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寄稿「犬と研究者」

掲載日:2023年12月19日

寄稿「犬と研究者」

犬とともに暮らす東大の3人の研究者に、「犬と研究者」をテーマにコラムを綴ってもらいました。実験物理学と歴史学と電気工学。それぞれの分野の専門家による愛犬エッセイだワン!

犬と実験物理学者

春山富義 - HARUYAMA Tomiyoshi
(カブリ数物連携宇宙研究機構特任教授)

ここ漏れワンワン

サンドは5歳。体重7kgのミニチュアダックスフンドだ。息子が飼い始めたのだが、結婚して人間の家族が増えたため我が家に“移住”してもう3年になる。日曜日の昼下がり、膝の上のサンドはうたた寝を始めた。私もつられて眠くなる。

極低温の実験では低温容器に漏れがあると実験ができないため、特殊な装置で念入りに漏れ箇所を調べる。容器を真空引きしてヘリウムガスを吹き付ける。漏れがあると、吸い込まれたヘリウムが検出されて漏れ箇所がわかる。この漏れ探し、昔はゴキブリが使われていたという話もある。容器の内側にメスのゴキブリを入れておくと、漏れ箇所からフェロモンが出てきて、そこに外側のオスが集まるのだそうだ。

サンドは鼻が効く。そこで思いついたのが、漏れ探し犬だ。容器のなかにドッグフードを入れて密閉する。漏れ箇所から出たフードの匂いを嗅ぎつけて、「ここ掘れ」ならぬ「ここ漏れワンワン」と叫ぶ。犬の嗅覚は人間の何万倍とも言われているから、超高感度で漏れ探しができるかもしれない。これで特許が取れるかなと思った瞬間、サンドがくしゃみをし、夢うつつから覚めた。サンドを膝に抱えていると、そんなのんびりした発想が浮かんでくる。

サンドと春山先生
サンドと春山先生。
春山先生によるイラスト
低温容器の漏れ探し犬!?(画:春山富義)

犬と歴史学者

杉本史子 - SUGIMOTO Fumiko
(史料編纂所教授)

『Cartographic Japan』と岳と杉本先生
共同編著『Cartographic Japan』(The University of Chicago Press, 2016)と岳と杉本先生。

犬とともに世界と出会う

犬の認知する世界や意思表現は人間のそれとはかなり異なっている。にもかかわらず犬は人間と喜びを共有できる。野田友佑とそのカヌー犬「ガク」とユーコン川を下ったカメラマン佐藤秀明も述懐しているように、犬とともに過ごしていると、人は、しばしば、相手が犬であることをすっかり忘れてしまう。人はそこから、「犬」と呼び「人」と呼ぶことの本質とは一体何か、を問い始める。

東日本大震災の前年、幼いノーフォークテリアと出会い、「ガク」にちなんで「岳」となづけた。震災前の福島から岳のカヌー体験は始まった。岳との日々は、「日本」を対象に、各時代の人々がどのような歴史的特質をもった場の中で生き、また「世界」をどのように認識してきたかという観点から歴史を研究してきたひとりの研究者に、さまざまな気づきを与えてくれた。テニスのラリーを夢中で見る岳を見守るとき、私もまた、岳が犬であることを忘れる。

犬と暮らすとは、毎日連れだって外界にでかけ、他の人々や動物たち・植物たち・無機物たちの「世界」と出会い、それらによって構築された「日本」の「社会」のなかに入っていく生活を選択することを意味している。現代の東京を岳とともに歩いていくと、「犬」を拒絶する「しるし」があちこちにはりめぐらされていることに否応なしに気づかされる。たとえば中小公園には、「犬入れ禁止!」と大書された立て看板が、憩いの場であるはずの空間に林立している。それはかつてパリ大学で講義するためカルチエ・ラタンの研究者用宿舎に滞在したときに体験した、地下鉄にもカフェにも犬たちが人間とともにくつろいでいる社会とは、明確に異なる社会である。現代「日本」社会で「犬」と呼ばれることは、たとえば地下鉄においては、その顔を覆い隠し手荷物扱いされる「物」として扱われることを意味している。

カズオ・イシグロは、市販される人造友人(AF)を主人公とした一人称小説『クララとお日さま』(早川書房、2021)において、「人」と「物」の間の非情の関係を見事に描き出した。現代社会における「人」と「人以外」の関係性に注目し、「人以外」への感性を彫琢しその意味を考え抜いていくことは、同時に、「人」の多様なあり方を尊重し、「生産性」「同質性」など特定の尺度から一方的に裁断し排除する発想を相対化していくことにもつながっているのではないだろうか。

犬と電気工学者

寺尾 悠 - TERAO Yutaka
(新領域創成科学研究科助教)

学会には犬が欠かせない!

研究者にとって学会やバンケットというのは、自身の研究成果を発表するだけでなく、各国の研究状況に関する情報収集・交換を行う重要な場であることは周知の通りである。そんな中、この情報収集に一役買ってくれたのが、マルチーズとチワワのミックス(通称マルチワ)である、我が家の愛犬・おむすび(3歳、オス)だった。

昨年に行われた国際学会のバンケットで、2年ぶりに知り合いのフランス人研究者に会った。彼は現在フランスの企業で航空機関連の研究開発をしており、そのことに関して聞きたいことがあったのだが、久々でなんとなく聞けずにいた。そんな中、彼の奥さん(日本人)が一緒にフランスへ連れて行った愛犬の話になり、その際におむすびの写真を見せると、一気に饒舌になってお互いの愛犬話で盛り上がり、話の途中で彼に見せたおむすびの写真を奥さんにメールで送っていた。

すっかり愛犬の話で意気投合した後、アルコールの助け(?)もあり、聞きたかったことを色々と教えてもらうことが出来た。まさに「おむすび様様」であった。

愛犬の話は国境を超える!今年の国際学会へ行く際も、おむすびの写真をたくさんスマホに入れて持っていこうと考えている……。

在宅勤務時の一コマ
在宅勤務時の一コマ(著者の膝上にて)。
おむすびとの2ショット
おむすびとの2ショット(Take 12…)。

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