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モンテスキューの研究が、未来を見渡す塔を築く。| UTOKYO VOICES 079

掲載日:2020年3月26日

UTOKYO VOICES 079 - 大学院法学政治学研究科 総合法政専攻 教授 川出良枝

大学院法学政治学研究科 総合法政専攻 教授 川出良枝

モンテスキューの研究が、未来を見渡す塔を築く。

正義はなされよ、たとえ世界は滅ぶとも。

川出を西洋政治思想史の道へと導いたのは、読書三昧だった10代に出会ったこの言葉かもしれない。

16世紀の神聖ローマ帝国皇帝の言葉と伝えられるが、発せられた文脈もさだかではない。ただ、詳細はともかくあまりに強いその字面に、胸の内がざわざわした。

「日本的な穏やかさとは対極の激烈さに違和感を覚えながらも、極端過ぎると切り捨てることもできなかった。ここで言う“正義”って何なのだろう、“世界”とは何を指しているんだろう、とつい考えさせられてしまう衝撃があったんです」

そのざわつきに無理に答えを出すことなく、川出は大学へ進み、政治思想史の研究を始めた。「まあ、『人生とは』『自由とは』などを突き詰めて考えるのが好きな、理屈っぽい人間だったこともあって」と、そうは見えない人懐こさでころころと笑う。

研究対象としたのは『法の精神』を著したモンテスキュー。しかし、21世紀の日本で、18世紀のフランスに生きた政治思想家を研究することにいったいどのような意義があるのだろう?

そんな問いをぶつけられても、川出は朗らかに迷いなく言葉を紡ぎだしていく。

「逆説的に聞こえるかもしれませんが、政治思想史の研究とはただ過去を知る学問ではなく、未来を見通す視点を得られる学問なんです」

政治思想史は、国家が拠って立つ原理や制度が生まれた背景、さまざまな時代の思想家による議論、これまでに国家が経験してきた失敗や成功を明らかにすることで、まるで最終的な到達点であるかのように見えている現在の社会を相対化する。

たとえば、現在の日本は民主主義であり、モンテスキューが提唱した三権分立の原理を採用している。しかしこの学問は、民主主義も三権分立も絶対的な解ではなく、紆余曲折を経た上での「現時点での選択」に過ぎないことを浮き彫りにする。

現代社会でも三権分立や民主主義がうまく機能していないと思われる場面はしばしば起こる。未来に向けて、政治思想史が力を発揮するのはこの時だ。

「たとえばモンテスキューがどのような社会に生き、どのような思索と経験から三権分立を提唱したのか、実際にどのような権力分散の形があったかなどを知ることで、より柔軟に、広い可能性の中から未来の選択肢を探ることができる。そのために、できるだけ精緻に過去を描き出すのが私の仕事だと思います」

自然科学の学問とは異なり、政治思想史では既存の知見を根底から覆すような、一見華やかなブレークスルーはほとんどない。むしろ、これまでに蓄積された知見に新たな知見を積み増すことを目指す学問と言える。

「だからこそ、どんなにささやかでも『このピースこそは私がもたらしたものだ』と胸を張って言えるオリジナルな何かを生み出していきたいと思っています」

高い塔から見渡せば、より広い視界で未来を見渡せる。塔を高く強くするのは世代や地域を超えてレンガを持ち寄り、積んでいく研究者たちだ。川出もそのひとりとして、古い文献が収められた書庫でレンガの材料を探している。

(小物)時計

Memento

「子どものころ病気になり、わりあい長く療養生活を送っていたんです。幸いなことに18歳のときに主治医の先生が根本的に治してくださって、大学にも入ることができました。この時計は入学祝いにその先生がくださったものです」

直筆コメント

Maxim

「座右の銘というより、私の人生を方向づけた言葉ですね」。神聖ローマ帝国皇帝フェルディナンド一世の言葉とされ、原文はラテン語。カントなど多くの思想家が共鳴したり反発したり、自分なりの解釈を加えたりしてきた。

Profile
川出良枝(かわで・よしえ)

早稲田大学政治経済学部から東京大学大学院法学政治学研究科博士課程へ。パリ第七大学の留学を経て1994年博士号取得。放送大学助教授、都立大学助教授、教授を務め、2005年より現職。ボストン大学やケンブリッジ大学でも客員研究員として研究を行う。モンテスキューが、商業の勃興によって力を失いつつある貴族階級の政治的存在意義に着目していたことを明らかにした著書『貴族の徳、商業の精神』で1997年に渋沢・クローデル賞を受賞。

取材日: 2019年10月24日
取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

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