FEATURES

English

印刷

声を上げることのできない発展途上国の人々の声を聞き続ける。| UTOKYO VOICES 042

掲載日:2019年3月15日

UTOKYO VOICES 042 - 大学院法学政治学研究科 教授 大串和雄

大学院法学政治学研究科 教授 大串和雄

声を上げることのできない発展途上国の人々の声を聞き続ける。

中学生の頃から社会問題に関心があり、大学では政治学を専攻した。当初は日本の政治に関心があったが、学んでいくうちに国際政治に惹かれ、大学院入学時には発展途上国の政治を研究していこうと心を決めていた。

「一番苦しみの多いところで、抑圧され声を上げられない人々がいることが最大の理由でした」

博士課程の26歳の時、生まれて初めて飛行機に乗り、地球の反対側のペルーに行った。1983年から86年まで滞在し、軍部政治について研究した。

「現地にどっぷりつからないと、人々がどういう風にものを考え、どう行動するのか、実感として分かりません。友だちもたくさんでき、その中で現地に暮らす人々の考え方への理解も深まり、それがその後の研究の土台になりました」

現在、大串が取り組んでいるのは「移行期正義」の研究だ。独裁政権や軍事政権が終わった後、その時期に行われた人権侵害、武力紛争下での戦争犯罪や国際人道法違反行為に対して、どう対処するかという問題である。

1980年代以降、アルゼンチンやチリをはじめ、かつて軍政や独裁だった国では、殺害された人の遺族も含めて被害を受けた人たち(ビクティム=犠牲者)が大変な努力を重ねて、軍政のトップや軍人に対する裁判を起こしてきた歴史がある。民政移管後も軍の影響が強いため、クーデターや内戦になるかもかもしれないという恐怖の中で、裁判にかけたのだった。

その中で、犠牲者たちが求めたのはマクロとミクロの「真実」。マクロの真実とは、真実委員会で起きていたことの全体像を社会に示すこと、ミクロの真実とは強制失踪させられ殺害された人の状況を解明し、弔うことだ。

ラテンアメリカでのこうした取り組みは、世界に先駆けたものだった。その後国連をはじめとする国際世論は、旧ユーゴスラビアの戦争やルワンダにおける虐殺を経て、重大な人権侵害に対しては不処罰を許さないという方向に転換、1998年には国際刑事裁判所(ICC)を設置するローマ規程の採択に至る。

「しかし、裁判そのものへの批判は多い。その対極で、ともかく和解すればよいという和解至上主義の声も強いのです。それに対して私は、まずは犠牲者たちが何を求めているかを中心に据えるべきだと考えて研究を進めています」

そのために2001年以降、大串はペルーとコロンビアを訪れた。両国では内戦の中で、反政府ゲリラ、政府の治安部隊、治安部隊と連携した民兵組織のそれぞれが、一般市民に対して拷問や殺害を広範に行っていた。そして、2018年の夏には、1992年から95年の内戦で、多数の死者と難民、人権侵害が引き起こされたボスニアに調査に行った。そこで犠牲者の人たちに「加害者が現れて、真摯に反省の意を表したらどう対応するのか」などの踏み込んだインタビューを行った。

大串には犠牲者たちの言葉では表せないような厳しい体験を聞くのは申し訳ないという思いもある。しかし、想像もできないような人権侵害の現実の中を生き抜いてきた人々の言葉を聞き取り、それを世界に伝えるということが、そうした出来事とは無関係と考える人がほとんどの国に暮らす人たちにとっても大切なことだと信じ、研究を続けている。

写真:(小物)

Memento

かつて軍事政権関係者に内幕をインタビューした時、「録音機を止めたらもっと話す」といわれ使うのを止めた。しかし、最近は人権侵害の被害者へのインタビューが多く、2018年のボスニア調査からICレコーダーを使い始めた。

Message

Maxim

軍事政権や独裁政権の下で、肉親や家族が強制失踪の被害にあうなど筆舌に尽くしがたい経験をした人々の尊厳を回復したい。「すべては人権に帰着する」という坂本義和先生の言葉が研究の根底にある。

Profile
大串和雄(おおぐし・かずお)

山形大学人文学部助教授、国際基督教大学教授を経て1999年から東京大学法学部教授。日本比較政治学会会長、日本ラテンアメリカ学会理事長、川崎市平和館運営委員会会長などを歴任。専門はラテンアメリカ政治、比較政治、人権問題で、近年は特に移行期正義を研究。著書に大平正芳記念賞を受賞した『軍と革命―ペルー軍事政権の研究』(東京大学出版会、1993年)、『21世紀の政治と暴力』(編著、晃洋書房、2015年)など。

取材日: 2018年11月28日
取材・文/菊地原 博、撮影/今村拓馬

アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる