なぜ脳から心が生じるの?→池谷裕二|素朴な疑問vs東大

「なぜ?」から始まる学術入門
言われてみれば気になる21の質問をリストアップし、その分野に詳しそうなUTokyo教授陣に学問の視点から答えてもらいました。知った気でいるけどいざ聞かれると答えにくい身近な疑問を足がかりに、研究の世界を覗いてみませんか。
Q.21 なぜ脳から心が生じるの?
脳は物質でできていますが、心は物質とは違うものであるように感じられます。どうして心は物質である脳から生じるのでしょうか。
脳は己の世界観にあてはめて外界を見る
率直にいえば、答えるのが難しい質問です。ただ、この問題に関して脳科学が明らかにしてきたこともたくさんあります。
脳がコンピュータと本質的に違うのは、自発活動をすることです。外から情報が入らなくてもずっと活動していて、そこには活動パターンのレパートリーがある。脳はいつもレパートリーのどれかを再生しています。そして、目からたとえば縦縞模様の情報が入ると、レパートリー内の縦縞に対応するパターンに固定される。それが目に見えるということです。重要なのは、目で見ていないときにも縦縞を見たときと同じ反応が出ること。自発活動で出るパターンは意識には上がりませんが、意識に上がる活動と上がらない活動は同じパターンなのに何が違うのか。心に大きく関わるこの点が脳科学でわかりつつあります。
脳の表面を覆う大脳皮質は6層構造です。このうち奥にある第5層が鍵を握ります。目から縦縞の情報が入ったときは2層が反応してから5層が反応し、自発活動のときは5層が反応してから2層が反応する。そして人間の5層はほかの動物より非常に大きい。人間の心の豊かさの解剖学的根拠はこの5層にありそうです。さらに、麻酔がかかると5層が乱れることが最近わかりました。5層が乱れると意識は消える。様々な状況証拠から、心が宿るのはここだと考えられます。
ではなぜ心が生じるのか。おそらく重要なのはレパートリーの多さです。マウスの脳は神経の数が少なく、人間の脳は多い。可能な組み合わせの数は桁違いです。神経科学者ジュリオ・トノーニの「意識の統合情報理論」では、神経同士のつながりの数に着目し、意識を統合情報量として数値化します。心とは取り得る状態の多さであり、いろいろな可能性をどれだけ持っているかが心を生み出す必要条件であり、この数値がある値より高いなら心があると決めればいい、という提案です。この理論とその後の脳科学の実験結果は多くの点で一致しています。
認知限界があるからこそ驚きと心がある!?

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脳には認知限界があります。でも、人工知能を加えれば突破できます。人間の限られた脳だけではたどりつけない世界にも、AIの力をうまく足せば到達できる。マウスの実験では実際にそうなっています。単純なルールを繰り返すことで思いもよらない結果が生まれる「創発」も認知限界の話です。自然や数学の側からすれば、そのルールを与えればこうなるのは自明なのに、人間はそこまで計算できないから驚き、すごいと思う。創発は心と密接に関係します。創発がすごいのではなく、創発が存在すると勘違いする心がすごい。物質である脳から心が生じるのも創発の一つかもしれません。心があると思い込んでいるだけで本当はないかもしれない。でも、心が存在しないなら脳から心がなぜ生まれるのかという問い自体も消える……。
そうした問題も含め、いままで人間が理解できなかった真理、原理、法則にも、認知限界を超えれば到れるのではないか。そう願って脳とAIの融合プロジェクトを進めています。

『脳と人工知能をつないだら、人間の能力はどこまで拡張できるのか』(講談社、2021年)
東大病院医師の紺野大地先生との共著。脳とAIをつないで「脳を改造」することで起こる近未来の姿を覗き見できる一冊。