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「匂い」は生物をどう動かす? 匂い研究で自然の美しい摂理を明らかに。| UTOKYO VOICES 083

掲載日:2020年4月30日

UTOKYO VOICES 083 - 大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授 東原 和成

大学院農学生命科学研究科 応用生命化学専攻 教授 東原 和成

「匂い」は生物をどう動かす? 匂い研究で自然の美しい摂理を明らかに。

赤ちゃんの匂いはなぜか誰もが「いい匂い」だと感じる。ではその匂いの正体は? そして人はどのようにその匂いを受け取り、それがどう処理されて感情や行動として表に出てくるのだろう?

いい匂いのみならず、強い香料を不快に感じたり、特定の匂いが特定の記憶を引き出したり――。匂いに関する「なぜ?」は山ほどあるが、多くが未知のまま残されてきた。それらの問いに痛快なまでに大きなスケールで取り組む東原は、アカデミアはもちろん社会からも熱い注目を集めている。

東原は匂い物質の正体を分子レベルでつきとめ、それを受け取る生物側の受容体の仕組みを調べ、受容体が出した信号がどのように脳で処理されて、どんな情動や行動につながるかを解き明かそうとしている。「物質」からスタートして「生物の行動」というアウトプットにいたるまでを一気通貫で研究できる人間はそういない。しかも対象とする生物は昆虫のカイコから人間までと幅広い。

それを可能にしたのは東原のたどってきた軌跡だ。大学では農学部に進んで有機化学の研究室に入り、卒業するとアメリカの大学院に留学して生化学や分子生物学の研究に勤しんだ。帰国して医学系研究室の助手になってからは神経科学的なアプローチも身につけた。

「戦略的にいろんな分野を経験してきたというより、研究室配属の抽選で外れたり、匂いの研究を専業でさせてくれるポストがなくてやむなくあちこち渡り歩いて来たんですが、結果的にそれが強みになりました。特に、くじ引きで外れて入った有機化学の研究室で学んだことが研究者としての自分の軸足となっています」

長い蓄積のある視覚の研究に比べると匂い研究の歴史ははるかに短い。手がかりとなる先行研究が少ないなかで東原のグループは多くの目覚ましい業績を上げてきたが、あえて一つを挙げるなら「マウスの涙にフェロモン」だろう。

「オスのマウスを飼育していたケージに性フェロモンらしき物質がついていたので、どこから分泌されたのかを突き止めようとしたところ、いっこうに見つからない。しらみつぶしに探していったら、なんと涙腺から出ていました。涙でフェロモンを出しているなんて誰も予想していないことでしたから、かなりの衝撃でしたね」

さらに5年後、このフェロモンはメスの交尾受け入れ行動を誘発することを解明。オスの交尾成功率を高める性フェロモンだった。これらの発見は2005年と2010年に一流科学誌ネイチャーに掲載され、大評判となった。

ところが、東原は成果に対する評価にはさほど関心がなさそうに見える。

「だってすごいのは『自然』だから。人間は自然が作ったみごとな仕組みを、美しいロジックを、論文という形で表現しているだけ。表現した人間が偉いわけではない、と僕は思うんです」

目下取り組んでいる研究テーマの一つが、冒頭にもあげた「赤ちゃんのいい匂い」について。きっとここにも、自分たちが予測もしていなかったような自然の摂理が潜んでいるはずだ。美しい摂理に出会える期待に胸を膨らませ、東原は匂い研究の世界を拓いていく。

手帳代わりのカレンダーと鉛筆

Memento

もう何年も、予定はすべてこの卓上カレンダーに愛用の鉛筆で書き込んでいる。スケジュール帳は持たない。「いつでも数週間先まで予定を一覧できるようにしておきたいんです。それには月間カレンダーが一番」

直筆コメント

Maxim

「大学に入った頃は建築に興味がありました。ただ建物そのものよりも、『空間が人に与える影響』に関心があったんです。実は匂いも、空間を形成し、人に影響を与える要素の一つですよね」

Profile
東原和成(とうはら・かずしげ)

1989年東京大学農学部農芸化学科を卒業し、ニューヨーク州立大学ストーニーブルック校化学科博士課程修了。デューク大学医学部博士研究員、東京大学医学部助手、神戸大学バイオシグナル研究センター助手、東京大学大学院新領域創成科学研究科先端生命科学専攻助教授を経て2009年より現職。「匂いの科学」の専門家としてテレビや新聞などマスメディアへの登場も多く、匂いに関するリテラシーの向上にも貢献している。

取材日: 2019年11月19日
取材・文/江口絵理、撮影/今村拓馬

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