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バリアフリー文化の醸成と行動変容を |ダイバーシティと東大 04|熊谷晋一郎准教授の巻
誰もが平等にアクセスできるキャンパス作り

掲載日:2021年12月9日

このシリーズでは、東京大学のダイバーシティ(多様性)に関する課題や取り組みを、教員たちへのインタヴューを通して紹介していきます。 東京大学は多様な背景をもった人たちが、活き活きと活動できる場の実現を目指します。

ピンコロ石が敷き詰められた安田講堂南側坂道。車いすユーザーにとってガタガタ道は危険なため、2m幅ほど表面を削り平滑化しました。

 

10月下旬の雨の日にオンラインで行われた先端科学技術研究センターの熊谷晋一郎准教授のインタヴュー。脳性麻痺という身体障害があり、車椅子を利用する熊谷先生は、これまで雨の日の通勤は大変だったと話します。雨合羽を頭の上から車椅子ごと包み込むように被って移動するため、動きに制限がかかり、電車の乗車券などの出し入れが難しくなり、視界も悪く危険な思いをすることもあったそうです。しかしコロナ禍でオンラインの会議や授業の取り組みが広がったことで、劇的に楽になったと話します。

「コロナ禍は障害状況をガラリと変えた」と言う熊谷先生。移動に困難がある先生などにとっては障害が軽減した一方、新たな障害も発生していると話します。例えば聴覚に障害がある学生の場合、今までは学生のサポートスタッフが隣に座ってノートを取り、それを見ながら授業の内容を理解したり、場合によっては手話通訳をつけたりしてきました。しかしオンラインになったことで、「授業に付いて行けない」という声も出てきたと話します。

「コックピットに座っているような感じになってしまう。ノートテイクをしているサポーターから送られてくる情報も、授業のズーム画面も見なくてはいけない。場合によってはそのサポーターにフィードバックもしなくてはいけない。タスクがとても大変になるんですね」

コロナ禍で環境が激変し、2017年から熊谷先生が室長を務めるバリアフリー支援室では、このようなノウハウがない問題に、テクノロジーや制度的運用などで対応してきましたが、ボトルネックとして見えてきたのが教員の理解だと言います。

「聴講者のなかに聴覚障害や視覚障害を持っている学生がいる、という想像力を働かせて、授業をアレンジしなくては裏方がどんなに頑張っても追いつきません」と指摘します。「全ての構成員たちがバリアフリー支援に関わる一員として、意識を高めていくことが必要だと考えています。そうでないと、どのサービスも授業もアクセシブルにならないと思います」


バリアフリー支援室の取り組み

熊谷晋一郎先生写真
熊谷晋一郎准教授・バリアフリー支援室長  

東京大学は2004年4月にバリアフリー支援室を設置し、キャンパスのバリアフリー化に取り組んできました。支援室が掲げる目標は、障害の有無にかかわらず誰もが平等に大学の授業や活動にアクセスできるキャンパスの実現です。「障害」は本人の身体の中に存在するものではなく、環境と本人の相性の悪さを指すという「社会モデル」の考え方の下、本人に努力してもらうのではなく、環境を変えることによって障害のある学生や教職員の不便をなくす努力を行ってきました。

支援の基本となるのが、当事者への丁寧な聞き取りです。本人が希望する場合、入学時などに専門知識のある支援室のメンバーと部局の支援実施担当者が一緒に面談を重ね、障害の状況や困りごとなどについて詳細に聞き、それをふまえて支援計画を立てていきます。

また毎年開催しているのが、障害のある学生や教職員の意見交換会です。当事者のなかには我慢することが日常的になってしまい、「困っていることはありますか」と聞かれても、「ない」、と答えてしまう人がいます。そのような人も、様々な障害をもつ人たちとの話し合いのなかで、自分のニーズに気づくことがあると熊谷先生は話します。

こうして集めた声を関係部署に届け、キャンパスのバリアフリー化に生かしてきました。例えば、安田講堂南側道路のピンコロ石の石畳。車椅子ユーザーにとっては、ガタガタ道は危険がともない、細いタイプのタイヤが石と石の間に挟まってしまう可能性もあります。景観との調和や文化財の面からコンクリートで敷き詰めるということはできないため、何種類か方法を試した後、石の表面を削り平らにする工事を行いました。

さまざまなノウハウを積み重ねてきたことで、キャンパスの建物や設備といった物理的な環境については、やるべきことが見えてきた、と熊谷先生は話します。一方で、ルールやその運用といった制度面、人の態度や習慣などの文化的な面では、何をどうすることがいいのか、というところから議論が必要だと考えています。

ただ、バリアフリー支援室を中心とした制度が整ってくればくるほど、「支援室にまかせとけばいいや」という雰囲気が生まれてしまうため、「全部をシステムにしてしまうだけではなくて、文化を醸成していくこともすごく重要だと思います」と熊谷先生は話します。

 


学ぶだけではなく行動変容を

インクルーシブな文化を作るために現在準備しているのが、 FD(ファカルティ・ディベロップメント 教員の能力開発)とSD (スタッフ・ディベロップメント 職員の能力開発)です。障害分野だけでなく、ジェンダーやエスニシティ、LGBTQ、といった領域を専門とする先生達に協力してもらい、来年度早々にはリリースしたいと計画しています。

これまでも啓発活動の一環として、教職員対象の説明会を開いたりしてきましたが、「どうしても行動変容までは至らなかった」と熊谷先生は言います。そこで、現在開発中のFDやSDではディスカッションやグループワークといったアクティブ・ラーニングを取り入れ、行動変容までを目標としたいと考えています。

文化を変えるときに大切なのが、人々を属性で見てしまうのではなく、等身大のお互いを知るということで、それがスティグマへの抵抗にもなると話します。「対等な関係で目標を共有して共同するということがとても大事です。インクルーシブなキャンパスづくりということを共通の目標としてマジョリティとマイノリティが一緒に連携し、関わっていくこと。誰かにまかせるのではなく、一緒にキャンパス作りにコミットし、参加してもらうことがすごく大事だと思います」

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