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史料を読みこみ、「見えないもの」から「見えるもの」をあぶり出す。| UTOKYO VOICES 049

掲載日:2019年3月25日

UTOKYO VOICES 049 - 史料編纂所 准教授 杉森玲子

史料編纂所 准教授 杉森玲子

史料を読みこみ、「見えないもの」から「見えるもの」をあぶり出す。

東大の赤門は道路から少し奥まっている。杉森は「このスペースは、加賀藩主前田斉泰が将軍徳川家斉の娘の溶姫を正室として迎えるため文政10(1827)年に赤門を建てたとき、類焼を防ぐ目的で設けられた火除地なんですよ」と話しながら赤門をくぐった。

実際、そこで地震や火事をやり過ごした人が書いた史料もあるという。「歴史」という見えないものが目の前に立ち表れる。「いま見えている風景が違って見えますよね」。杉森はつぶやく。

学生のときに都市史に興味をもった杉森は史料編纂所に職を得て、江戸市中の行政に関する史料『市中取締類集』の編纂と研究に従事。その後、『江戸名所図会』の著者として知られる当代一の文化人・知識人である斎藤月岑の日記を担当した。町名主としての公務と家族や自分の日常、祭りや火事など社会の出来事が書き留められた貴重な史料だ。

斎藤月岑の生きた江戸は激動の時代だった。「月岑は明治11(1878)年まで生きたので、日記では江戸が東京へと変貌していく様子がみてとれます。幕府や社会に打撃を与えた、安政2(1855)年の大地震のことも書かれています」。

大地震が発生するスパンは百年以上と長い。2011年の東日本大震災以降、長期的な検証の必要性が強く叫ばれるようになったことから、東京大学では地震学・火山学など自然科学から地震や火山の活動に迫る地震研究所と、日本史史料の調査・収集・研究に基づいて史料集を編纂する史料編纂所との連携研究が本格化した。2017年には両研究所が連携して地震火山史料連携研究機構が発足。杉森はその准教授も兼任している。

機構では歴史的史料から過去の地震のデータベースを作っているが、杉森には連携研究を通じて新たな発見があった。

史料編纂所が所蔵する島津家文書のなかに、江戸の大地震と火事が描かれた絵巻がある。詞書も日付もないため、いつ、何のために描いたものかを直接的に確かめるのは難しいと考えられていた。

しかし、斎藤月岑日記や地震関係史料を広く読み込んでいた杉森は、それを探る手がかりが絵巻の内外にあることに気づいた。杉森は文献史料と絵巻を丹念にすり合わせ、この絵巻は薩摩藩主島津斉彬が縁の深かった公家の近衛家に対し、安政江戸地震で島津家が被災した状況と江戸の混乱を知らせるために描かせたものであること、ゆえにこの絵巻は安政江戸地震における江戸の被災や復興の様子を伝える貴重な史料ともなっていることを示した。

絵巻の中ほどに、屋敷から外へ避難した身分の高そうな女性が描かれている。説明書きはないが、杉森は「この人は薩摩藩の上屋敷で将軍家定との縁組がまとまるのを待っていた篤姫だと思います」と言い、絵巻は幕末の政治状況を反映した史料でもあるという。

絵巻を文献史料と重ね合わせることで、まるであぶり出しのように「見えなかったもの」が見えてくる。歴史学の妙技だ。

「やっていることは実に地味で、地を這うような作業を積み重ねて、やっとわかることも多いです」と苦笑しながら、その積み重ねの重みを杉森は信じている。

(小物)江戸切絵図

Memento

近世史料に出てくる地名から位置関係や距離感をつかむのに絵図は必須。「これは尾張屋版の『江戸切絵図』を本にしたもの。尾張屋版はカラフルで見て楽しいですし、この本では同じ見開きに現在の地図があるのがいいですね」

(直筆コメント)

Maxim

「歴史学に限らずどんな学問分野でも、それまでの蓄積を基盤としています。そこに新たな成果を積み重ねることで、現代に生きる私たちもまた次の世代へと引き継ぐ歴史を紡いでいくことになるでしょう。そうして『歴史を紡ぐ』ひとりになりたいと思います」

プロフィール写真

Profile
杉森玲子(すぎもり・れいこ)

1994年東京大学大学院人文科学研究科修士課程修了後、東京大学史料編纂所助手に。2006年同助教授。2007年博士(文学)取得、同年より現職。近世史料部門で『大日本近世史料 市中取締類集』や『大日本古記録 齋藤月岑日記』などの江戸市中に関係する基幹史料集の編纂・研究に携わる。著書に『近世日本の商人と都市社会』(東京大学出版会、2006年)がある。2017年より東京大学地震火山史料連携研究機構准教授を兼任。

取材日: 2018年12月17日
取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

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