極圏、砂漠、火山島に無人島、
5640mの高山から5780mの深海まで
アルゼンチンの山間の美しい小都市。
しかし縁辺の山の急斜面には、自然発生的に形成された劣悪な住環境のインフォーマル地区があります。
ここに住み続けようとする人たちと2017年から向き合ってきた岡部先生に、これまでの取り組みや課題について紹介してもらいます。
建築学
南米
アルゼンチンのインフォーマル地区で住環境改善を考える
岡部明子
OKABE Akiko
新領域創成科学研究科 教授

コミュニティは一つの「家」
アジアやラテンアメリカのインフォーマル地区(スラム)で、住人と共同で住環境の改善プロジェクト※に取り組んできました。その一つがアルゼンチン南西部のリゾート都市サン・マルティンの周縁にあるバリオ・カンテラという約800人が暮らすインフォーマル地区です。チリとの国境にほど近く、元々マプーチェという先住民の土地で、1970年代チリの政治難民が住み着いた場所です。
この地区では、山の急斜面に家が建てられていて、土砂崩れや表土流出、落石や冬場の地面凍結による事故に悩まされてきました。都市計画上は居住が認められていない地域です。しかし、観光都市にはサービス産業の仕事が多くあるため、ここは国内外からやってきた低所得層の移民にとっては住むのに好適地です。立退移転が現実的でないなか、コミュニティ自治で災害リスクを低減しここに住み続けることを行政に認知してもらうという挑戦でした。
インフォーマル地区の問題は、土地所有の壁が立ちはだかって、公共工事による環境改善ができないことです。土地の所有権がはっきりしていない場所が多く、その解決なしには公的対策は望めません。そこで、表土の流出を防ぐために、建設現場で仮設的につくる「山留め」のようなものを作ったり、転倒防止のための手すりなどを設置したりといったコミュニティで取り組める環境改善プロジェクトを行いました。
※プロジェクトメンバー:雨宮知彦、サカイ・クラウディア、協力:佐藤淳



新提案の「ハイブリッド居住」
州住宅局に提出した計画では、「ハイブリッド居住」の提案を盛り込みました。災害リスクが高い立地にある劣悪な住宅には最低限の手を加えて使い続けられるようにする。そして、山の上にある廃墟を改修し、寝床として利用できるシェルター的な共同住宅にする。高リスクの住居に住む人などが、夜だけそこで過ごしたり、災害時には避難所として利用したりできるオープンなスペースです。
近代の住宅の考え方では、一住戸で完結した住まいであることが求められます。しかし、この地区は不可能。それでも住民は利便性の高いこの土地に住み続けたい。それならば、個々の「家」単位ではなく「地区」単位で考える。不完全な住居を補完する共用の建物を作り、地区全体で今より安全に住み続けられる環境をコミュニティ自治で担保することで、行政に居住を認知してもらう提案です。
インフォーマル地区に行くと、これまで当たり前だと思って考えもしなかったことが見えてきたりします。例えば土地の所有です。人びとは現にそこに住んでいてそこしか住む場所がないのに、所有権がはっきりしていないから強制立退させられる不安と隣り合わせに暮らしている。かたや日本で問題になっている空き家・空き地では、所有者不明がネックになり、利用したい人がいてもできない。どこか履き違えているように見えます。人類の歴史の中で、個人が市場で土地を簡単に売買できるようになったのは近代以降。大地は人類より先にあって、人がその土地に属するようになったはずなのに。ここ数年はコロナ禍もあって現地へ行けなかったので、一年以内には行こうと考えています。


