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地球温暖化に人文学はどう向き合うの? →隠岐さや香 GX入門/身近な疑問vs東大

掲載日:2023年6月6日

身近な疑問vs東大
GX(Green Transformation)に関係する21の質問にUTokyo教授陣が学問の視点から答えます。他人事にできない質問を足がかりにGXと研究者の世界を覗いてみませんか。

Q.13 地球温暖化に人文学はどう向き合うの?

気候変動のような複合的な問題は科学だけでは解決できないと聞くけど、人文学はどのように貢献するの?
数が少ない例を掬って言葉にする

回答者/隠岐 さや香
OKI Sayaka

教育学研究科 教授
フランス科学史

隠岐 さや香

定量化されない価値を言葉にして伝える

哲学、社会学、歴史学、フェミニズムを例にして人文学の特徴を考えてみましょう。

哲学は、他の人が意識しない段階で重要な問題を提起する一面を持ちます。ハンス・ヨナスというドイツの哲学者は、科学がもたらす未来世代への倫理的責任を70年代から論じ、それが緑の党の政策に影響を与えました。公害問題では、個別の事例が散発した後、哲学者たちがその動きをまとめて言葉にしました。問題が具体化する前に言語化することで多くの人々が認識できるようになるわけです。

社会学は、政策の基盤になる知見を提供することがあります。たとえば、新領域創成科学研究科・福永真弓先生の著書『サケをつくる人びと』(東京大学出版会、2019年)では、鮭の食べ方、文化的背景、産業的側面、アイヌとの関係などを一連のつながりとして描いでおり、環境政策のあり方を広い視野で考えるきっかけを与えます。こうした知見を取り入れれば、行政と住民の思いの乖離が減り、皆が納得する開発につながるかもしれません。

歴史学には、新しい分野を作って価値観の変容を促す役割もあります。たとえば科学史において環境は新しいテーマです。新しい切り口から見えなかったつながりを示すことで人々の見方が変わるかもしれません。

『百科全書』第一巻の学問分類(部分)

『百科全書』第一巻の学問分類
百科全書

ディドロとダランベールの『百科全書』(1751年)では学問が哲学(=理性)と歴史学(=記憶)と詩学(=想像力)に三分類されていました。

愛蔵の人体模型
愛蔵の人体模型

フェミニズムは科学のあり方が男性中心的だとの見方を示し、その転換を促しました。早くから環境問題に関心を寄せ、先進国の企業が途上国を開発しようとした際、それが生態系と女性の雇用に影響を与えることを指摘しました。マイノリティを組み込んだ人間像の欠如を訴えたのもその成果です。

私は18世紀フランスのノルマンディー地方における海藻の野焼きを調べたことがあります。灰がガラス製造に役立ちますが、煙や乱獲の懸念があり、漁師とガラス製造者が対立。調停に乗り出した科学者は、後者を擁護しました。魚が卵を産みつける海藻を乱獲すると生態系に影響すると漁師は訴えましたが、定量的なデータがなかったので科学者は認めなかったのです。一方で、数が少ない事例に注目して言葉にし、その価値を説明するのが得意な学問があります。科学では汲み取りにくい、定量化されない小さな声を肌理細かく掬い上げ、目に見えるようにできるのが人文学だと思います。

隠岐先生の著書
隠岐先生の著書
文系と理系はなぜ分かれたのか』(星海社新書、2018年)
文系・理系の区別がいつどのように生まれて定着したのかを西欧と日本の歴史から解説。
 

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