極圏、砂漠、火山島に無人島、
5640mの高山から5780mの深海まで
トンガ王国でのフィールドワークから出発し、移住者と村に残った人々の出生率を比較研究してきた医学系研究科の小西先生。
当時の経験を踏まえ、日本の低い出生率の原因や、妊孕力、不妊治療に関する研究を進めています。
人類生態学
ポリネシア
トンガ王国で海外移住と出生率の関係を調べる
小西祥子
KONISHI Shoko
医学系研究科 准教授

600人が住む村でフィールドワーク
初めてトンガ王国を訪れたのは2002年、修士1年の時です。在籍していた人類生態学の研究室ではトンガ、ソロモン諸島、インドネシアでプロジェクトを行っていて、大学院生も現地に住みフィールドワークに取り組んでいました。トンガには誰も住んでいなかったので、手を挙げました。
それから4年、2006年までの間に通算約17カ月、トンガタプ島西部にあるコロヴァイ村にホームステイしました。約120世帯、600人くらいが住む、道行く人は皆顔見知りといった村です。そこを初めて訪れた時に目に留まったのが、ポツポツとある空き家や空き地。住民が国内外に移住したためでした。島国で輸入品に頼っているトンガでは、国民の収入に比べて物価が高いため、多くの人が単身、または家族で海外に移住し、家族や親戚に仕送りをしています。
この「移住」についてフィールドワークを行いました。コロヴァイ村の全世帯を訪問し、過去20年間の家族構成や住んでいる場所を聞き取りました。その中で得た結婚や出産の情報と併せて論文にまとめたのが、海外に移住した人と村に留まった人の合計特殊出生率の比較です。1983年~1992年の前期10年、1993年~2002年の後期10年の2つの期間の推移を調べました。
出生率が低い国に移住すると、その環境に同化して低くなるという国内外の文献があります。トンガ人の移住先として多いオーストラリア、ニュージーランド、米国の合計特殊出生率は2くらいなので、移住した人の出生率は低くなっているのではと思いましたが、結果は違いました。移住者の合計出生率は、前期が3.58、後期が3.71。高い出生率を維持しています。一方で、村に残った女性は前期が3.46、後期は2.24に減少していました。寄与した一因として考えられたのは、村に残った女性の婚姻率の減少ですが明確な答えは出ていません。



日本人の妊孕力と性交頻度
トンガの合計出生率と比べてはるかに低いのが日本の出生率。2023年には過去最低を更新し、1.20でした。この低い出生率の原因を探るため、現在は再生産する能力である「妊孕力」の研究をしています。食べ物や化学物質、BMIなど、これまで様々な角度から調べてきました。妊活中の女性80名を対象として2016年から実施した「ベビ待ち調査」では、性交頻度が低い人は妊娠しにくく不妊になりやすいという結果が得られました。生理学的に考えればいわば当たり前の結果ですが、不妊治療を行う臨床の現場では性生活に関するカウンセリング等はまだ十分に行われていないと聞きます。
妊娠を希望してもなかなか授からない場合、多くの人は不妊に関する相談のために病院を受診します。そして医療機関においては自然妊娠を待つことを患者に勧めるよりも、排卵誘発や体外受精といった不妊治療を行うことが多くなります。2019年に日本で実施された生殖補助医療の実施件数は、出生数1,000あたりに換算すると544件と世界で最も多くなっています。不妊治療によって授かることができる生命がある一方で、出産につながらない治療がその何倍も行われているのが現実です。ますます高度化する生殖をめぐる技術と、人間の生き方や家族のあり方の折り合いをうまくつけていくことが、私たち人間にとって重要だと思います。


