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北極海の熱の動きを計測し、海氷と海水の動態を理解する 知の冒険者たち(3)|川口悠介

掲載日:2024年10月15日

知の冒険者たち 極圏、砂漠、火山島に無人島、
5640mの高山から5780mの深海まで

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2023年に行われた、ドイツのアルフレッド・ウェゲナー海洋研究所が主催する砕氷船による北極観測調査。
このプロジェクトに唯一の日本人として参加した川口先生に、約2か月にわたる北極海の海氷、海水の観測や最近の取組などについて話を聞きました。

海洋物理学 icon 極圏

北極海の熱の動きを計測し、海氷と海水の動態を理解する

川口悠介
KAWAGUCHI Yusuke

大気海洋研究所 助教

川口悠介
2023年の北極海調査で乱流計を設置する川口先生
2023年の北極海調査で乱流計を設置する川口先生。

季節によって変化する海氷の動き

2023年8月から約2か月間、ドイツの砕氷船「ポーラーシュテルン号」に乗船し、北極海の海氷と海洋の現地調査を行いました。約50人の乗船者のうち日本人は私一人でした。私のミッションは海氷周りの熱の動きを調べること。広大な北極海の海氷と海水の動きを理解するための調査でした。

観測を行ったのは北極海中央に位置するユーラシア海盆域。分厚い氷がある海域です。北極点を含む9か所に観測ステーションを設営し、それぞれの場所で数日間作業を行いました。途中で船のスクリューの一つが壊れてしまい、横移動ができなくなるというハプニングがありましたが、ヘリを使ったり、作業時間を制限したりすることで、無事データを収集することができました。

氷上では、海氷に穴を開け、そこから水温や流速センサーがついた観測機器を海中に下ろし、「渦相関法」という技術を使って水温、塩分、流速などを調べました。この手法を用いることで、水流の乱れ(乱流)によって生じる熱の動きを詳細に知ることができます。風が吹くと海氷が動き、それが伝達して海水も動く。この運動量のやりとりを計測できます。

今回の観測から明らかになったのは、海氷が融解する夏と海氷が成長する冬では、海氷から海水に伝達される運動量が異なるということです。夏は伝達される運動量が大きく減少し、冬は大幅に増大します。つまり夏は海氷が海水面を滑るように移動し、冬はザラザラした水面をゆっくり移動するようなイメージです。速報値ですが、夏と冬ではその伝達率が10倍以上も違う可能性が見えてきました。これは結構大きな違いです。温暖化によって氷が融ける時間が以前よりも長くなっていることを考えると、海氷の動きも高速化していると考えられます。

CrioTeC
川口先生が開発中の観測装置「CrioTeC」。自動で海氷下の熱エネルギーの流れを観測できます。
ホッキョクグマ
ホッキョクグマにはこれまで何度も遭遇。「泳いで船に近づいてきたこともあります。人間をアザラシだと思ったのかも」(川口)。
©Tim Kalvelage

高精度で安価な観測機器の開発

大学院時代から約20年にわたって北極海に関する研究をしてきました。現地でデータを採取し、北極海全域の気象情報などと合わせて分析するというスタイルで取り組んできました。現地に行ったのは10回くらい。北極点に張ったテントの中であまりの寒さに眠れぬ夜を過ごしたこともありました。

北極海の海氷は減少していて、温暖化が進むことで夏にはゼロになるという予測もあります。しかし2000年代に観測されたような激しい減少率は近年見られておらず、下げ止まりの状態が続いています。それを理解するために、海水を含めた海氷まわりの「熱収支」という熱エネルギーの出入りに注目してきました。2023年の調査もその一つです。

最近は観測装置の開発にも取り組んでいます。私の研究では、海中データをいかに高精度に自動で取得するかということが非常に重要です。ただ高精度の装置は数千万円するなど非常に高額です。それを安く作りたい。今開発中のものは1個150万円で作っています。将来的にはアラスカ沖やカナダ多島海などで活動している海外の共同研究者の協力も得ながら、自動で北極海全域を網羅するデータが取れるような観測網を作りたいと考えています。

デコボコした海氷と海中の様子
デコボコした海氷と海中の様子。海氷の穴から下ろした観測装置が見えます。
ポーラーシュテルン号
海氷を砕きながら北極海を移動する砕氷船「ポーラーシュテルン号」。船内にはフィットネスジムやプールも完備されています。
©Manuel Ernst

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