境界を設けずに取り組む。 | UTOKYO VOICES 034
地震研究所 火山噴火予知研究センター 准教授 市原美恵
境界を設けずに取り組む。
地元の靴屋店主のひと言が、市原を火山研究に導いたと言っても過言ではない。
徳島県の小さな町で育った市原は、高校3年のとき、東大入学祝いとして人生初めてのパンプスを両親からプレゼントしてもらった。そのとき、たまたま京都大学の宇宙物理出身だという靴屋の店主から東大で何をやりたいのか聞かれた。「天文学や宇宙論に興味があるが、世界中を回りたい」と答えたところ、「あちこち行きたいなら地球物理学がいいよ」とアドバイスされたことが市原の潜在意識に刻まれた。
専攻を決めるとき、地質学か地球物理学に行くか迷った末、地球物理に進んだ。靴屋のことはすっかり忘れていたのだが、「今考えると、あの靴屋さんに会わなかったら地球物理を選ばなかったかも知れません」と、当時の会話に思いを馳せる。
「火山を選んだのは、マグマの複雑な挙動に惹かれたからです。そして実験をしたかったのですが、山に行って自分の目で見ることができることも魅力的な点でした」。しかし、実験のテクニックがないので不安になり、「地震研に席を残しながら、機械工学科の研究室で混相流を研究し、基礎知識も含めテクニックを身に着けました」。
火山噴火は、基本的には熱流体力学現象と捉えられるが、マグマは流体と固体の間を遷移する性質があり、「固体の流動」だけではなく「流体の破壊」が問題となる。その実体を解明するために、理論と実験をもとに研究を行っている。
「アメリカ留学中にゴム粘土の試料でマグマの挙動を調べ始めました。その実験を通して理解が進むにつれ,ガラス流動体であるマグマの破砕モデルをゴム粘土の試料では検証することができないことに気付きました。博士論文の頃から東京農工大学機械工学科の研究室と進めてきた共同研究から、水飴がマグマのよい模擬物質であることが分かっていました。その研究室と共同で、水飴を使ったマグマの破砕実験を10年以上行ってきて、マグマの脆性破壊をほぼ再現できたと考えています。実験については、共同研究者の功績が大きいです」
また、活動的な火山では、多様な振動現象が地震・地殻変動や空振(音波)となって観測されるので、フィールドで火山の音を観測しつつモデル実験を行い、火山の音の意味を理解しようと試みているという。
浅間山や霧島、桜島、西之島をターゲットとして空振計を設置して研究を行っている。2011年に霧島が噴火する1ヵ月前に、火口から700メートルの地点に空振計を設置。
「噴火が始まり、地殻変動や地震とともに空振のデータを一部始終取ることができた貴重な例となりました。実験室での現象と実際の噴火の様子を比較でき、火口や火山内部で起こっている現象について、より明確なイメージを持つことができました。空振の観測は、噴火開始とその挙動をいち早く検知できますので、御嶽山のような火口での被害を軽減できるかも知れません」と話す。
火山研究の面白さについて、「フィールドではデータで自然現象の信号が見え、実験室では現象を直接調べられる喜びあります。特に、実験室で予想外の現象が起こった時にはワクワクします。その原因を追求するには、境界を設けないこと。必要であれば何でも取り入れ挑戦してみることが大切です」と語る。
市原はバリアーを築かないことがブレークスルーに繋がると信じている。
取材・文/佐原 勉、撮影/今村拓馬
アメリカ留学中に粘弾性のゴム資料でマグマの破砕実験を行ったが、ゴムの弾性はマグマとは根本的に違う。水飴がマグマの挙動に近いことがわかり,東京農工大学機械工学科との10年以上にわたる共同研究の結果,実験でマグマの脆性破壊をほぼ再現できるようになった
「自分のやりたいとことを自分の意志で見つけ、選んだ道を進んで欲しい。そして、境界を設けないで研究することが大切です」
市原美恵(いちはら・みえ)
1998年東京大学大学院博士課程修了。1998年に日本学術振興会特別研究員(東京農工大学亀田研究室所属)となり、1999年には海外特別研究員としてカリフォルニア工科大学へ。帰国後は、2001年より東北大学の衝撃波学際研究センター、東北アジア研究センターなどを経て、2004年に東京大学地震研究所へ。助教を経て2013年より准教授となる(現職)。火山の噴火機構や、それに伴う波動現象について、研究をしている。
取材日: 2017年12月8日