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なぜ正三角形は二等辺三角形とは言わない?→広瀬友紀|素朴な疑問vs東大

掲載日:2022年11月17日

素朴な疑問vs東大
「なぜ?」から始まる学術入門

言われてみれば気になる21の質問をリストアップし、その分野に詳しそうなUTokyo教授陣に学問の視点から答えてもらいました。知った気でいるけどいざ聞かれると答えにくい身近な疑問を足がかりに、研究の世界を覗いてみませんか。

Q.17 どうして正三角形は二等辺三角形とは言わないの?

小学校で習う正三角形と二等辺三角形。正三角形は二等辺三角形に含まれるのではないでしょうか。なぜ違う解釈があるの?
A.論理上の正解ではない語用論的な正解があるから
回答者/広瀬友紀
HIROSE Yuki
総合文化研究科 教授

表現していない意味を読む

「ピンクの蝶々のカップ」
 この記述では、蝶々がピンクなのか、カップがピンクなのか、構造的には、いわば理屈上は曖昧です。視線計測実験の結果、大人は「蝶々がピンク」という解釈が大勢で、単語を順次聴いた都度処理できる方が有利なのだと説明できます。子供は逆に「カップがピンク」だと理解した割合が高くなりました。フレーズの一部に特定の抑揚(韻律情報)をつけると解釈の偏りが左右されること、そのタイミングや方向性が大人と子どもで違うこともわかってきています。

数学的・論理的に考えると、「3」という数には「2」も含まれているので、「三辺の長さが等しい」正三角形は二等辺三角形であると言えます。しかし、理屈ではそうでも、正三角形を指して「二等辺三角形」だとは普通言わないでしょ、と思う人もいるのではないでしょうか。それは語用論的解釈では正解です。話し手と聞き手の間には、常に一定の了解事項があり、お互いがそれを共有していることにより、必ずしも言葉通りに表現されていない情報のやりとりが可能になります。その了解事項を説明してくれるのが語用論です。言葉が論理的に何を意味しているのかという解釈と、実際に私たちが言葉を使うときに、文脈やその場の状況などの情報から総合的に意図された意味を割り出す解釈にはしばしばズレがあるのです。

例えば、試験問題の「1行の解答欄に2行書いてはならない」という注意事項。この文で期待される解釈は、3行以上もダメだということですが、論理的に解釈すると2行のみダメで、3行かそれ以上であれば書いてもいいと解釈できます。実際、ある年に「3行以上」解答する強者が出現して話題になりました。

私たちは、お互いにさまざまな了解事項を共有しながら会話を前に進めていく、というコミュニケーションの原則のようなものを自然に身に付けています。上の例で実際は4行も当然だめだという判断が共有される理由として、大小の程度の違いを表す表現では、ある量を示す表現を選んだ場合それよりも大きな量の存在は自動的に否定されるからです。これを尺度含意といいます。これを冒頭の正三角形問題に当てはめると、「2つの辺が等しい」と言うからには「3つまたはそれ以上の数の辺について成り立ってはならない」ということが、解釈上の制約として働くということ。つまり、この尺度含意による制約の下では、正三角形は二等辺三角形というのはおかしいことになります。

この尺度含意の知識をいつごろ、どのようにして子供が使いこなすようになるのか、いろいろな言語で、様々な工夫をこらした方法で、心理言語学的調査が行われています。 

未知語の意味を推測する際にバイアスがかかる

では、これを小学校で教えるときはどうしているのでしょうか。ある教科書出版社のガイドには、正三角形も二等辺三角形に入るという点については「漸次着目させていく」と記載されています。ただし、正三角形が二等辺三角形の特別な形だというところまでは取り扱わない、と書かれており、最初から説明することには慎重な姿勢が見て取れます。

子供は未知の言葉に接したときに、その意味の範囲を推測します。例えば線路を走る電車を指して、「電車」と大人が言ったとします。「電車」とはこの特定の乗り物を指すのか、乗り物一般なのか、動くもの全てなのか、または実は中の乗客を指しているのか。子供は明示的な説明がない状態で推測しなくてはいけません。この判断をするときにはたらくバイアスの一つが、「一つの名称は一つの対象物に対応すると考える」という前提です。すでに「自動車」という語とその意味を知っているなら、それは「電車」とは呼ばれないという推論はできるのです。一方、もし先生が「正三角形」だと命名したあとに、これは「二等辺三角形」でもあるよ、というのはその前提には反しています。小学校で用語同士の包含関係を積極的に教えないのは、子供を混乱させないための配慮なのかもしれません。だけど、それでも気づいた子がいたらぜひ積極的に褒めてあげてほしいですね。

広瀬先生の本
ことばと算数 その間違いにはワケがある』(岩波書店、2022年) 「かける数とかけられる数」など、小学校の算数で使う実はややこしい表現や面白解答などから算数と言葉の関係を考える一冊。
 

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