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遺伝物質はDNAだけではなかった。精子でそのメカニズム解明に取り組む。| UTOKYO VOICES 062

掲載日:2019年5月23日

UTOKYO VOICES 062 - 遺伝物質はDNAだけではなかった。精子でそのメカニズム解明に取り組む。

定量生命科学研究所 病態発生制御研究分野 准教授 岡田由紀

遺伝物質はDNAだけではなかった。精子でそのメカニズム解明に取り組む。

生物の配偶子はDNA専用の乗物ではなかった――。
「配偶子で親から子どもに引き継がれるのはDNAだけと言われていたのですが、実は精子の核内にあるRNAやヒストンタンパク質も間接的に受け継がれることがわかってきました」と、生殖細胞を研究する岡田は話す。「例えば、高齢の父親の子どもは精神疾患のリスクが高く、栄養ストレスを受けた父親の子どもは栄養負荷耐性が低くなることなどから、DNA以外の物質が遺伝している可能性が見えてきたのです」。

今でこそ研究の日々を過ごしているが、近くに大学はおろか塾もない、紀伊半島最南端の小さな町で育った岡田は、「あまり勉強した記憶がなく、研究者になるとは思ってもいませんでした」と笑う。高校3年生の進路相談の際、何も考えていないと怒られるので、前日に死んだ愛犬を思い浮かべ、とっさの勢いで「獣医になりたい」と言ったことが研究者への入口だった。

急に決めた進路であったが、北海道大学理II系に見事合格。移行進学で獣医学部に進んだ。4年生の時、アルバイトを兼ねて動物病院に通ったら、猟犬やきれいな服を着た犬が来るのを見て、「動物が人間の都合で振り回される世界は自分に合わない」と思い、臨床獣医師を諦めて応用の効く病理学教室に入る。すると5年生からの卒業研究が楽しくて気づいたら就職時期は過ぎてしまい、医学部研究室に移って大学院4年間をウイルス研究に費やした。

医学部の教授は「研究者たるもの必ず海外に行け」という考え方の持ち主だった。岡田はインターネットでアメリカの大学の求人広告を見つけ、幸運にも電話面接で採用され、ポスドクとしてノースカロライナ大学の研究室に留学。与えられたテーマはウイルスとまったく関係ないヒストンの研究だったが、必死に取り組んで論文をまとめた。「とても良いテーマで特許を取得でき、それを製薬会社が買って白血病の薬に応用されました。研究室もとんどん拡大して、ハッピーな6年間でした」。

その後、京都大学に移り生殖細胞の研究に取り組む。「アメリカでの研究素材はヒストンのある細胞だったので、今度はヒストンが抜けた精子の研究をしたいと思ったのです」。
成果が出始めたところで同じようなテーマの論文が別の研究者から発表され、また研究結果も岡田のチームのものと同じであったため大いにがっかり。ところが程なくして反証論文が出始め、精子のヒストンは何が正しいのか分からないまま、混沌とした状況がしばらく続いた。2012年に東大に来て、「この問題を解決できそうな技術を持っている研究者と知り合い、再度実験を行った結果、「いずれの結果も正しいということがわかりました」。

今後は、精子の中からヒストンが抜ける仕組みや、精子を介したDNA以外の物質が遺伝するメカニズムの解明、さらに不妊症治療に役立つであろう研究に取り組む計画だ。「もうひとつ興味があるのは、生殖細胞と神経細胞の遺伝子プロファイルとエピゲノムプロファイルがなぜ似ているのかを研究することです。脳科学者には、似てないって言われそうですけど」。

「今まで行き当たりばったりでやってきたので、今後も行き当たりばったりで取り組んでいくと思います(笑)。私は、どちらに行っても最善の選択をしたと思うタイプなので、結果がどうあれこれがベストだと思い込むと思います」

小物

Memento

5円玉入りのスケルトン精子。「本来は商品(カエル型ライト)が入っていた“容器”ですが、ライトではなくこれが欲しくて」購入。当初はこの中にクロマチン(DNAとタンパク質の複合体)を模した色ゴムを作って入れていましたが、最近はいろいろな人とご縁ができるようにということで5円玉を入れています」。

直筆コメント

Maxim

生殖細胞で有名な研究者の言葉を代々引き継いだ「神経細胞はあなた自身を形作るものであり、一方、生殖細胞はあなたがどこから来たか、またあなたがどこへ向かうかである」。「神経や癌がやりたいという志の高い学生を、何とか生殖細胞の研究にリクルートする時の決めぜりふ」として使っている。

プロフィール画像

Profile
岡田由紀(おかだ・ゆき)

2002年北海道大学大学院 獣医学研究科 博士課程修了後、同年科学技術庁 CREST研究員、2003年日本学術振興会 特別研究員(PD)、2004年Postdoctral fellow(NIHグラント)、2005年日本学術振興会 海外特別研究員、2007年Postdoctral fellow(HHMI)、同年Research Specialist(HHMI)、2009年京都大学 生命科学系キャリアパス形成ユニット 特定助教、2012年東京大学 分子細胞生物学研究所 特任准教授、2016年東京大学 分子細胞生物学研究所 准教授、2018年東京大学 定量生命科学研究所 准教授、平成23年度文部科学大臣表彰 若手科学賞。

取材日: 2019年1月16日
取材・文/佐原 勉、撮影/今村拓馬

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