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特別対談 ウェルビーイングの追求 企業と大学にできることは何か

掲載日:2023年1月27日

令和4年12月12日、櫻田謙悟経済同友会代表幹事と藤井輝夫東京大学総長による対談が行われた。前半は東京大学が取り組む「UTokyo Compass」ならびに、経済同友会が提唱する「生活者共創社会」を基に、通底する共通認識へと話を進めた。後半では新しい社会づくりに向けた考えを交わし、経済と国民の幸福度やウェルビーイングの向上を両立する将来へ共に踏み出すことの重要性を確認した。多様性や包摂性、あるいは学びの時間の多様化、という観点から、大学と産業界の連携可能性、今後の協働について意見交換された。

■ 問いを立て、未知なるものを知ろうとする対話がこれからの社会に欠かせない

――「UTokyo Compass」について、藤井総長からご紹介いただけますか。

東京大学 藤井 輝夫 総長

藤井 もともと、新しい成長や新しい価値を考える際には、コモンフィロソフィーが必要だというところからスタートしたものです。大学が進むべき方位を共有し、さまざまなステークホルダーの理解を得ながら、この先の数十年を見据えて歩みを進めていくための、自分たち自身に向けた共同の問い掛けとして策定しました。同時に、知を学外へと共有し、共に生み出していくという思いを込めています。

最も重視しているのは対話です。向き合って話すことも対話ですが、「UTokyo Compass」では、未知なるものを知ろうとする実践としての対話を重視しています。知るためには問いを立て、その問いを共有して話をすることが必要になります。対話する中で、お互いの信頼感も醸成されていきます。学術の高みを目指す上でも、また社会課題のソ リューションを考える上でも、対話は欠かせません。

この「UTokyo Compass」は、研究者や学生だけではなく、東大で働く職員やスタッフも含めた指針であり、皆で共有していくものです。「UTokyo Compass」が基本理念として掲げる「多様性と包摂性」にも、生活者共創社会との共通性を見ることができます。

櫻田 非常に共感します。イノベーションにとっても多様性は重要なキーワードです。先生のご専門と思いますが、実は先ほど、ある量子力学の専門家と話をしていました。そこで教えてもらったのは、例えばコンピューターを比較したときに、ある面においてはクオンタム(量子)の方が従来型のハイパフォーマンス・コンピューティング(HPC)に勝るのは分かっているけれども、全てが勝ると立証できているわけではないと。また、仮に別の原理が見つかったとしたら、社会のクオンタムに対する熱がぐっと冷める場合もあると。つまり最先端に絞った研究は突破口になり得るけれど、そこだけを見ていると他の変化に気付かない可能性もあるため、イノベーションのためには非常に難しいバランスを取る必要があるのだと理解しました。

藤井 おっしゃる通り、いくつかの多様性をきちんと残しておくことは重要だと思います。例えば計算という点から考えると、機械での手回し計算機から始まり、半導体が出てきて電卓ができ、HPCといわれる計算処理機能へと進化してきました。一方で、それらと異なる計算原理としてクオンタムが出てきたわけです。

HPCもクオンタムも相当のエネルギーを使うのですが、クオンタムでは問題を解く速度が圧倒的に速い分、エネルギーコストを圧縮できるといわれています。しかし、今ご指摘されたように、可能性として語られている部分も多いわけです。だからこそ、複数の技術を「横につないでいく」という発想も重要になります。例えばHPCとクオンタムの間にAIが位置しています。AIはデータ駆動型の計算なので、また様式が違うわけです。これらをつなぐプラットフォームの用意が、本当に重要になってきているのではないかと思っています。

櫻田 ハイブリッドということですね。企業としても、最先端をいくアカデミアの方々の意見をよく聴き、それぞれの専門の芽を摘まないようにしながら、しかし過度に集中し過ぎないという視座が必要だと感じます。

■ 誰もが主体的に参画する社会が新しい成長をもたらす

――「生活者共創社会」について、櫻田代表幹事から簡単にご紹介いただけますか。

櫻田 経済同友会では、生活者視点での日本再興を社会に提言し、その実践に向けて取り組んでいます。生活者という言葉は、英訳するときにもそのままローマ字で使っています。日本在住が長い英語ネーティブの方に聞いたのですが、「生活者」に当てはまる英語はないと言われたのです。例えば私は経済同友会の代表幹事で、自社の会長で、かつ家庭では父でもあり祖父でもあります。人は誰しも多面的な役割・立場を持っており、さまざまな要素を統合して判断し、行動しています。これを生活者と捉えています。こうした個人が集まって構成する組織も、多面性を内包した生活者といえます。社会のあらゆるステークホルダーである生活者が、多様な価値観に基づいて主体的に行動し選択することで、当事者として社会に参画していくのが「生活者共創社会」です。

経済同友会 櫻田謙悟 代表幹事

岸田文雄首相が唱えている「新しい資本主義」の実現には、新しい成長、新しい分配、そして新しい価値が必要だと思っています。しかしその全体像はまだクリアに見えていません。経済同友会では、この「生活者共創社会」を軸にして 10年後の社会をイメージしました。若い人たちにどうありたいかを聞いて、それを動画にしています。例えば「安心して周りを頼って子育てができる」のも一つのイメージですし、「誰でも、いくつになっても大学で学べる」というのもその一つです。若い世代の声がきちんと政治に届き、皆が責任を持って一票を投じている。そして人生100年時代を楽しく豊かに過ごしている。こうしたイメージを全て包含していく社会づくりを、多くのステークホルダーと共に進めていきたいと私たちは考えています。

実はこの動画は岸田首相にも見ていただきました。ここに描かれている姿は、現時点では夢に見えるかもしれません。しかし、描かないと実現しないものですし、首相にもそのようにお伝えしました。「失われた30年」という言葉がありますが、その背景には私たち経営者が「分かっていながら着手しなかった」ことによって、失ったものもあったと考えています。仮に、10年後も何も変わっていなかったとしたら、それは「変われなかった」のではなく「変わりたくなかった」結果ということになるでしょう。民間が率先して変わり、民間からイノベーションが起こることが、新しい社会成長をもたらす上で大いに重要だと考えています。

藤井 今のお話には、東京大学が目指すべき理念や方向性を巡る基本方針である「UTokyo Compass」と共通項があると感じました。この30年間で起こった最大の転換は、視点の転換だったと思っています。以前はモノやサービスを「提供する側」の目線で多くが決まっていきましたが、今は「使う側」の目線で決まります。デジタル化の進展がそれを後押しし、GAFAのような企業はいち早く使う側視点のサービスを具現化しました。一人ひとりが発信者になり得る時代ということもあいまって、自分自身の目線から見るという転換が起こっています。

そうした事象から私が思うのは、公的な領域でも、今後は視点の転換が求められていくだろうということです。その一つが教育です。従来は教える側が学ぶ環境をつくり、学ぶべき内容を設定していましたが、これからは学生が学びたいと思うことを学べる環境をいかにつくっていくかが、極めて重要となります。一人ひとりに個別最適な学びの環境を整えることが、学校教育全般に求められています。こうした価値転換の観点は、「生活者共創社会」とも重なる部分があるのではないかと思いながら、お話を伺っていました。

■ 一人ひとりの経験知や視点を集合させることがソーシャルグッドを生み出す

――多様性・包摂性というキーワードが出ましたが、特にどのような点から重視されていますでしょうか。

藤井 例えば社会課題は、一般に単一の専門性だけで解決できるものではありません。人が集まって対話する中から、共感性の高いソリューションが生まれてきます。つまり、ソーシャルグッドを目指す上では、多様な人々がチームアップして何かに取り組む場が必須と言えるでしょう。その意味では産業界の方々とご一緒することができれば、自ずと多様性が生まれます。ぜひ、大学に来ていただく、あるいは大学から赴く形で、一緒にアクティビティを進めていきたいものです。またジェンダーダイバーシティも重要な観点です。例えば本学では、まだ女性教員の数が十分ではありませんので、目標を設定して取り組んでいるところです。

以前の大学は、もしかすると敷居が高く思われたかもしれません。また学問領域ごとの縦割り構造も生まれがちでした。「UTokyo Compass」では、そうしたイメージを払拭していくことも目指しています。おそらく産業界と共に共通の課題に取り組んでいくためには、いろいろな専門分野の先生を集めてチームアップしないとうまくいかないでしょう。実際、事業会社との協働を積極的に進めていますが、そこでは多岐にわたる専門領域の先生方にかかわってもらっています。

櫻田 大学と産業界との連携について、「産学共同」や、官も交えた「産学官連携」の取り組みは昔からあり、さまざまな工夫が行われてきたはずです。一方で、欧米の活発な形に比べると、日本はまだまだと見る向きもあります。

「生活者共創社会」を議論してきた背景には、今のグローバルキャピタリズムが格差や環境問題などの課題を生んできたという問題意識があります。そのため、欧米の真似をして追いつこうという発想ではなく、日本ならではの新たな価値を生み出す発想が必要だと思っています。産学連携についても、日本ならではの連携のあり方が考えられるものでしょうか。

藤井 従来の産学連携の形態は、特定のトピックについて契約を結び、しっかりと成果を出すことを目指す形がスタンダードでした。一方、本学が取り組んでいるように、トップ同士が大きなビジョンを共有した上で組織対組織で連携することを決め、全体を合意した後に具体的な中身をデザインしていく方法もあります。何をやるか細かく決まっていない段階から人が行き来し、対話を重ねる中で、アイデアを生み出していくのです。このスタイルは、あまり欧米では見られませんが、日本では可能な方法ではないかと思います。

櫻田 確かに組織対組織による連携は大いに考えられますね。人が行き来する、時には相手先に常駐して、進め方から共に議論していくことも効果的でしょう。

藤井 大学に籍を置きつつ、企業でも仕事をする教員がいてもよいでしょうね。産業界と大学との間で、人の行き来がもっと増えるとよいと思います。例えば産業界で活躍している女性に一定期間大学で教えていただけるとよいのではないかと、最近考えているところです。女子学生にとってはロールモデルとなり得る人から直接話が聞ける、非常に良い機会になると思います。

櫻田 おっしゃる通りですね。人材の交流の活性化は今後の社会にとって必須だと思っています。先ほどお話しいただいた中でもう1点掘り下げたいのが、イノベーションとダイバーシティの部分です。ダイバーシティによるイノベーション創出や業績向上の効果は必ずあると確信しているのですが、明確な実証がないという見解もあります。藤井総長のような立場からは、どのように見えていますか。

藤井 確かなエビデンスと言われると答えにくいのですが、いろいろなものをデザインしたりプロジェクトを進めたりする際には明らかに影響します。男性だけのチームで災害復興住宅のデザインをしたらキッチンがない家ができた、という英国のジャーナリストのキャロライン・クリアド=ペレスが書いた『存在しない女たち』に挙げられていた話を大学院入学式の式辞で紹介したことがあります。さらには男性の体格を小型化して作られたマネキン人形を使ってシートベルトのデザインを考えたために、妊婦の運転時の安全まで発想が及んでいなかった、という話もあります。こうした事象は他にもたくさんあると思います。

櫻田 学術の世界でもダイバーシティが成果につながった例はあるのでしょうか。

藤井 いろいろなケースがあると思いますが、よく知られているのはDNAの二重らせん構造の発見に、ロザリンド・フランクリンという女性研究者の大きな貢献があったというエピソードです。ジェンダーダイバーシティだけでなく、多様なバックグランドを持つ一人ひとりの経験知や視点を集合させた方が、どれだけビッグデータを集めて解析するよりも、良いものをつくれるだろうと思っています。

■ 社会にとっての良いインパクトを手掛かりに新しい価値を捉えていく

――大学と企業との連携には今後どのような可能性がありそうでしょうか。

櫻田 経営をしていると、従来の経営学で論じられていたことだけでは解決できないものがたくさん出てきています。例えば人件費というのはコストなので、価値を生まないという前提で、最終利益から引いています。しかし、見方によったら賃金は人への投資とも言えます。投資対効果を説明できるなら、むしろ価値の方に入れるべきだという議論も出てきているわけです。また、暗黙知という価値もあるでしょう。ただし、なかなか可視化できていない。そういう面で大学の知にはぜひ頼りたいところです。方程式で示せたらどんなに楽だろうかと思うことは、ありますね。

藤井 新しい価値の捉え方には、まさにコモンフィロソフィーがかかわります。ソーシャルグッド、すなわち社会にとっての良いインパクトを考えていくことが新しい価値の実現と密接にかかわります。コモンフィロソフィーを紐解くところから始めると、見えてくるものがあるはずです。

櫻田 経営学の野中郁次郎先生の著書にも、コモンソサエティーということが記されていました。「世のため人のため」という考えが利益重視のキャピタリズムを補うには必要であり、日本の強みはそこでこそ出せるだろうという一節を記憶しています。

藤井 その通りだと思います。昨年4月の本学入学式の式辞の中で渋沢栄一による「実業」の話を取り上げました。明治時代の起業家たちは「合本主義」という理念に沿って「業」を興しました。つまり、皆で人材やリソースを持ち寄り、社会のためになることをしようという考えが先に立っていたわけです。自分だけの儲けではありません。日本の近代国家のベースには、ソーシャルグッドのために業を興すという発想がある。皆さんも社会のためになることへの一歩を踏み出してほしいという話をしました。結構反響があったと感じています。

櫻田 何かやりたいという気持ちは皆、どこかにあるでしょうね。

藤井 そう考える学生が増えていると思います。最近、工学系の一部の専攻では2、3割の人が起業しているとも聞いています。

櫻田 社会課題解決を目指すスタートアップが増えて、しかも上場規模にまで成長していくことは歓迎すべきですし、私自身も関心があります。

というのは、私が代表を務めるSOMPOホールディングスは日本で最大級の介護事業を行っています。10万人以上の高齢者との接点を持ち、働く介護士も2万6千人ほどに上ります。介護はまさに社会課題と密接にかかわる領域で、ここでの課題解決に役立つ技術は、切に期待するところです。例えば、プライバシーを侵害しないけれども何が起きているか分かるようなカメラやセンサーがあると現場の悩みを解決するのに役立つでしょうし、自動的に行動記録が取れるようなAIがあれば、介護のみならず多様な領域で重宝されるでしょう。こうした社会に必要とされている技術の開発には、積極的な投資も考えるところです。

藤井 課題解決の観点から見ると、介護領域に応用できる技術もたくさんありますし、これから起業を考えている学生の中にも、困っている現場から発想する人がどんどん出てくると思っています。

■ 学びにおける時間的多様性を広げ、人材の交流を増やし、価値を追求するところに投資をしていく

――具体的に取り組むべきことへの示唆はありますか。

櫻田 日本には安全さや四季折々の景色などソフトパワーといわれているものがありますが、これだけでは弱いと思っています。やはりGDP3位という経済力は維持していくべきでしょう。ソフトパワーと経済力を組み合わせ、全体として国民の幸せ度が一番高い国家を目指すべきだということを、理想ですがやはり思うところです。自分が幸せだと感じている人が世界一多い国にできないか。そこで価値という観点が出てきます。幸せとは何かというところに、価値がかかわります。日本が大事にする価値はこれだと示すこと。そしてそれを追求していくところに企業は投資をし、大学には頭脳を提供してもらって、共に取り組むことが必要だろうと思っています。

藤井 個々人のウェルビーイングを追求すると同時に、一人ひとりの人的資本の高度化も同時にやらないといけないと感じています。一人ひとりの力をより高度にしていくところに、教育や大学の役割が大きくかかわる。個々人にとっては、それぞれの自己実現が進む。そのための就業と学びのサイクルをどうやってうまくつくるかがこれからの課題です。その中で女性活躍も進んでいくはずです。

そのために一つ思うのは、個々人の学びにおける時間的多様性です。これまでは、大学を卒業して就職し、そのまま働き続ける人が大半でした。しかし昨今は、リスキリングの重要度も上がっています。ある期間は働き、ある期間は学ぶという形を持てるようになれば、もっとキャリア選択の幅が広がります。そのためには個々人の意識変化や、大学側の変化も必要でしょう。一度社会に出てから入学したい方、社会人のままで学びたい方など、より多様な人が学べるように大学も進化していく必要があると思っています。

櫻田 企業での社員教育も、従来型では限度が来ているように感じます。例えば当社の場合は、グループ全体で8万人ほどの職員がいて、そのうちの1割強は日本人ではありません。日本語での一律の教育が合わないのは言うまでもないわけです。現在は、個々人が自分で教育を選べるようにしつつ、選抜型で次世代幹部人材を教育しています。さらに今後は、企業内だけで完結する必要もないでしょう。外の知恵を活かすという発想も大事です。例えば介護の現場はデータの宝庫ですので、データ活用をするためには解析の専門家に来てもらって一緒に考えてもらうことができるはずです。社員が全部勉強して身に付けなくてもよい。問いを立てられる力を企業は持っているはずですから、それを受けて立ってくださる先生方とコラボレーションができるとよいと思っています。

藤井 可能であれば、そこに学生も参加できるとよいですね。クラスルームの中で学べることももちろんありますが、限度があります。私は「学びを社会と結び直す」と言っているのですが、現場を見ることによる学びは大きいと考えています。そこで新しい問いも生まれますし、自分に何が足りないかも分かってくるでしょう。もちろんただ見ているだけでは駄目で、自分ごとにしてもらう必要があります。学生や若手研究者にとって、経験すること自体にも効果があると感じます。実際には今、企業との組織間連携が複数件、進み始めましたので、まずはその中で人材の行き来が増えればと取り組んでいるところです。

■ 企業の問いを立てる力と大学の知とのコラボレーションを目指す

――これから目指す方向について、あらためて教えてください。

櫻田 企業として、最も重要なのはイノベーションです。そのためには知が必要です。魅力的な大学の知に対して、市場原理と社会課題で動いている企業が問い掛けていく。そうした機会が増えることを目指したいと思います。産業界側は、マーケットやお客さまという、ある種「わがままな」人を相手に日々試行錯誤しています。一方で、研究者の方は俯瞰的にその状況を見ることができるはずです。良い問いと、そこに反論するような生々しい議論が交わされるほど、共創に結び付いていくのではないかと思うところです。

藤井 実業の現場感というのは、大学での研究にとって大きな刺激です。両者の対話から、きっと生まれてくるものがあると思っています。

櫻田 実はSOMPOホールディングスでは、産業技術総合研究所(産総研)と6年間で60億円という大型のプロジェクトを立ち上げました。産総研から人を受け入れて、当社からも人を送り込んでいます。介護にかかわる大きな課題について、10以上のテーマを掲げ、優先度の高いものから共同研究を始めています。進捗は定期的に報告してもらっていますが、物足りないときにははっきり伝えます。やはり取締役会に対して、将来生み出す価値を見せていかないといけませんからね。そうした緊張は、共同研究を建設的に進めるためにも必要だと思っています。

藤井 共同研究では何の問いに対して取り組んでいくか、最初にしっかりとチームで認識合わせをしておくことが大事でしょうね。そこでかかわってくるのが、コモンフィロソフィーです。最初から答えを探すというよりも、向かう方向をきちんと揃えていく。そういう対話から始めていくことに、意義があると思っています。

櫻田 ジョイントベンチャーをつくった相手との対話を思い出しました。SOMPOホールディングスでは米国のソフトウエア会社のパランティアと業務提携しています。パランティアというのは、ベンチャーキャピタリストたちが立ち上げた会社なのですが、その1人、アレックス・カープが言っていました。彼の持論は、テクノロジーの究極の目的は社会のハピネスやウェルビーイングのために使うことだ。しかし、最近のシリコンバレーはfor moneyになってしまっていると。当社と組んでくれた理由を聞いたのですが、パーパスのところで共感し合えたことが実現に進んだ一つの理由だったのだろうと思っています。

――ちなみに、お二人にとってのハピネスとはどのようなものでしょうか。

櫻田 個人の話ですが、孫が3人います。恰好よく言い過ぎかもしれませんが、ハピネスを考えると、この孫たちに残せる日本は何だろうかと考えるわけです。もしも、「良い日本を残してあげられた」と思えたなら、それは相当幸せなことです。世のため人のためというより、自分のためなのですが、シンプルにそういう発想からできることを考えたいと思いますね。

藤井 やはり若い人たちが、自在に自分の未来を思い描きそれを実現できるような社会にしたいですね。日本という範囲にとどめる必要もないと思っています。世界を視野に置きながら、日本にいる若い人が行動しやすい社会をつくっていけたらと思います。

――今日の対談の感想をお聞かせください。

藤井 共感する観点がたくさんある中で、お互いの考えを交わすことができ、有意義でした。今後ぜひ、産業界とより深くかかわらせていただき、人的資本の高度化と申し上げたような教育の部分、そして研究の部分でご一緒できればと思います。本学ではそのために産学協創推進本部という組織を設けています。一緒に新しい未来の社会をつくっていくことができればと強く思います。

櫻田 起業するときでも、1人で全てをやる必要はないはずです。自身がアイデアと技術を持っていて完結できる場合もあれば、技術のある人と組んでアイデアを事業にしてもいいわけです。今、日本に必要なのはイノベーションだというのは先に申し上げた通りですが、それは経営者の時代が来たと自分たちに言い聞かせることだとも思っています。何でも自分たちでやるのではなくて、いろいろな知恵を探すこともイノベーションを起こすために必要です。もっと貪欲に大学の知恵に目を向け、連携していけたらとあらためて感じました。

藤井 「UTokyo Compass」では、大学が対話を通じて人と人、組織と組織をつないでいく存在になっていくことも指針に入れました。国内の各大学にも特色がありますし、海外の大学とのネットワークも広げているところです。私たちを介して多様なつながりができていくことを願っています。

櫻田 各地の大学と企業が連携することもできますし、無数の可能性があることを感じています。大学と産業界で、それぞれの強みをぶつけ合いながら、より良い社会づくりに協力していけたらと思います。

(出所)公益社団法人経済同友会 広報誌「経済同友」2022年12月号-2023年1月号掲載

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