FEATURES

English

印刷

デジタル技術で健康を維持しコストを削減 東京フォーラム2019パラレルセッション「生涯元気で:自分で守る健康社会」レポート

掲載日:2020年2月25日

このシリーズでは、地球と人類社会が直面する課題について議論し意見交換するためにスタートした国際会議「Tokyo Forum(東京フォーラム)」について取り上げます。東京フォーラムは東京大学と韓国の学術振興財団Chey Institute for Advanced Studies (CIAS) が共催し、 毎年開催されます。2019年12月6日から8日、本郷キャンパスで開催された会議には、政治、経済、文化、環境などの分野のリーダー120人以上が世界中から集まり、「Shaping the Future(未来を形作る)」というテーマで議論に参加しました。

モバイルヘルス、健康情報技術、ウェアラブルデバイス、遠隔医療といった「デジタルヘルス」利用が始まっている
Image: Shutterstock  

世界で最も平均寿命が長い国の一つで、国民皆保険制度で守られた日本の人々にとっての一般的な考え方とは、「病気になったら病院に行けばよい」です。

しかしながら、日本人の高齢化と人口減少が急速に進む中、人々はこの考え方を変える必要があると、東京大学の鄭雄一教授は警鐘を鳴らしました。

鄭教授は、「2060年までに人口の約半数が高齢者となります」と述べ、高齢化社会においては若い世代が高騰する医療費を支えることが難しくなると付け加えました。また、この問題は決して日本に限ったものではなく、2050年までに全世界を巻き込むと指摘しました。鄭教授は、「自分の健康は自分で守る」という考え方に変える必要性を訴えました。

人々が生活習慣やライフスタイルを変え、健康を維持するには、最先端の科学技術が役立つ可能性があります。 モバイルヘルス、健康情報技術、ウェアラブルデバイス、遠隔医療といった「デジタルヘルス」の利用が始まっています。しかし、テクノロジーの応用には常にプライバシーと倫理に関する問題が付きまとうため、リスクとメリットのバランスを見極めることが重要です。

2019年12月7日に、東京フォーラム2019で開催されたパラレルセッション「生涯元気で:自分で守る健康社会」では、世界各国からさまざまな学問領域の専門家が集い、プライバシーを侵害することなく人々が健康に生きられるようにする方法について議論が交わされました。

個人の参加と権限委譲

人々はデジタルヘルステクノロジーを活用すべきであり、より効率的な健康管理のために自分が利用する医療サービスを管理すべきである、という点について専門家らの意見は一致しました。

セッションのオーガナイザーも務めた鄭教授は、「従来の主観的な健康評価方法に取って代わる、効果的かつ客観的な方法を確立するために、最先端の科学技術を導入する必要がある」と述べました。そして、質問票などのアナログな手法と対比させながら、健康状態をモニタリングするセンサーやデジタル機器の利点に言及しました。

鄭雄一東京大学教授

グーグルクラウド・プロダクトマネージャーのアリエ・メイア氏は、最新の健康モニタリング技術をいくつか紹介しました。メイア氏は、人々が自分の健康を管理し、コンピューター化された「コーチ」と繋がるための様々なアプリが開発中であることを紹介し、こうしたアプリは人々にフィードバックを提供し、健康のために努力する意欲を引き出すと述べました。

メイア氏によれば、「よくできました!」「あなたは、どの友人よりも多く歩いています」といった励ましのメッセージは、金銭的な報酬と同様に、人々をエクササイズや健康的な食事に駆り立てることに有効です。さらに保険会社の医療費負担の軽減にもつながります。

しかし、アプリやヘルスケアサービスを通じて自分の健康に関するデータを企業や政府に提供することは、かつて私たちがビッグデータの黎明期以来直面している、「誰がデータを所有しているのか?」という疑念が生じることになります。欧州各国の政府は、基本的に個人は自身のデータを所有し、それを管理する権利を有すると宣言しています。しかしながら米国では、ヘルスケアなどの領域においては、民間企業による個人データの収集は制限付きですが許可されています。

台湾は、医療データの所有権に関してはユニークなケースです。2400万人の台湾の人々の医療データは、政府が管理・所有しています。台湾・輔仁カトリック大学病院理事のチャオ・ヘンタイ氏は、台湾の中央管理システム「MediCloudシステム」について解説しました。医師は各患者に割り当てられたICカードを使用し、その患者の診療記録にアクセスすることができます。これらのデータは、個人の特定につながるおそれのある情報を削除した後に統合され、研究や営利目的で利用することが可能です。

イスラエルでは、人々が自身の個人データを所有しているものの、データの管理は4つの健康維持機構(HMO)によって行われているとイスラエル・サナラベンチャー CTOのエラン・トレド氏は述べました。データは全てのHMOに保存されていて、人々が病院に来ると、医師はその人の全診療記録をみることができますが、病院を退院した後は、医師は情報にアクセスできなくなります。

イスラエルはデジタルヘルスの先進国として知られ、この領域で数百ものスタートアップ企業が存在します。2018年初頭、イスラエル政府は全国民の診療記録をデジタル化することを目指し、10億イスラエルシェケル(約300億円)規模の国家的デジタルヘルスプロジェクトを承認しました。その目的は、ビッグデータの活用を通じ、個別化医療、疾患管理、予防医療におけるイノベーションを促進することです。

トレド氏によると、問題は、「誰がデータを所有するか」ではなく、「誰がデータを販売できるか」です。イスラエルでは保険会社、HMO、病院によるデータの販売が許可されています。患者は自身のデータを所有していても、そのデータの管理はできません。また、一般的にイスラエルの患者は、質の高い医療が見返りとして得られるのであれば、プライバシーを侵害されることを厭わない、とトレド氏は話しました。

日本と米国では、医療データの中央化はあまり進んでいません。米国政府は研究目的で医療データを管理していますが、日本では地方自治体と病院が別々にデータを保存しています。一部のデータは政府が所有していますが、これらのデータセットは統合されていません。

セッションに参加したほとんどの演者は、暗号化技術などの最先端テクノロジーを用いて医療データのセキュリティを保護することに賛同しました。しかし、メイア氏は、米国企業が人的・金銭的資源をあまりセキュリティに投じていないことに懸念を示しました。一方で、トレド氏は、あまりに多くのワークステーションが用いられる以上、医療データを完全に保護することは困難であると述べました。

健康・医療データプラットフォームにおけるデータ管理

セッションに参加したほとんどの演者は、暗号化技術などの最先端テクノロジーを用いて医療データのセキュリティを保護することに賛同した。Image: Shutterstock

このセッションでは、ヘルスケア産業界の巨大企業である米国のジョンソン・エンド・ジョンソンが開始した野心的なプロジェクトが紹介されました。同社副社長のマーク・バック氏は、「Accumulusプロジェクト」について解説しました。このプロジェクトの目的は、医療データを継続的にクラウド上にアップロードし、定めた手順に従ってリアルタイム分析を行うことです。イノベーションをより迅速かつ安価に達成するため、得られたデータと分析結果は製薬会社や規制当局などのスポンサー間で共有されます。バック氏は、既にプロジェクトチームによりデータ規格の不一致などの技術的障害が特定されつつあるものの、まだ多くの課題に対処する必要があると述べました。

グーグルクラウドのメイア氏は、同社の目標は医療データエコシステム(さまざまなステークホールダーが収集するデータを統合し医療実践や研究のために活用するシステム)の進化を加速させることであり、それは、セキュリティ、プライバシー、コンプライアンスといった複数の要素から成ると述べました。

鄭教授は、データ管理を成功させる鍵として、「eConsent」を挙げました。eConsentは、双方向的なマルチメディア素材を使用することにより、患者に意思決定の権限を与え、臨床試験の質と効率を向上させるために開発されたものです。

鄭教授は、患者からデータ利用に関する同意や再同意を得る際に、細心の注意と複雑なプロセスが必要であることを指摘しました。そして、eConsentを使えば、患者が自身の同意内容を理解しやすくなる可能性があると述べました。

メイア氏は、大抵の人は、医療データの管理に膨大な時間を費やしたいとは考えていない、と述べ、グーグルクラウドもeConsentの開発に取り組んでいることに言及しました。さらに、個人が正しい決定を下せるようになるためには、ユーザー体験をシンプルにする必要があると話しました。

トレーサビリティはデータ共有を促進させる

個人が自身のデータを預け、研究や商業目的で利用できるようにする個人情報バンクの出現により、ビッグデータを活用した科学技術の進歩の可能性は広がり、さらに利便性も向上しました。

鄭教授は、人々が個人情報を情報バンクに預けられる情報信託のようなメカニズムを作ることが重要であると述べました。情報バンクは、人々があらかじめ同意した内容に沿う形でデータを機関や企業に提供し、人々はデータ提供の見返りとして、金銭やサービスなどの形で直接的または間接的な報酬を受け取ります。

これに対しトレド氏は、個人データの共有が医療サービスの改善やコミュニティの便益につながることで満足する人もいるため、必ずしも金銭的報酬は必須ではないと述べました。

鄭教授は、情報バンクの利用を促進するには、インセンティブに加え、個人情報のトレーサビリティを付与することが不可欠かもしれないと述べました。どの組織や企業がどのような目的で自身のデータを使用しているかを、人々が追跡できるようにする仕組みが必要だということです。

このセッションで議論されたテクノロジーおよびその他の関連事項は、いずれも人々を健康にし、医療システムを持続可能なものにすることを目指しています。世界保健機関(WHO)西太平洋事務局の野崎慎仁郎氏は、健康な高齢期を迎えるための積極的な行動を促すには、個人の参加と権限が必要だと述べ、議論を締めくくりました。

2019年12月7日、東京フォーラム2019のパラレルセッション「生涯元気で:自分で守る健康社会」で医療の未来について語る専門家たち
 

この記事はUTokyo FOCUSに掲載された東京フォーラム2019についての英文記事の翻訳です。セッションの一部は東京フォーラムウェブサイトにて視聴いただけます。

関連リンク

アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる