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データであぶり出す移民と日本社会の関係 一般の人の心に潜む差別や偏見を統計分析で明らかに

掲載日:2021年6月16日

インターネット言論空間では、感情を刺激するようなものが拡散されやすいと一般的に言われているが、むしろ客観的に見えるもののほうが広がりやすい可能性もあるという freshidea/Adobestock

日本に住む外国人が増えると日本はどう変わるのでしょうか?

政府はこれまで、大規模な移民受け入れ、特に単純労働者の受け入れには否定的な姿勢を取ってきましたが、少子高齢化、労働力不足が深刻化する中、すでにさまざまな制度の下で多くの外国人が来日し、暮らしています。その数は、厳密な統計は存在しないものの、日本の人口の1.2パーセントから2パーセント、150万から250万人ほどと推計されています。

このような「移民」の増加に関するこれまでの一般市民対象の意識調査では、文化が多様化する、社会が活性化するなど、肯定的に考える人がかなりいる一方、犯罪発生率が高くなる、社会保障負担が増えるといったことから慎重な意見を持つ人も多いことが明らかになっています。インターネット上では、移民流入増加への不安を背景に、一部、外国籍の人たちへの差別的な主張を繰り返したり拡散したりする排外主義的な言説も広がっています。

永吉希久子社会科学研究所准教授は、移民受け入れをめぐる日本社会の意識にあたる対外国人感情を研究しています。移民問題に関してはフィールドワークやインタビュー調査をする研究者が圧倒的に多い中、永吉先生は、統計データを集め、他国との比較も含めて分析することで、一般の人たちが持つ態度とその源泉を検証するアプローチを一貫して続けています。

「できるだけ問題に触れない」意識

大阪府で生まれ育った永吉先生は、小さいころから、被差別部落などについて学校教育で教わることと、身近な人たちとの意識のギャップに興味を持ち、それが現在の研究の源泉になっていると話します。

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2020年4月、東北大学から着任した社会科学研究所の永吉希久子准教授 © 2021 東京大学

「同和地区が近くにあったり、職業や経済状況、民族的なバックグラウンドなどの面でも、多様な人が暮らす地域でした。そうしたこともあって、学校の授業の中では差別の問題について積極的に取り上げられました。学校や地域で積極的に差別的なことを言う人がいるわけではなかったのですが、できるだけ関わらない方がいい、というようなことは聞くことがありました。授業で言われる『差別はよくない』『みんな平等に』というメッセージを真に受けていたので、なぜ現実とのギャップが生まれるのか、興味を持つようになりました」

大阪大学人間科学部で社会学を専攻する中で、「哲学や理論社会学のように言葉の力だけで人を説得する」より、データで問題を明らかにするアプローチの方が自分に向いていると感じた、と話す永吉先生。同大の大学院に進学し、統計を使った社会学の研究を始めます。 折しも、先生が大学生だった2000年代前半、インターネット上の匿名掲示板「2ちゃんねる」を中心に、排外的な言説が広がりを見せ、研究者の関心が集まりつつありました。

「こうした排外主義の広がりの研究は、差別する人を『間違った考えを持つ、特殊な人』としてとらえたうえで、そうした考えを生じさせるパーソナリティや社会的な要因が検討されていました。けれども、私自身が身の回りで見てきた『そうした人と関わるとややこしい』という態度は、差別をする相手への否定的感情や考え以上に、『差別されている人と関わると自分もトラブルに巻き込まれる』というような、社会が被差別者をどのように扱っているのかについての認識がもとになっているように思えました。つまり、個人に何か問題があって差別をしているのではなく、そういうことを生む土壌が社会全体にあると考えないといけないんじゃないか、と思っていました」

当時、国内には対外国人感情の統計分析をする専門家が少なかったため、博士課程中にスウェーデンのウメオ大学に留学。ミカエル・イェルム教授に従事し、他国との比較分析や、社会政策の人々の態度への影響についての研究方法を学びました。

2011年に東北大学で教員となってからは、徳島大学(当時、現早稲田大学)の樋口直人教授らと共同研究を行い、インターネット上に排外主義的、もしくは歴史修正主義的な意見を書き込んだり拡散したりする「ネット右翼」について調べるため、8万人の世論調査を実施しました。その結果を分析した共著『ネット右翼とは何か』(2019年)では、非ネット右翼層と比較して、ネット右翼層に世帯収入、婚姻状態、相談相手の有無で違いは見られず、それまでの「ネット右翼イコール社会的に孤立した弱者」というイメージが当てはまらないことを明らかにし、注目を浴びました。 ただ、永吉先生は、ネット右翼のような一部の人たちよりも、マジョリティーの一般の人たちが持っている外国人への感情の方により大きな関心があると話します。

移民の権利に関する態度

世界各国で実施されている「国際社会調査プログラム(International Social Survey Program)」や「世界価値観調査」によると、日本は他の国と比べて移民の受け入れに否定的ではないものの、「不法移民はもっと厳しく取り締まるべきか」と聞くと多くの人が「はい」と答えるといいます。また、「仕事が少ないときには移民より自国民に仕事を優先すべきだ」との意見に対して、日本では過半数が「賛成」と答え、「反対」と答える人はごく少数ですが、移民の受け入れが多い他の国では、「自国民を優先すべき」とする割合は日本よりもむしろ低くなっているそうです。これらのデータから示唆されるのは、「移民に対して極端に排外的ではないが、あくまで『お客さん」として捉える」という日本の傾向だと話します。

出典:第6回世界価値観調査。国籍保有者に限定。Inglehart, R., C. Haerpfer, A. Moreno, C. Welzel, K. Kizilova, J. Diez-Medrano, M. Lagos, P. Norris, E. Ponarin & B. Puranen et al. (eds.). 2014. World Values Survey: Round Six - Country-Pooled Datafile Version: https://www.worldvaluessurvey.org/WVSDocumentationWV6.jsp. Madrid: JD Systems Institute

「日本では、日本に暮らす外国人をあくまでも『お客さん」としてみているので、その範囲内では受け入れてもいいけれど、それを超えた権利は与えなくてもいいという感覚が考え方の根底にあるのではないでしょうか。それを極端に突き詰めていけば、すべての外国籍者を生活保護から排除しろ、とか、日本から出て行け、といったところまで行くわけですけど、その発想の根本は、そういうことを言わない人も共有している部分があるのではないでしょうか」

移民の人たちは、すでに実態として存在し、今後も増えることが予想されます。他方で、日本社会は移民の受け入れに対し、様々な懸念を示しています。2020年2月に出版した『移民と日本社会』では、移民受け入れの社会や経済への影響に関する市民の意識と、実態との乖離をデータで示しながら、今後の議論のための材料を提示しました。

例えば、早稲田大学の田辺俊介教授を代表とし、永吉先生も参画する研究プロジェクト「国際化と市民の政治参加に関する世論調査」2017年版によると、移民増加により「犯罪発生率が高くなる」「治安・秩序が乱れる」と答えた回答者は全体(3880人)の6割以上に上ります。『移民と日本社会』では、これらの懸念を、「移民自体が犯罪行為を行う」懸念と、「移民増加による地域状況の変化が、受け入れ社会住民も含めた犯罪率を上げる」との懸念の二つに分け、掘り下げていきます。

移民を受け入れると治安は悪化するのか

法務省の犯罪統計などを基に、国内に滞在する外国籍者に不法残留者を足した人数の犯罪率を計算すると0.4パーセントで、総人口における一般刑法検挙人員数割合の0.2パーセントを上回ります(ともに2017年)。この数値を見ると、外国籍者の犯罪が日本国籍者よりも多いと思うかもしれません。ただし、この数値から、そのように結論付けることはできません。例えば、移民と自国民では人口学的な構成が異なります。移民には一般的に犯罪率が高いとされる男性、若年・壮年層が日本国籍者よりも多くなっています。こうした分布の違いも犯罪率の違いに反映されるため、この数値から移民だから犯罪を起こしやすくなるとは言えません。

また、犯罪を犯したほうが「割に合う」と思うような劣悪な社会経済的環境に置かれた場合に犯罪に流れやすいことを考慮すると、移民をより困難な経済的環境に置く社会状況があることが、犯罪率の差を生んでいるのかもしれない、と論じます。

日本国内で犯罪を犯す人は日本人でも外国籍の人でも全体のごく一部です。しかし、犯罪は多くの人の関心を集めるので、メディアに取り上げられやすくなります。さらに、メディアで取り上げられる際には、日本人が犯罪を犯した場合には「日本人犯罪」とは言いませんが、外国籍者の絡んだ場合には国籍名や「外国人」が見出しに使われるなど、犯罪行為者としての外国人イメージが強調され、ステレオタイプが強化される傾向があると話します。

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永吉先生の共著書『ネット右翼とは何か』(青弓社、2019年5月刊)と著書『移民と日本社会』(中公新書、2020年5月刊)

二番目の、地域状況の変化が犯罪率上昇につながるとの懸念については、日本ではデータがほとんど存在しないものの、アメリカの研究では、移民が住民間の結びつきを弱めるという「社会解体論」は否定され、犯罪率に影響を与えない、むしろ減少させるとの結果が出たと言います。その理由として、移民の流入が、衰退に向かっていた地域を活性化させる「移民の活性化効果」説が浮上しています。日本で同様のことが起こるのかは、十分に研究が進んでおらず、明らかではありません。ただしアメリカの例は少なくとも、移民の増加が必ず犯罪の増加につながるわけではないということを示しています。

著書で外国人と犯罪の問題を取り上げることに関しては迷いもあったと話す永吉先生。デリケートなトピックであり、数値が与えるインパクトの大きさを考えれば、取り上げることでかえってステレオタイプを助長するのではとも考えました。

「ただ、多くの人たちが懸念を示しているときに、そうした懸念をもつこと自体を偏見の現れとして否定することで、懸念が払拭されるかというとそうではないと思います。データから分かることを冷静に書く必要があると思いました」

永吉先生が今後取り組みたいことの一つは、ネット上での排外主義の広がり方の分析です。外国人をめぐる言説がどう広がるのかを追うことで、移民と受け入れ社会側の分断の解消に貢献したいと話します。

「SNS上での言説の拡散行動がその言説への共感を意味すると考えると、それを分析することで、どのような形をとったときに排外主義が受容されるのかを検証できる」と話す永吉先生。一般的には感情を刺激するようなものが拡散されやすいと言われていますが、むしろそこでの主張が正当化しやすいような、たとえばニュース記事にもとづいた、客観的に見えるもののほうが広がりやすい可能性もあると指摘します。

「発信主の影響力が大きい場合、『犯罪』『生活保護』など社会全体へのネガティブな影響を想起させるキーワードが付く場合、特定の国籍に関する場合、などの条件を見ていくことによって、どのような条件のときに排外主義的な主張が同意できる、正当なものとして受け入れやすいものになるのか、考えたいと思っています」

取材・文/小竹朝子

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