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大槌の大土先生が見つけた カニの新種と新しいカニ学

掲載日:2024年1月17日


岩手県大槌町の大槌沿岸センターに籍を置く大土直哉先生は、カニ類やヤドカリ類の分類と生態を専門とする研究者です。なかでも注目するのは、モガニ科のヨツハモガニの仲間。三陸沿岸の藻場にいるヨツハモガニが別種であることを見抜き、2019年に新種・オオヨツハモガニPugettia feroxとして発表しました。

オオヨツハモガニ画像

オオヨツハモガニ

ハサミの歯並びを見て別種だと直感

ヨツハモガニPugettia quadridensは甲長2~3cm程度の小型のカニで、これまで北東アジアの沿岸域に「広く分布する」とされていました。しかし大土先生は、三陸にいる大型のヨツハモガニ(とされたカニ)の写真を見て、博士課程の頃に調査した三浦半島のものとは違うと直感したそうです。東日本大震災の後、研究室の河村知彦教授が三陸の調査から持ち帰った多数の個体を観察した大土先生。直感は1時間と経たずに確信に変わりました。ハサミの歯並びも、眼窩周辺の構造も、交尾器の形態も、明らかに違っていたのです。
「学生の頃から見てきてクモガニの成長パターンが頭に刷り込まれていた自分から見ると、十分成長した後での歯並びの違いなどありえなかったんです」
 研究者が新種であると主張するには、学名の根拠となる「担名タイプ標本」と照合する必要があります。大土先生は、シーボルトが約180年前に採集したヨツハモガニの標本を含め、当時12種知られていた日本産のモガニ属の担名タイプ標本を、数年かけてすべて確認しました。2014年には、神奈川県横須賀市の荒崎で発見し、生態について調べた甲長5mm程度の種を、新種アラサキモガニPugettia vulgarisとして学位論文に記載。現時点ではモガニ属内最小の種です。そして、2018年8月に最大の種オオヨツハモガニを新種記載した論文を投稿しました。
 論文が受理されたのは翌年の9月。大槌の大土先生による発表は注目を集め、NHK、朝日新聞、毎日新聞など多くのメディアが取り上げました。2020年には、地元のプラスチック加工会社とのコラボでオオヨツハモガニの精巧なフィギュアを製作。そのハサミをかたどったストラップは、市販されて大槌の新しいお土産品となりました。カニ分類学の歴史に確かな足跡を残した大土先生は、実は調査のなかで他にもモガニの新種を見つけているとのこと。
「少なくともあと2種います。論文の準備はほぼできていますが、名前を考えているところです。ここ数年は、藻場だけでなく、干潟や河川でも調査を始めました。三陸の十脚甲殻類を調べるのは、大槌にいる自分の使命だと心しています」

第一人者のカニ本が少年を導いた

大土先生は埼玉県の出身。小さい頃は生き物全般が好きで、博物館や水族館によく出かけていました。転機は小学3年の夏休み。上野の国立科学博物館のダンゴムシ観察会で、東京大学理学部教授(当時)の武田正倫先生と知り合ったのです。
「先生の書かれたシオマネキについての科学絵本を愛読していたのでサインをお願いしたところ、先生は「そんなことはいいから住所を教えて。本を送ってあげる」とおっしゃいました。後日、先生が関わった書籍が十数冊も家に届いたんです」
 第一人者の導きで、生き物好きからカニマニアへと進化した大土少年は、海に行ってはカニを捕まえ、名前を調べ、標本を作るように。高校では生物部に入り、池でザリガニを釣ったり、文化祭で発表したり、土日には博物館の講座や実習に寄ったりする日々を送りました。卒業後は早稲田大学へ。武田先生が非常勤で行っていた動物分類学の講義に2年連続で通い、種名を調べきれなかった標本を見せて多くの助言をもらいました。
「大学院に進んでカニの分類学をやりたかったんですが、武田先生はすでに退官後。いまほど情報も発信されていないなか、ようやくたどりついたのが、当時中野にあった海洋研究所です。カニの専門家はいませんでしたが、アワビの初期生態を研究していた河村先生とお話ししたところ、カニをやってもいいよと言ってもらえました」
 クモガニ上科の分類学を進めるには生態学、特に成長パターンの把握が必要だと思っていた大土さんにとって、河村研究室はもってこいの場でした。2009年から柏の大気海洋研究所で(所属は大学院農学生命科学研究科)、2018年からは大槌沿岸センターで、研究も遊びも楽しく真剣にやるという教えを河村先生に叩き込まれて今に至ります。
「武田先生や河村先生のような素晴らしい研究者になる自信はまだありません。でも、お二人のように教育やアウトリーチにも力を入れる研究者になりたいと思っています」

大土先生顔
大土直哉 OHTSUCHI Naoya
大気海洋研究所大槌沿岸センター 助教
https://sites.google.com/view/ohtsuchi-otsuchi/
オオヨツハモガニimages
大槌の「海の勉強室」の水槽にいたオオヨツハモガニ。体色に近い色の葉っぱを頭にくっつけています。

大槌から「文化甲殻類学」を発信する

その思いはすでに形になりつつあります。一つは、大槌沿岸センターに併設の「おおつち海の勉強室」。研究者と地域の皆さんが海や海の生き物に関する疑問や発見を持ち寄り、交流を深める場として2021年4月にオープンした展示室で、実質的な室長を務めるのが大土先生です。
「夏休みの好評企画「海のおはなし会」では、ウミガメの講義の後に発信器をつけたウミガメを放したり、大槌川のケフサイソガニを標本にしたり、体験型の企画を心がけています。私たちが研究成果を発信するアウトリーチの拠点というだけでなく、お客さんと対話し、そのなかで新たなヒントを得るインテークの場でもあると思っています」
 もう一つは、アウトリーチの評価方法探索とマニアの習性がたまたま融合して生まれた構想。カニ好きの大土先生は、以前からカニをかたどったグッズや、アニメなどの映像作品にカニが登場する事例を集めてきました。趣味として始めたものでしたが、世の中に発信する手段を探していたところ、ある本が研究者魂を刺激しました。さまざまな作品に登場する昆虫の描かれ方を探究する『大衆文化のなかの虫たち 文化昆虫学入門』(保科英人・宮ノ下明大 著/論創社 /2019年)です。
「アニメに登場するカニの描かれ方の変遷を整理してみたところ、あることに気づきました。時代を経るにつれ、カニは生物あるいは水産物として描かれるようになり、その描写が正確になってきているんです。これはいずれ「文化甲殻類学」になるな、と思いました」
 あきらめずに工夫して発信を続ければ、どこかで作り手に伝わり、世に出回る作品に研究の成果が反映される可能性が高まる。とすれば、それはやはり研究者のアウトリーチ活動の成果と言えるでしょう。
「苦労して研究を説明したのに相手に伝わっていないとわかって徒労感を抱く研究者は少なくないようです。研究者個人のアウトリーチ活動の結果を直接的に評価することは非常に難しいですが、日本各地で日々誰かが行っているアウトリーチの成果は確実に日本社会を変えているのではないか、と思います。世の中にはびこる先入観や誤解、その変遷としっかり向き合えば、非常に限られた角度からですが、研究者集団によるアウトリーチの成果を観測することができることを知りました」
 先達の教えを受け継ぎ、日本のカニ研究を背負って立つことが期待される大土先生。生態学、分類学に加え、大槌から「文化甲殻類学」を発信する日が来るかもしれません。
(取材日:2023年11月17日)
 

オオヨツハモガニフィギュアimages
「海の勉強室」に展示されているオオヨツハモガニのフィギュアは、大槌町のササキプラスチック製の完全手作り。実サイズよりも少し大きめ(甲長7cm)です。
カニツメストラップimages
大土先生の直感の決め手となった「ハサミの歯並び」を忠実に再現したカニ爪ストラップは、大槌駅、大槌町文化交流センター(おしゃっち)、イオンタウン釜石でも販売しています(1,000円)。
勉強室内観images
「ひょっこりひょうたん島」のモデルになった島からほど近い「おおつち海の勉強室」の内観。夏季には本物のウミガメを外の水槽で観察することも可能です。
カニ作品images
大土先生が集めているカニ登場作品&カニグッズのごく一部(いただきものも含む)。『侵略ガニ』(眉月はるな/ひばり書房/1975年)は空飛ぶカニが登場する怪作!
著書images
『新種発見!見つけて、調べて、名付ける方法』(馬場友希、福田宏 編著/山と溪谷社/2022年)のchapter 2「水辺で発見!」には、大土先生がオオヨツハモガニを新種記載するまでの詳細が記されています。

 

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