極圏、砂漠、火山島に無人島、
5640mの高山から5780mの深海まで
チリの高山の頂に口径6.5mの赤外線望遠鏡を設置する東京大学アタカマ天文台(TAO)計画。
24年前から計画に携わる宮田先生は、三鷹の天文学教育研究センターと現地を往復しながら、2025年の観測開始を目指しています。
目指すのは宇宙での物質循環の解明です。
赤外線天文学
南米
水蒸気の少ない5640mの山頂から遥か彼方の宇宙を見渡す
宮田隆志
MIYATA Takashi
理学系研究科 教授


写真/東京大学TAOプロジェクト
高山に無酸素登頂して調査
1998年に吉井譲名誉教授(当時理学系研究科教授)が代表となって始まったTAO計画に、私は2000年から携わっています。世界最高水準の口径6.5mの赤外線望遠鏡を擁する予定のTAOの最大の特長は、標高5640mの高地にあること。赤外線は宇宙空間では何にも吸収されずに進みますが、大気圏内では水蒸気で相当量が吸収されてしまいます。標高が高いほど水蒸気は減り、観測がしやすくなるのです。候補地は複数ありましたが、気象データ解析の結果、チリのアタカマ砂漠にあるチャナントール山が有力候補となりました。もっと高い山もありますが、斜度がきついと望遠鏡を運べず、山頂に平坦な場所があることも重要。当地は諸条件を満たしていました。
確認のための現地調査が決まり、前に標高4200mのハワイ観測所にいた私に声がかかりました。一行は東大の研究者と現地の建設業者の計5人。屈強なチリ人が進んで酸素ボンベを担いでくれましたが、山の中腹でその彼がダウン。ボンベの酸素を吸いながらの待機となり、残りの4人は道なき山を無酸素で登頂しました。
2002年のこの現地調査を経て、テストとして口径1mのミニTAO望遠鏡を設置することに。2006年に道路を敷き、2009年に1m望遠鏡を設置して観測開始。並行して予算手続きを進め、6.5m望遠鏡の主要部品製作を日本で始めました。2018年には6.5mの鏡を運べる広さに道路を拡張。コロナ禍による工事中断を経て、2023年に観測運用棟が山頂に完成しました。2024年9月に望遠鏡の設置を始め、2025年にいよいよ観測を開始する予定です。
山頂の環境は過酷です。高山病の恐れがあるので酸素ボンベが必須。作業は最長8時間とし、宿泊はNGです。これまでは建屋工事なので高い精度は不要でしたが、望遠鏡には10ミクロン単位の精度が必要。今後はより厳しい作業が続きます。

写真/東京大学TAOプロジェクト

三鷹の天文学教育研究センターにはTAO山麓施設の入口にあるメダリオンのレプリカが。
写真/東京大学TAOプロジェクト
手が届く望遠鏡ゆえの強み
通常の赤外線望遠鏡が観測できる波長域は20ミクロン未満ですが、TAOは30~40ミクロンでも観測可能です。大気の影響が小さく宇宙がよく見渡せる波長、天文学で「大気の窓」と呼ぶゾーンを狙えます。水蒸気の影響を考えれば、宇宙空間にある望遠鏡のほうがもちろん有利ですが、人工衛星の望遠鏡はアップデートができません。仮に壊れた場合でも、新技術が登場した場合でも、地上なら装置を更新できます。学生が開発した装置を試すこともできる。大学が進めるTAO計画では、若手育成も大きな使命です。
TAOは大学の施設なので、他の望遠鏡より使いやすいのも長所です。宇宙で何か変わったイベントがあればすぐ観測でき、その観測を継続することもやりやすい。共同利用の望遠鏡では使用機会が限られ、成功確率が高そうな観測を選びがちですが、自前の望遠鏡なら確率が低いものにもトライできます。無駄打ちに思える観測からこそ、大きな発見は生まれるはずです。
恒星は死ぬと赤色巨星になってガスを噴き、炭素や鉄などの物質が宇宙空間に戻ります。それらが何かの拍子に集まってまた星になるという物質循環があります。私は宇宙で物質が循環する様子を観測的に知りたい。TAOはそのための大きな味方になります。観測開始に向け、アタカマ観測所長として地球の裏側に通います。

写真/東京大学TAOプロジェクト

写真/東京大学TAOプロジェクト