極圏、砂漠、火山島に無人島、
5640mの高山から5780mの深海まで
38,000年前ごろに日本列島に現れたホモ・サピエンス。海を渡って辿り着いたと考えられています。
3万年前に海を渡るというのはどういうことだったのか。
それを体感し、祖先への理解を深めたいと実験航海プロジェクトを企画した海部先生。
台湾から与那国島までの45時間にわたる航海、そして現在開催中の海に関する展示会などについて聞きました。
人類進化学
南西諸島
3万年前の日本列島への大航海を当時の材料と道具で徹底再現
海部陽介
KAIFU Yousuke
総合研究博物館 教授


草束舟と竹筏舟を試して最後に丸木舟に
私の専門は骨の形態学です。これまでジャワ原人やフローレス原人、旧石器人などアジアを中心とした人骨の研究を行ってきました。どんな人がいて、どう人類が進化したのか。骨の研究を通して、人間の長い歴史を読み解くことに興味がありました。生物学科の卒業ですが人間の文化や技術にも関心があり、道具などの考古学研究もにも関わってきました。それらの研究の一環で、旧石器人骨が見つかっている沖縄の洞窟などの調査をしているとき、ふと考えたのが、「なぜこの島に人がいるんだろう」ということでした。原始的な技術しか持っていなかったのにそこにいた、ということが何か途轍もないことに思えました。
ホモ・サピエンスは30万~10万年前にアフリカで誕生し、その後世界中に拡散していきました。日本列島にやってきたのは後期旧石器時代の約38,000年前。北海道ルート、対馬ルート、沖縄ルートと3つの経路があったと考えられていますが、対馬と沖縄については海を渡る必要があります。「海を越える」というのはどのようなことだったのか。それを理解せずに、地図上にサッと矢印を書くことに抵抗がありました。それを知るためのベストアプローチは何かと考えた末に始まったのが、「3万年前の航海 徹底再現プロジェクト」です。3万年前にあったと推定される材料、道具、技術で舟を作り、海を渡る。自分で体験してみるしかないという発想でした。
2013年から2019年まで、足かけ6年取り組みました。国立科学博物館に在籍していた時です。色々な専門家に声をかけ、研究者、冒険家、運営スタッフなど総勢60人のチームで実行しました。挑戦したのは、台湾から与那国島までの、強大な黒潮が流れる200km超の難関ルートです。草束舟、そして竹筏舟を作り実験しましたが、時間が経つと水が染みてきてしまったり、スピードが出なかったりなどの課題があり、秒速1~2mで流れる黒潮を超えることはできませんでした。試行錯誤の末、行き着いたのが丸木舟です。旧石器型石斧を使って6日間かけて杉の大木を切り倒し、それをくりぬいて丸木舟を作りました。


台湾から与那国島まで漕いだ45時間
2019年7月7日午後、台湾東岸を出発しました。漕ぎ手は男性4人と女性1人。ふだんシーカヤックを漕いでいる冒険家などです。コンパスや地図を持たずに、風や太陽の位置など自然の中にある様々なサインを読むことで、遠い水平線の下で見えない与那国を目指しました。台湾の陸がまだ見えているときには常に振り返りながら、その距離感と方向を考えました。夜一番信頼できるのは星。絶対的指標です。曇って星が見えなくなったときには、うねりがどの方向から来ているかで、方角を推定しました。
私の役割は、全体の観察、記録、運営、そして安全管理です。伴走船から漕ぎ手たちの様子を双眼鏡で覗いたり、海の様子をなるべく寝ずに確認していました。何かあった時にしっかりと対応できるように仮眠は取りましたが、寝ないで全てを見たいという思いでした。途中、海上が荒れたり、針路が逸れてしまったりなど「まずいな」と思う時もありましたが、出発から45時間、7月9日昼前に与那国島に到着することができました。
最後にどのように与那国島が見えるのか、ということを島を目指していた間ずっと想像していました。時間帯や天候によっても違うので、いろんなパターンがあるだろうと考えていました。実際に島があると分かったのは夜が明けた時。島影はまだ見えませんでしたが、島の上の気流が乱れているためにできる、上空に尾を引くような独特な雲が見えました。想像したどのパターンとも違いました。何年もやってきた中で一番感動した時です。
3万年前にホモ・サピエンスがなぜ島を目指したかは今でも分かりません。永遠の謎です。ただ実験航海からは得たものがたくさんありました。一つは海を越えることの大変さを理解できたこと。それから他者や他集団を見る新しい視点を得たことも大事な成果です。
「原始人」などと、ともすれば揶揄されることがありますが、当時の人達は当時の技術でものすごいことを達成したと思うようになりました。


原始と現代の海の向き合いかたを知る


入館無料。午前11時開館
休館日:月曜日
私たちの祖先が海を渡って日本列島に到達し、その後も続いた海の開拓史を振り返る特別展示を企画しました。「海の人類史——パイオニアたちの100万年」と題し、10月6日まで「インターメディアテク」で開催しています。本学の村山英晶教授とのコラボで、原始と現代という2つの軸で構成しました。道具や骨などの展示を通して太古の人類の驚きの行動を紹介するだけでなく、現代人は海とどう向き合っているのかを、造船の最新技術や海運の現場などを通じて紹介しています。ぜひ、異なる立場にいる両者を比べてみてください。
私は人類学者なので、人間の歴史とともに、人の多様性や、多様性のルーツに興味があります。人間は、外見や文化において大きな多様性を示しますが、遺伝的な多様性はそんなに高くありません。ゲノムレベルでの多様性はチンパンジーよりはるかに小さいです。そういった多様性の本質を調べるのが人類学者の役割で、それを理解して皆さんに伝えていきたいと思っています。今回の特別展示もその一環ですが、この先は、そこをもう少し掘り下げていきたい。約200万年に渡るアジアの人類史が私の研究テーマです。その中で人間ってなんだろう、今ってどういう時代なんだろうということを考える材料をどんどん出していきたいと考えています。