FEATURES

印刷

海の季節を演出する陰の立役者としての排泄物|福田秀樹 東大の排泄関連研究(11)

掲載日:2024年6月11日

岩手県の大槌沿岸センターで研究を進めている福田先生が注目するのは、生物の排泄物や死骸からできた海中の小さな凝集物。
実は海の季節を生み出す要因の一つだというそうした凝集物の挙動と、排泄物などをより大きな塊にする謎の粒子の正体に迫っています。

生物地球化学×排泄

海の季節を演出する陰の立役者としての排泄物

福田秀樹
FUKUDA Hideki

大気海洋研究所 准教授

福田秀樹

炭素を循環させる「生物ポンプ」

私は海における物質の流れ、特に炭素の動きについて注目しています。海中の炭素は海流や混合など物理的な力で動く一方で、生物が関わる化学反応でも動きます。大気中のCO2が植物プランクトンの光合成で有機物となり、食物連鎖などを経てそれが生物の排泄物や死骸となって沈む。光合成が盛んな上層で餌を食べ、下層まで炭素を運ぶ生物もいる。そうしたプロセスを「生物ポンプ」と呼びます。大気中のCO2が生物の作用で炭素に変換されて深層へと運ばれるわけです。

部屋の隅の埃が集まって綿埃となるように、海中でも排泄物などの粒が固まって大きくなります。私が扱うのは1mm程度の大きさの凝集物。海中にセジメントトラップという筒を仕掛けて集め、中身を調べます。プランクトンの排泄物や死骸や脱皮殻などが含まれる凝集物は、下方へ沈むと深海の生物の餌になったり、堆積物として貯留されたりします。

凝集物は窒素やリンといった栄養分も下方に運びます。秋から冬にかけて海面が冷えると、重くなった水が下方の水と混ざり、栄養分を再び上層に運びます。春先に上層で植物が増えると動物も増え、その排泄物が沈むと、夏には上層の栄養分が減って生物が減る。そうして海に季節性が生まれます。生物の排泄物が海の季節を生み出しています。

大槌湾に3か月ほど係留していたセジメントトラップを回収する様子
大槌湾に3か月ほど係留していたセジメントトラップを回収する様子。
大槌沿岸センターの調査船「弥生」
大槌沿岸センターの調査船「弥生」。2011年3月の津波で沈没した先代を受け継ぎ、2013年に竣工。

凝集物の母はベタベタ粒子?

海の中で凝集物が降る様子はマリンスノーと呼ばれますが、「雪」の正体は排泄物などの塊です。雪玉のような球状には必ずしもならず、中にはコメット(流星)型のものも。TEP(transparent exopolymer particle)という粘性を持つ透明な粒子があると塊になりやすいと考えられます。凝集物は植物プランクトンが減る時期に急速に見られるようになります。その時期には、沈んでくる凝集物の中にも植物プランクトンが見られるようになります。栄養分が減る頃に表層にいても無駄なので、沈んで休眠状態で春を待つ作戦です。こうした現象は、ベタベタした粒子が影響していると考えると説明がつきます。そこで、青色色素で染める方法で凝集物内のTEP分布を調べる実験を進めています。船で湾に出てセジメントトラップを設置する必要がありますが、私がいる大槌沿岸センターからすぐの大槌湾では、思い立ったときに小さなボートで調べることができます。研究に恵まれた環境です。

大槌湾には海藻の養殖筏がたくさんあります。通常、筏下では、養殖物に付く生物の排泄物が落ち、微生物がそれを食べることで酸素不足になりがちです。でも三陸の海は水温が低くて潮の流れが速く、構造上も水が淀みにくい。海水の流れで横から酸素が供給されて酸欠になりにくく、排泄物も流されやすくなっています。いわば天然の水洗トイレです。

地球規模の炭素循環、深海の生物の餌供給、海の季節性、南北の海の生物量の違いも、もとは生物の排泄物が海の中での栄養の偏りを生み出すからだと言えます。海洋特有の物質循環を生み出す一因が排泄物です。陸では光の当たる地表付近に排泄物が集まりがちですが、海では排泄物が光のあたる世界とあたらない世界を行き来しやすいのです。排泄物などの凝集物が急に大きくなる現象を何が制御しているのか。そこにTEPが影響しているという仮説の検証を、大槌の海で進めています。images

福田先生がセジメントトラップで2023年7月に回収したコメット状の凝集物(マリンスノー)の一つ
福田先生がセジメントトラップで2023年7月に回収したコメット状の凝集物(マリンスノー)の一つ。地球規模の炭素循環に大きな影響を及ぼすマリンスノーの命名者は日本の研究者でした。

関連リンク

アクセス・キャンパスマップ
閉じる
柏キャンパス
閉じる
本郷キャンパス
閉じる
駒場キャンパス
閉じる