次世代シークエンサーやスーパーコンピューターなどを駆使して腸内微生物のゲノム解析に取り組む藤本先生。
腸内細菌叢の解析や、世界でもトップレベルの解析技術とノウハウを持つ「バクテリオファージ」という腸内ウイルスの研究について紹介してもらいました。
ゲノム免疫学×便
健康な人の糞便が病人の腸の機能を回復させる
藤本康介
FUJIMOTO Kosuke
医科学研究所 特任准教授
私たちの腸内には100種類以上の細菌が存在していて、その数は約100兆個とも言われています。多種多様な腸内細菌叢は、代謝物を産生したり食べ物を消化して栄養素にしたりと、ヒトの生存に不可欠なもの。私たちの研究室では、この腸内微生物のゲノム解析に取り組んでいます。
感染症に効く糞便移植治療
次世代シークエンサーなどのゲノム解析技術の進歩によって、この腸内細菌叢が乱れ、構成比が偏ったりすると様々な病気のリスクになることが分かってきました。ならば病気の人の腸内細菌叢の構成を健康なものに戻せばいいのでは、ということで始まったのが、健康な人の腸内細菌を投与する糞便移植。糞便を濾過した茶色い液体を内視鏡や大腸カメラなどを使って腸内に散布します。日本ではまだ臨床研究の段階ですが、欧米では標準治療として行われています。諸外国には糞便バンクもあり、ものすごく効く「スーパードナー便」も存在します。
糞便移植治療が効果を発揮するのがClostridioides difficile (C. difficile)感染症です。C. difficileは健康な人の腸管にもごく少数存在する菌。普段はおとなしいのですが、抗菌薬の使用等によって腸内細菌叢が乱れた時に毒素を出し腸炎を引き起こします。原因薬剤の投与を中止すれば治るケースが多いのですが、強毒性の株だと治りません。米国では年間20~30万人が罹患し、数万人が亡くなっています。これに糞便移植がよく効くんです。患者の約9割が糞便移植によって助かったという報告もあります。ただそのメカニズムが明らかではない。健康な人の糞便を使用していますが、「正常な糞便」とは何かという定義もありません。
そこで、私たちの研究室では、糞便移植治療前後の患者の糞便サンプルとドナーの糞便サンプルから腸内細菌と腸内ウイルスのゲノム解析をしました。分かったのは、糞便移植後の腸内細菌叢がドナーの構成比に近づくだけでなく、その腸内細菌叢が持つ遺伝子の機能も似てくるということ。つまり腸内細菌叢の機能が回復していることが明らかになりました。
多剤耐性菌の出現で期待されるファージ療法
現在注力しているのが、バクテリオファージという腸内ウイルスのゲノム解析です。ファージは細菌に寄生します。まだ抗生物質がなかった時代には、ファージを使って標的となる細菌を殺し、感染症を治療しようという動きがありました。このファージ療法が、抗生物質が効かない多剤耐性菌の登場によって再び注目されています。
私たちはこの10年間、様々な手法を使って、このファージのゲノム解析に取り組んできました。成果の一つが、健康な日本人101名の糞便サンプルから腸内細菌と腸内ファージを抽出し、全ゲノムを解析し、データベースを構築したこと。これによって、菌を培養しなくても、どのファージがどの細菌に感染できるのかという関係をゲノムデータだけで見つけることができます。これまで積み重ねてきたノウハウを使って、革新的なファージ療法を創出し、様々な疾患の治療につなげていきたいです。