史料を次代に残すのが困難になりつつある
歴史を次代につなぐ史料を編纂するには手間もお金もかかります。
1793年開設の和学講談所を淵源とし、長く日本史史料の研究と編纂を担ってきたのが東京大学史料編纂所。
幕末維新の変革期においては軍制改革が最重要課題だったと考え、残された史料を読み込んで見えてくる時代像を追う水上たかね先生が、史料がなければ始まらない研究と、史料を編纂して残すことの意義を語ります。
海軍×役所×蘭語で幕末維新期の歴史を摑む
明治維新に海軍と陸軍をどう位置付けるか

MIZUKAMI Takane
史料編纂所助教
幕末維新史
江戸時代は戦いを本務とする武士が統治者でしたが、泰平の時代が続く中で、戦いよりも安定的な統治に重点が移っていきました。しかし、幕末にペリー艦隊の来航など西洋列強の外圧にさらされ、国内の政情も不安定になると、危機感が広がります。西洋列強との軍事力に大差があると認識した幕府は、海軍と陸軍の重要性に気付き、西洋式の軍制を導入する形で改革を遂行。その流れが明治政府でも続いて軍が整備されていきます。統治者にとって軍制改革は死活問題です。
長らくこの分野は陸軍の研究が主流で、海軍の研究は近年活発になってきましたが、海軍の創設・整備を身分や統治体制の変化と結びつけて描く試みには、なお課題が残っています。士官に必要な特別な能力を示す「業前」という語を発端に、明治維新に海軍を陸軍とともにどう位置付けるかが私のテーマ。特に注目するのは軍事の実務を扱う役所です。
役所は必ず行政文書を残すので調べやすい面があります。政治の決定者と政策が実施される現場の間にあるので、両者の事情を見られるのも特徴。混沌として俯瞰が難しい時代ですが、社会の考え方が変われば行政に反映されます。集団的な変化を摑むのに向くと考え、役所の組織・活動や文書を重点的に調べています。


1906年から東大で続く対外関係史料の編纂事業
「幕末外国関係文書」という対外関係史料集の編纂は、史料編纂所の所員としての重要任務です。メインの史料は「外務省引継書類」。もとは江戸幕府の外国方などが持っていた文書類で、明治政府が幕府から引き継ぐ際に書き写したものも含めて1906年に東大が引き受け、その編纂は当所の重要な事業の一つです。
まずは史料に書かれた文字を読み取ってテキスト化(翻刻)。内容摘記をつけ、登場する人名の注をつけ、見出しをつけ、該当する国名も入れるといった作業を繰り返します。この事業では当時の日本語(候文)だけでなく、少なくとも英・蘭・露・仏・独の言語を扱う必要があり、私はオランダ語の担当です。開国までは長くオランダが西洋唯一の交流国だったため、幕末には他の国とのやりとりもオランダ語を介して行っており、編纂でもオランダ語が要なのです。
編纂作業をしていると歴史をひとコマずつ積み上げている感覚になります。ただ、貴重な史料なのに状態が悪い場合もしばしば。たとえばシーボルトと幕府のやりとりを記した「シーボルト書翰」は、虫食いが激しかったので、一度簿冊を解体して撮影し、デジタルアーカイブ化しました。こうすれば破損の心配がなく、書庫まで来ずとも好きなときに見られます。手間もお金もかかるので、簿冊のまま保管するしかないものもありますが、書庫は収容量が限られ、狭隘化が進んでいます。
デジタルアーカイブ化はもちろん重要ですが、撮影の際、たとえば簿冊のノドにある書き込みは写せない場合があります。学生時代、デジタル化された史料の原本を確かめに行ったら、画像では見えない重要な情報が隅にありました。画面だけでは伝わらない機微が研究を前に進めることがあります。原本もあわせて残すことが必要なのです。




国宝島津家文書をはじめとする所蔵史料の保存・修補に安定的な財源が必要です。人類の文化遺産を次代につなぐためにご支援ください。