沿岸地域の復興と発展に貢献するシンクタンク 三陸ふるさと社会協創センター設立記念座談会
大気海洋研究所の国際・地域連携研究センター(大槌沿岸センター)内に新たに設置された「三陸ふるさと社会協創センター」。9月24日、その記念式典が岩手県大槌町にあるセンターで行われました。東京大学と岩手県が昨年12月に締結した包括連携協定に基づく設置です。同日に開催された設立記念シンポジウムで、大気海洋研究所の兵藤晋所長が「産学官民が協力し、三陸沿岸の知見、ニーズ、社会課題を一元的に集約できるような沿岸社会のシンクタンクを目指していく」と紹介したこの新センター。その設立までの歩み、震災からの復興、自治体との連携などについて岩手県の佐々木淳副知事、津田敦理事、兵藤晋所長に座談会を通して紹介していただきました。司会は河村知彦執行役です。

設立記念式典には曹洞宗虎龍山吉祥寺の髙橋英悟住職、岩手県の佐々木淳副知事、東京大学の津田敦理事、大気海洋研究所の兵藤晋所長、村上宏治ふるさと振興部長、河村知彦執行役、小國大作沿岸広域振興局長、大槌沿岸センターの青山潤センター長らが出席。式典では、大槌町の寺の境内にあった樹齢300年余りのイチョウの老木を使った看板掛けが行われました。
震災をきっかけに深まった地域との連携
佐々木 ●大きな転換点は1998年だったと思います。岩手県では岩手県総合計画という12年計画の翌年の策定に向け、目指す社会として、自然との共生、循環を第一に議論していた年です。当時の海洋研究所は大槌湾から世界の海を見ていて、環境と生態系がPCB(ポリ塩化ビフェニル)などの人工物によって海洋汚染が進んでいるという問題意識を持っていました。海洋研究所が中心となり国際連合大学と岩手県とで国際シンポジウムを開催し、その翌年の1999年には、3者が連携協定を締結し、海洋資源の持続可能な利用や地域振興に関する共同研究を始めることになりました。
三陸沿岸に研究機関があるのであれば、地域の共通課題あるいはそれを補完するような関係性をもって、三陸を何とかしようという動きがいわて海洋研究コンソーシアムの立ち上げに繋がったと思っています。
河村●このセンターでは、発足以降、沿岸海洋研究の共同利用研究施設として機能するとともに、一貫してセンターの教員を中心とした先端的研究が行われてきましたが、2011年の震災によって壊滅的な被害を受け、いったん活動を中断せざるを得なくなりました。津田先生が大気海洋研の所長に就任されたのは2015年。大槌沿岸センターの応急的な復旧が終わり、本格的な再建、活動の再開に踏み出そうという時期です。当時どういう思いで取り組まれていたのでしょうか。
津田●震災を目の当たりにして、「逃げ出したい」というのが正直な感想でした。海沿いに立地していた研究棟は3階まで水没しました。その時に「しっかりしろ」と背中を押してくれたのが当時の濱田純一総長です。科学が発達した文明国で、これだけ大きな地震と津波が起こったのはおそらく初めてのことではないでしょうか。それを記録に残し、後世に繋いでいくというのはその場に居合わせた我々の使命だと感じました。文科省から「東北マリンサイエンス拠点形成事業」という予算も付けていただき、東大だけでなく全国の研究者に一肌脱ぐ形で参加してもらい震災後の海洋生態系の記録を残せたと思います。
震災を挟んで、自治体や地元の方々との関係性も大きく変わったという印象があります。それまであまり密ではなかった連携が深まり、大槌町が拠点の1つとなった東北マリンサイエンスでも背中を押していただきました。
河村●津田さんがおっしゃたように、東大として地震と津波によって何が起こったのか、特に海の生態系にどういう変化が起こったのかを後世に残す必要があるということで、センター内に生物資源再生分野という新しい研究室が立ち上がり、私はその研究室に着任しました。2014年からはセンター長に就任し、復旧活動にも取り組みました。それがある程度落ち着いてきた頃に自治体の集まりがあったのですが、東大が高台に再建するという話を聞いた地元の方々から反対の声が上がりました。なぜ東大だけ早く復旧するのか。東大は塀の中で、何をやっているのかよくわからない。ショックでした。本当に大槌に必要なものなのかといった率直な意見を聞き、サイエンスだけを行っていても地域の役には立たないのではという思いを強くしました。それを契機に、社会科学研究所の玄田有史先生たちと一緒に取り組みを始めたのが、地域に希望を育む人材を育成する「海と希望の学校」です。私は2019年から2023年まで、津田さんの後を継いで大気海洋研の所長に就任し、当時、副所長だった兵藤先生とともにこの新しいプロジェクトを含め、再出発したセンターの活動を後押ししてきました。兵藤さんは私の後、2023年度から所長を務められていますが、センターの役割についてどのようにお考えでしたか?
兵藤●私は柏を本拠地にしていたこともありますが、当初は「海と希望の学校」で私たちが何をできるのかという点については、私自身の中では明確でなかったということが正直なところでした。しかし、東北マリンサイエンス拠点形成事業のなかで三陸沿岸地域の実情と地域の皆さんと関わり、「海と希望の学校」の取り組みが進む中で、自分たちが何をすべきなのかが少しずつ形になってきたと思います。そこからは河村前所長とともに、とにかく走ろうと進めてきたことが今に繋がっているわけですが、所長になってからは、また新たな展開 を考えるようになりました。
海洋科学研究を地域振興に活かす
佐々木●世界を相手に科学で勝負してきたこの拠点が、震災を通じて地域との関わりを改め、知見をどう生かしていくのかというフェーズに代わりました。東北マリンサイエンスでは研究者が三陸に集まり、研究成果も定期的に報告され、それが漁業者の安心にもつながったのではないでしょうか。津波の中でも生き延びている種があるなどといった話もあり、研究そのものが生活の中にも浸透してくるような流れがありました。新しく設置された三陸ふるさと社会協創センターが、地域の課題について住民と直接対話をできる、研究もPRできる、「大槌方式」フィールドワークのようなものを提案するような動きになっていくのではないでしょうか。
河村●海と希望の学校から始まり、その流れで今回、三陸ふるさと社会協創センターが発足したと思いますが、兵藤所長からその経緯についてお話しください。
兵藤●海と希望の学校では中学生や高校生を中心とした人材育成に主として関わってきました。三陸ふるさと社会協創センターでは、そこからさらに、私たちの海洋科学研究を地域の産業振興や活性化に繋げていくための体制を作るべきだと考えました。新しいセンターを設置するための概算要求などの申請はうまくいかなかったのですが、昨年の12月に東京大学と岩手県で包括連携協定が締結されたこともあり、タイミングとしては今しかないと考え設置に至りました。我々も地域のために何かをしたい。ただ、どういうニーズがあるのか、それを実現するためにはどのような施策をどう動かしていけばいいのか。そこに埋めなくてはならないギャップがあると感じていました。今回のセンター設置によって、岩手県や自治体の方々にもセンターの中に入っていただいて一緒に活動することで、そのギャップを埋めることができるのではないかとと考えています。
佐々木●地域が抱えるいろんな課題に対して、三刀流、四刀流でやっていくような決意を私たちも感じています。ここからが大変だと思いますが、楽しみでもあります。
河村●東大は全国的にいろんな自治体との連携を進めていますが、岩手県でのこの取り組みが一つのモデルケースになればいいなと思います。津田先生はどうでしょうか。
津田●大きなチャレンジだと思います。日本には1700超の基礎自治体があり、900を超える自治体が消滅可能性自治体だと言われています。ベッドタウンでのまちづくりでは、いくつか好事例も出てきています。しかしこの場所では同じことができません。三陸という場所で、東大が知を結集して何ができるのか。そこを試行錯誤してほしい。シンクタンクと名乗ることは簡単ですが、それが機能するためには市民の皆さん、自治体の皆さんからの理解や期待があってこそ。海と希望の学校の活動を含め、この10数年でそれを勝ち得てきたと思います。いい結果を期待しています。
河村●地方にある東大の研究機関がそれぞれの地域とどう連携し、発展に貢献できるのかということは、我々に与えられた非常に大きな使命の一つだと思います。岩手県とは長年良い関係を構築してきたので、これをさらに発展させていければと考えています。
佐々木●そうですね。もともと人口減少が進んでいた地域です。それが震災によって大きなダメージを受け、ゼロではなくマイナスからのスタートで復興しなければいけないという大きな課題がありました。岩手県では被災者イコール復興者であり、現場の意見を尊重して地域住民一人一人が復興の方向性を描くことを大切にしなくてはいけないというメッセージを送り、それが今の復興に繋がっています。しかしまだまだ課題は山積しています。この取り組みを通じて地方の新しい発展モデルを作ることができればと期待していますし、我々も積極的に汗をかこうと思っています
兵藤●我々の使命は、海洋科学研究をベースに、地域振興により深く関わっていく。そして、東大全体を巻き込んでいくことだと思っています。新しいセンターでは、沿岸環境アセスメント部門と産業育成振興政策部門、社会連携人材育成部門という3つの部門をまずは立ち上げます。ここでは、沿岸海洋調査を行うだけではなく、新たな機器開発などを含めて地域の産業界や民間、自治体の皆さんとの連携を強め、地域振興を進めていきたいと考えています。将来的には、東京大学の他部局で進められている活動とも連携し、三陸沿岸のよりよい復興に貢献していきたいです。
河村●これからいろんなことに取り組んでいかなくてはいけません。皆で頑張って盛り上げていきたいと思います。





