に入省し、1995年に米国留学から戻ったら、住専問題に端を発する金融危機が起きていた。その対応策がG7やOECD(経済協力開発機構)などの会議の議題となり、随行員として参加しました」

そのとき植田は、高名な学者中心の各国代表による議論を聞いても、根本的なところがよく分かっていないようだと感じたという。当時経済危機は途上国で起こると考えられていて、先進国で発生したのは1931年の大恐慌以来だった。そのため、分からないことが多かったのだ。

「これは研究しがいがあると直感的に思いました」

そこで、職を辞して、大蔵省時代に留学していたシカゴ大学に戻り、ほとんど研究されていなかった、ミクロ経済学分野の一部である金融論とマクロ経済学分野の一部である経済危機論をつなげる研究を始めた。シカゴ大学で経済学博士号を授与されてから、IMF(国際通貨基金)の調査局に入り、実務に携わりつつ研究を続けた。そんな中で起きたのが2008年秋のリーマンショックだ。

「IMF調査局でもマクロ経済学と金融論の双方に通じた研究者は数人しかおらず、チームで米国のリーマンショックと欧州債務危機に対応しました。米国は大恐慌以来の危機で、FRB(連邦準備制度理事会)にも経験者や研究者がいません。IMFは途上国危機対応の経験があり、その知見を生かして、緊急対応策を提言しました」

金融危機が落ち着くと、その根本的な要因とそれへの対応策の議論が湧き上がった。金融分野では、巨大銀行は経営危機に陥っても公的資金による救済があることを見越して、リスクを取り過ぎる傾向があるという“TBTF(Too Big To Fail=大き過ぎてつぶせない)”問題が、議論の中心となった。またそれに対し、国際的な金融規制の新たな枠組みの必要性が認識され、議論が活発になった。植田は、TBTFがどの程度問題なのかの検証や対応策の提案などに関わった。

植田は大学時代、ひどい腰痛で苦労したという。1年ほど、激痛で何をするにも辛かったが、経済学の本を読んでいる間だけは、深遠な問題を考えさせられ痛みを忘れることができた。

「元々あまり身体が丈夫ではなく、2年ほど前にも(ほぼ全快したが)癌にかかったりしたので、常に悔いが残らない人生を歩みたいと考えてきました。英語でmuddling throughという言葉があります。「泥水の中をもがきながらも、前向きに進んでいく」という意味ですが、そのように生きてきて、その中でやりたい仕事ができているのは幸せです」

植田の姿勢は30年前と変わらない。経済危機研究の第一人者となった今も、政策や経済学者の研究には多くの不満を感じる。それが研究に取り組む原動力だ。「経済危機の研究は経済学の中でも未確立で、いわば百家争鳴状態なので、面白い研究ができます」。

もう一つ、植田が力を注いでいるのが後進の育成だ。「欧米の経済官庁・中央銀行や金融機関では研究と実務に精通しながら両立させるプロフェッショナル・エコノミストが増えてきている。日本はその層が薄いので、経済学の専門用語を駆使して議論されている国際会議などで、プレゼンスが弱くなりがちです。世界標準で活躍できるエコノミストを育てていきたいです」。

取材・文/菊地原 博、撮影/今村拓馬

Memento

「アイテムにこだわらずに研究する」。シカゴ大学で教えを受けたタウンゼント教授はそのような研究姿勢だった。思いついたことなどを、その場にある安いボールペンで紙に書き付ける。レストランで話していて、ナプキンに書く人もいる。教授のように自分も手に届くところにある(大抵安い)ボールペンを使用している

Message

Maxim

正しくは“ただ一燈を頼め”。幕末の儒学者佐藤一斎が「どんなに先が見えなくても、一つのことを信じ前に進むのだ」という意味で述べた。「剣の道」は鍛錬すれば強くなるので、“ただ一刀を頼め”と覚えていた。この意味で「刀」の方が自分の気持ちに合っている

プロフィール画像

植田健一(うえだ・けんいち)
1991年東京大学経済学部経済学科卒業、大蔵省入省。1994年シカゴ大学修士課程修了、大蔵省国際金融局係長。1996年シカゴ大学大学院博士課程進学、2000年博士(経済学)。同年、IMF(国際通貨基金)エコノミスト。2009年IMFシニアエコノミストを経て、2014年東京大学大学院経済学研究科准教授に就任。これまでのキャリアで培った経済危機への対応の経験をベースに、研究と教育に携わっている。14年間勤務したIMF調査局では、金融システムとマクロ経済の相互関連を研究。2011年から12年にかけて、マサチューセッツ工科大学経済学部客員研究員も務めた。

取材日: 2018年1月24日

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