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永遠に初心者の心で自然現象を追究し数学の領域を拡げたい。| UTOKYO VOICES 089

掲載日:2020年6月18日

UTOKYO VOICES 089 - 大学院数理科学研究科 教授 Ralph Willox

大学院数理科学研究科 教授 Ralph Willox

永遠に初心者の心で自然現象を追究し数学の領域を拡げたい。

「やんちゃだったせいか幼稚園を5歳で追い出され、小学1年生に飛び級させられました」と振り返るウィロックス。かなりの腕白で聡明だったに違いない。ベルギーは当時小学6年・中学4年・高校2年制の中高一貫教育。勉強は嫌いではなかったが、小・中学時代はSFやギリシャ神話などの本が好きだったという。

「中2の時に初めて受けた物理の授業がさっぱりわかりませんでした。それは先生の説明がわかりにくかったから。それなら自分で勉強した方がいいと考え、大学1年の物理学の教科書を買ってもらって独学しているうちに、物理学を通して“考えるプロセス”自体が好きになったのです」

人間はどういうプロセスで新しいことを考えるのか。世界の革新者と呼ばれる先達も過去の成果を土台にして、新たな観点で壁を壊すことによって新しい地平を切り拓いたことに気付く。高校生活最後の半年で、“考えるプロセス”を追究するために大学に行くことに決めた。

「専攻は歴史や音楽も考えたのですが、調査や練習がない物理や哲学の方が楽」という理由で理論物理学科に入学。大学院では数理物理の可積分系(積分可能な系)を学び、博士号取得後1年間の海外研修に。「以前出会ったパリ大学の専門家から『可積分系の研究を続けるには、東京に行って下さい』とアドバイスを受け、1996年博士研究員として東京大学の数理科学研究科に1年間滞在。それがきっかけで、98年から東大で可積分系の研究を続けています」。

人間の脳は何万年も前から、ものを投げた時の軌跡を想像でき、そうした連続的なプロセスを微分方程式で表わせるようになった。しかし、近年、コンピュータで方程式を解くことがほとんどだから方程式のある種の離散化が必要となる。そのために数値解析の技術を用いることは普通だが、それで現象のすべての特徴を捉えるのはほぼ不可能だ。一方、元の方程式が可積分なら、多くの場合には全く同じ性質を持つ離散系が存在することが最近わかってきた。

「可積分系と呼ばれる方程式は保存量や対称性をたくさん持っていて、非常に特殊な数学的構造を持つ。可積分系の離散化には、対象物の性質を理解し同じ保存量をもつ離散版非線形方程式が必要となります。難しいですが不可能ではありません」
離散可積分系で最近注目されているのがセルオートマトン(格子上のセルと単純な規則による離散的計算モデル)で、交通渋滞解消や細胞増殖の分析などへの適用が検討されている。

解析学・幾何学・代数学でもない可積分系という分野にはどういうツールが必要なのかわからないので、学生からは「何を勉強すればいいのだろう」と不安の声も上がる。それに対して、ウィロックスは「可積分系は“考えるプロセス”の楽しみがあり、簡単にはわからないからこそ解決策を見つけるのが面白い」と答えている。

「数カ月前にセルオートマトンに関する論文を出版したばかりです。これまでの一番の研究は?と聞かれたら、それは『今やっていること』。人生で一番面白いのも、今です」と語るウィロックス。それは、プロセスを経て、思考や経験を積み上げてきた人間だからこそ言える言葉だろう。

「よくわからないことの謎を解く、そこに面白さを感じ続けている私は、永遠の小学生なのかもしれません。可積分系を追究すれば、従来の数学では解くことができない世界をみることができるので、数学の領域を広げることができると期待しています」

小物:HPの電卓

Memento

高校生になって、物理学を学ぶときに使うため、1984年に購入したHPのプログラミング電卓。今でも現役の電卓として、計算するときには必ず使っている。

直筆コメント

Maxim

中学校のフランス語の先生に教えてもらった、20世紀初頭の不条理劇「はかないことは永久」にショックを受けた。しかし、劇の内容は「永久なのははかないことだけ」とも捉えるから、それ以来、人との出会いはとても大事だと考えている。

Profile
Ralph Willox(ウィロックス・ラルフ)

1989年ブリュッセル自由大学(VUB)理学部理論物理学科卒業、1993年同大学で物理学博士号を取得、1996年フランダーズ研究財団(FWO)博士研究員として東京大学大学院数理科学研究科に派遣され、その後日本学術振興会の外国人特別研究員のポスドクを経て、2003年同研究科に助教授として就任。現在、同研究科の教授。研究分野は数理物理学において中心的な役割を果たす「可積分系」である。主に可積分系の離散化を研究している。

取材日: 2019年11月20日
取材・文/佐原 勉、撮影/今村拓馬

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