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キノコとウンチと循環と - 異分野研究者対談 菌類と生痕化石の研究から見える40億年の生命史

掲載日:2024年3月19日

キノコとウンチと循環と キノコとウンチと循環と

五十嵐 圭日子農学生命科学研究科
教授
IGARASHI Kiyohiko

泉 賢太郎千葉大学教育学部
准教授
IZUMI Kentaro

異分野研究者対談

菌類と生痕化石の研究から見える40億年の生命史

2023年末、木材をふんだんに使った講堂で
二人の研究者が対談しました。
一人はキノコの研究者で、バイオエコノミーが糞尿を軸に回っていた江戸時代の映画を監修した先生。
もう一人は太古の生物が残したウンチ化石の研究者で、学生時代は応援部のリーダーとして活躍した先生。
石炭紀に終焉をもたらしたキノコとは?
ウンチが残る仕組みとは?
CO2削減の鍵はキノコとウンチ化石にある?
有機物の循環で続いてきた生命40億年の歴史が
垣間見られる対談となりました。

弥生講堂アネックス(2008年竣工)のセイホクギャラリー前にて。銅板葺きの屋根からは緑青が吹き始めています。(上写真)

木を食べられるのはキノコだけ

五十嵐 圭日子
五十嵐 圭日子
農学生命科学研究科 教授

五十嵐私は主にキノコを研究しています。地球上で木を分解することができる生き物はキノコだけで、森の土はキノコが木を食べて消化してできたものなので、ウンチに相当するでしょうか。キノコに食べられた後の木はやわらかい有機物となり、他の生物に利用されます。ある意味、森林の有機物はキノコが循環させていると言えるでしょう。

化石というと体化石の印象が強いと思いますが、私は生痕化石、なかでもウンチ化石を主に研究しています。読み取れる情報の解像度は低いですが、昔の生物の営みを伝える貴重な証拠で、そこに魅力を感じています。子どもの頃から太古の出来事や歴史に興味があり、学生の頃は化石から直接見えることを調べていましたが、見えないことのほうが多いことが気になり始め、近年は飼育実験やDNA解析も手がけています。各種の条件を設定して摂食で得るエネルギーを計算し、どんな条件でウンチ化石を説明できるか数理モデルも駆使して見ています。

五十嵐キノコ研究の延長で、昨年、美術監督の原田満生さんが企画した映画『せかいのおきく』の監修を務めました。原田さんに会った際に研究内容を聞かれて「簡単に言えばバイオエコノミーです」と答えたら、「簡単じゃない」と言われまして。生物圏に負荷をかけずに生きる話だと話したら、それをぜひ映画で伝えようと誘われたんです。できたのは、下肥を集めて農村に運ぶことで生計を立てる江戸の若者の青春ドラマ。画面にはずっと下肥が登場します。炭素の固定と分解の繰り返しで環境に負荷をかけずに生きる。それがバイオエコノミーの基本です。映画では紙の再利用や傘の張り替えの場面が描かれ、「もったいない」が基本だった時代を示しています。森で突然キノコがアップになる場面もあります。木がキノコに分解されて有機物が循環することを伝えようとしています。

循環は非常に重要ですね。私が昔から継続して考えてきたのは、ウンチ、有機物、循環でした。

『せかいのおきく』別ウィンドウで開く

五十嵐先生がバイオエコノミー監修を務めた阪本順治監督作(企画・プロデューサー:原田満生)。舞台は江戸末期。武家育ちだが貧乏長屋で暮らすおきく(黒木華)、下肥買いの矢亮(池松壮亮)、紙屑買いから下肥買いになった中次(寛一郎)の3人が交差する日々を描く青春時代劇。様々な「良い日」に生きる人々の姿を伝えるYOIHI PROJECT第一弾作品。
第78回毎日映画コンクールで日本映画大賞を受賞し、2023年キネマ旬報ベスト・テンで日本映画1位に!

「せかいのおきく」劇中の画像1
「せかいのおきく」劇中の画像2
「せかいのおきく」Blu-ray・DVDのジャケット
「せかいのおきく」Blu-ray・DVD発売中©FANTASIA

キクラゲの仲間が時代を変えた

泉 賢太郎
泉 賢太郎別ウィンドウで開く
千葉大学教育学部 准教授

五十嵐泉先生が調べているウンチ化石はどれくらい前のものですか。

3億年前以降のものです。主に見てきたのは海底にいるゴカイの仲間のウンチ化石ですね。大部分は砂で、中に有機物が少し入っています。中生代の頃から、陸上でも海底でも排泄されたウンチをほかの生物が食べていた痕跡があります。

五十嵐私の分野では2億9000万年前がターニングポイントです。実は石炭紀の終焉にはキノコが関係しています。この頃、シダ植物が発達してリグニンという難分解性の化合物を作るようになりましたが、当時のキノコはこの化合物を分解できませんでした。そうして植物が倒れても分解されずに地層になったのが石炭です。ゲノム解読プロジェクトで調べると、石炭紀が終わる頃にあるキノコがリグニンを分解する酵素を獲得していました。キクラゲの祖先です。これで木が残らなくなり、石炭紀が終わりました。

面白いですね。ウンチ化石から見える世界はごく一部のスナップショットに過ぎません。思考実験で、これまで地球上に現れた生物のうちのどの程度が化石として残っているのかを考えました。40億年前に生命が誕生したとして、そこから増えるバイオマスを右肩上がりに見積もり、現在ある化石の数を踏まえて計算すると、約0.00001%でした。がんばってもその程度しか見えないとすると、古生物学者は適度に絶望すべきかもしれません。

五十嵐近年はCO2削減の動きが盛んです。ウンチの話は有機物の循環の話で、炭素が酸化したのがCO2ですから、その意味でもウンチ化石と聞いて興味がそそられる人は多いでしょうね。

熱力学的には非常に不安定な有機物が化石として残るメカニズムの理解は、CO2を減らすヒントになるかもしれません。

五十嵐普通、ウンチはすぐ分解されますよね。ウンチの化石だということはどう決めるんですか。

泉先生が理学系研究科時代に調査した、海洋無脊椎動物の糞粒で構成されるPhymatodermaという生痕化石
泉先生が理学系研究科時代に調査した、海洋無脊椎動物の糞粒で構成されるPhymatodermaという生痕化石。
泉先生が化石発掘時に使っている道具類
泉先生が化石発掘時に使っている道具類。「応援部時代に生協で買った双青戦(東大vs京大の定期戦)のトートバッグが丈夫でサイズもちょうどいいのでいまも使っています」(泉)
『ウンチ化石学入門』(集英社インターナショナル/2021年)
◉泉先生の本
『ウンチ化石学入門』別ウィンドウで開く(集英社インターナショナル/2021年)

証拠を積み上げる難しさと面白さ

誰も現場を見られないので、現存する生物のウンチの観察結果などから類推するしかありません。たとえば、脊椎動物のウンチ化石の切片の真ん中に黒い部分があり、周りの部分はジュラ紀の海底に堆積した泥岩だとします。中に魚の鱗が見えれば魚食の生物だろうと考えられ、同じ地層から中生代の首長竜が出ていたとすれば、首長竜のウンチ化石だと推定できます。

五十嵐状況証拠を積み上げるわけですね。

それしかできないのが難しさであり面白さでもあります。

五十嵐振り返ると、陸上の歴史は木とキノコの戦いの歴史でした。木はキノコに食べられないような成分を獲得し、それを食べられるようにキノコが進化する。キクラゲの仲間が現れて木性のシダが絶滅した後に裸子植物が増えると、キノコは裸子植物を食べられるように進化する。次に被子植物が増えると、それも食べられるように進化して……という歴史が何億年も続いてきました。

海にも同様の歴史があるでしょうね。自分を捕食する動物が現れて、殻を強化したり深く潜って逃げたりして対抗すると、歯を進化させたり目を進化させるものが出てくるというような。そうした歴史は化石からある程度追えますが、実際のメカニズムまではわかりません。

五十嵐基本的にはその場で生きて死ぬ植物のほうが動物よりも追いやすいかもしれませんね。

脊椎動物のウンチの主成分は水で、次が有機物です。有機物の中には未消化物も。それが分解されて化学反応を起こすと鉱物ができます。我々の骨や歯を作るアパタイトは鉱物です。三葉虫の消化管やカエルの胃など、通常は死ぬとすぐ分解するものが化石になることがあります。その際にリンとカルシウムが反応してアパタイトができます。海底にはカルシウムが多くある一方でリンは少ないので、出どころは有機物だと考えられます。ちなみに、ウンチ化石はリンをより多く含む肉食動物のものが多くなります。

五十嵐何かの動物が食べてウンチにリン酸を残し、リンとカルシウムがくっつくから化石になって残るわけですね。

泉先生
はみだしトーク .1

中学ではバスケ部でしたが、きつくて途中で辞め、受験に集中しました。でも結局一浪して東大へ。部活を全うして現役で入る同級生もいるのに、と忸怩たる思いでした。劣等感を払拭したくて、大学では応援部に入ってリーダーを務めました。そのときしかできないことを全うして達成感を得たかったんです。野球部が神宮で負けると、応援が足りないせいだという反省の意味を込めて、皆で拳立て伏せをやりました。絵画館前のコンクリートが痛かったです。

五十嵐私が入学した年に野球部が通算200勝を達成しました。応援部が一升瓶を飲み干して喜んでいて、スゲーと思った記憶があります。

盛大なおままごとですが、自分たちとしては懸命でした。4年間で勝利を味わったのは2回でした。

食べかすもいつか化石になる?

有機物は熱力学の法則に則って分解され、条件が揃ったときにアパタイトができるわけですが、それがどういう条件なのか、どういう微生物が重要な働きをするのかはわかっていません。ポイントは嫌気的分解でしょう。ウンチの表面は酸素が豊富で内部は嫌気的環境です。内部からアパタイトができ始めることで化石化するのではないかと考えられます。有機物を嫌気分解する微生物が中からじわじわ働いて小さな鉱物が少しずつでき、ウンチがまるまる鉱物に置き換わるのではないでしょうか。そういえば、最近気づいて感動したんですが、口内にできる歯石はウンチ化石とよく似ています。嫌気環境である口内で食べかすと細菌と唾液が反応し、有機物だったものがリン酸カルシウムという鉱物になるわけです。

五十嵐歯石を放っておくといつか化石になるかもしれないわけですね!微生物や微生物が出した物質が集まってできた膜をバイオフィルムと言いますが、キノコも表面からべたついた膜のようなものを出し、木の成分をその中に取り込んで消化します。一部の歯磨き粉にはデキストラナーゼという酵素が入っていますが、これはバイオフィルムを溶かして歯垢を分解するものですね。

ウンチ化石の中にも微生物のバイオフィルムだけがあって中が空洞だったりします。走査電子顕微鏡でウンチ化石のなかの未消化物を調べようとしたらバクテリアのようなサイズと模様の膜がびっしり並んでいて感動したことがあります。

五十嵐人は汚いと思ってしまうウンチですが、微生物にとっては有機物のお宝ですね。人は有機物が循環して世界が回っていることを忘れてはいけません。今後はこのことがもっと重要になっていくでしょう。社会が循環の意義を忘れてしまった結果、よくない状況を招いたのだと思います。有機物を食べて、消化できなかった残滓を排泄して、それを利用する生物がいる。そうしたサイクルの一つのステップでしかないのが人間だということを忘れずに研究を進めていきます。

古生物の視点でいまの生物を見ようと思い、動物を飼育したり動物園に見学に赴いたりして、近年は生物の「生ウンチ」にも目を向けています。古生物学の業界には化石好きの人が多いのですが、私はそうでもありません。ウンチの目線でウンチ化石を見ることを心がけています。化石を知りたいわけではなく、化石を通して過去の状態を知りたいというのが私の願いです。ウンチ化石は時代を遡って過去の生物の生き様に近づけるもの。確率的には絶望のほうが多そうですが、あきらめずに希望を見出したいと思います。

五十嵐先生
はみだしトーク .2

五十嵐私も一浪して東大です。小さい頃からやっていたので合気道部を考えましたが、初心者が多く、経験者が教える立場になるのが嫌で入りませんでした。たまたま誘われて倍率20倍のテニスサークルの面接を受けたら合格。テニスは初心者でしたが週8回練習しました。寝ても覚めてもテニス。授業にほぼ出ませんでした。農学部に進んだのはそれしか選べなかったから。そこでプロテニスプレーヤーになるわけじゃない、とふと我に返りました。

私は理学部地球惑星環境学科でした。入学時は地学科志望でしたが、調べたら合併でなくなっていて。

五十嵐林産学科では、木材を接着して引っ張るとどれくらいの力で剝がせるかとか、木はどれくらいの力で折れるかとか、実験がとても面白くて。授業にまじめに出るようになり、研究の道に入りました。

森林化学研究室に伝わる大きなキノコ
五十嵐先生が主宰する森林化学研究室に伝わる大きなキノコ。「針葉樹にはえたツガサルノコシカケです。キノコにも木と同様に年輪があって、これは数十歳だと思われます」(五十嵐)

(対談日:2023年12月19日)

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