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世界中の物理学者が追い求める「万物の理論」に、幾何学の力で迫る。| UTOKYO VOICES 076

掲載日:2020年3月5日

UTOKYO VOICES 076 - 国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構長 大栗博司

国際高等研究所 カブリ数物連携宇宙研究機構長 大栗博司

世界中の物理学者が追い求める「万物の理論」に、幾何学の力で迫る。

大栗が科学監修を務めた映画『9次元からきた男』には、トーエ(ToE)という名の謎めいた人物が登場する。ふらりと姿を現したかと思えば、つかまえようとする科学者たちの手をすり抜け、人間が知覚できない別の次元に移動してしまう。その度にわずかな手がかりを残しながら。

ToEは、Theory of Everything(万物の理論)の頭文字でもある。自然界のすべての現象を説明できる法則のことだ。映画の中だけでなく、現実世界の物理学者たちにとってもToEは憧れてやまない聖杯。大栗自身も、ToEを探し求める一人である。

探し方にはいくつか方法がある。万物を極限まで分解し、ミクロの視点で素粒子の実体を探る量子論からのアプローチ。あるいは対照的に、マクロな視点で、宇宙のはじまりやブラックホールといった重力を扱う相対論からのアプローチ。
「ただ、これまでの量子論と重力理論はそれぞれの理論の中ではうまくいくものの、2つを組み合わせようとすると矛盾が生まれてしまう。それでは『万物の』法則とはいえませんよね」

この2つを統合できると目されているのが、大栗の専門分野である「超弦理論」だ。この理論では素粒子はひものような存在であり、世界は3次元でなく9次元でできていると仮定する。「超ひも理論」と呼ばれることが多いが、実際は「弦」、すなわちstringが主要なモチーフだ。大栗は理論物理学者として、宇宙と素粒子の深い謎を超弦理論でどうしたら説明できるか、寝ても覚めても考え続けている。

「映画の中の科学者たちはToEと呼ばれる男を完全にとらえることはできませんでしたが、その正体は数式で描きだせることが示唆されていました」

大栗の探索を支える道具は幾何学、すなわち図形の数学だ。
「小学生のとき、親が連れて行ってくれたデパートの最上階から地平線が見えたんです。そこからデパートまでの距離を父親に教えてもらったら、地平線と地球の中心とデパートの1階と最上階を頂点として相似形の三角形が2つ描けた。それなら地球の半径が計算で出せるんじゃないか、とその場で計算してみました」

帰宅してから本で地球の半径を調べると、自分の計算はほぼ合っていた。地球の半径などというとんでもないスケールのものを、なんの装置もなくても図形と計算で知ることができる。大栗少年は幾何学の力に魅せられてしまった。

日本を代表する理論物理学者、湯川秀樹や朝永振一郎のあとを追うように京都大学へ進み、大学院に入ったところで、アメリカで超弦理論の大革命が起きた。大栗も学生ながらその最先端に飛び込み、以来、世界のトップを走り続けている。

「『トポロジカルな弦理論』という計算技術を開発したのが大きな仕事のひとつですね。ホーキング博士を中心に論争が起こっていた『ブラックホールの情報問題』という難解な問いにも応用されました」

超弦理論は未完成の理論だ。宇宙の重力と素粒子をすっきりと読み解く言葉はまだ紡がれていない。
「それを新しく作り出すのが私たちの仕事です」
少年のように瞳をキラキラと輝かせ、大栗はとほうもない謎に嬉々として向かっていく。

小物:デスクトップPCのモニタ

Memento

考えながら図形や数式を書くには手書きが一番。28インチのモニタに直接書き込めるSurface Studio 2を愛用している。「議論をするときには、ホワイトボードより黒板が好きですね」。研究室は壁の一面がほぼまるごと巨大な黒板になっている。

直筆コメント

Maxim

「基礎研究では、優れた研究とは思いがけない方向に応用が広がるような、より幅広い分野に影響を与える研究のこと。それには、研究者自身が真剣に楽しめる問いを探し、楽しんで研究をすることが大事だと思っています」

Profile
大栗博司(おおぐり・ひろし)

京都大学大学院修士課程終了後、東京大学助手に。カリフォルニア大学バークレー校、京都大学数理解析研究所の助教授を経てカリフォルニア工科大学(Caltech)で教授となり2007年より同大学の初代フレッド・カブリ教授職。東京大学カブリ数物連携宇宙研究機構(Kavli IPMU)の立ち上げに力を注ぎ、現在、特任教授および機構長。Caltechウォルター・バーグ理論物理学研究所の創設にも携わり、教授および所長を務める。2016~2019年アスペン物理学研究所所長。アメリカ数学会アイゼンバッド賞、仁科記念賞など受賞多数。『超弦理論入門』で講談社科学出版賞受賞。2019年秋には素粒子物理学研究功績により紫綬褒章受章。

取材日: 2019年9月18日
取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

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