牧野富太郎らから託された貴重な植物標本がピンチです
川北 篤
KAWAKITA Atsushi
理学系研究科附属植物園
(小石川植物園)園長
矢田部良吉、伊藤圭介、松村任三、牧野富太郎……。日本の植物学の夜明けを支えた植物学者たちが活躍してきた小石川植物園。本館2階の標本室には、明治期から蓄積された80万点超の植物標本が収蔵されています。
「東アジアを代表するコレクションのうち、種の学名を命名する基準となるタイプ標本は約1万点。ずば抜けて多い数です。これらを失うことはその種の証拠を失うということ。次代に引き継がないといけない貴重なものです」と語るのは、2018年から園長を務める川北先生。
しかし、内田祥三が設計した本館は築85年。老朽化によって外壁が傷み、室内では雨漏りが進み、大雨の日は地下が水浸しになる始末です。現代の収蔵棚の多くは可動式ですが、小石川ではいまだに旧式のスチール製ロッカー。すでに満杯のため、標本を増やさないようにしているのが現状です。
「湿度が高い夏場には標本の台紙が湿ってカビの危険が高まるので、除湿機を持ち込んで稼働させています。棚が満杯だと台紙を押し込みながら動かすことになり、出し入れのたびに標本が傷んでしまう。コレクションの貴重度に加え、環境の劣悪さも日本一かもしれません」
研究の観点から見ると、標本のデジタルデータ化が重要です。小石川植物園でもその作業を順次進めていますが、大学が担うもう一つの使命はデジタル化だけでは果たせない、と園長は言います。
「標本の実物があれば、そこからDNAを取り出して調べることができるし、細かな形態を顕微鏡で観察できる。学生の教育を考えると、実物の標本が詰まった空間に身を置くこと自体が重要です。生きた植物も標本も図書もある環境を維持しないといけません」
東大基金の「Life in Greenプロジェクト」が始まったのは2010年のこと。第1期(~2018年)では老朽化した温室の新設に、第2期(~2023年)では人材雇用や展示物管理に寄付金が活用されました。昨年4月からの第3期では、標本室の改善を第一義として支援を募っています。NHK『らんまん』による関心の高まりに手応えを感じている園長の胸には、もう一つ大きな願いがあります。
「学生実習や一般の方へのセミナーができる教室を設けたいんです。また、園内には来園者が雨をしのぐ場所もありません。新棟を建てて標本室を移し、空いた場所を実習室や休憩スペースにできると最高なのですが……」
徳川幕府が設けた御薬園を受け継ぎ、都内に大きな緑地を擁する稀有な大学植物園として、昔から地域とのつながりを大切にしてきた小石川植物園。園内の桜の見頃は3月下旬~4月初旬となりそうです。
Life in Green Project