「デザイン」で未来を形作る 東京フォーラム2024開催。デザインの力を「変革の戦略」としていかに取り入れ、課題解決に導くかを議論


最終セッションで、学生代表と対話をする藤井輝夫・東大総長(右端)
科学技術の進歩や経済発展が進む中で、人類社会は自然破壊、気候危機、貧富の格差の拡大、長引く紛争といった地球規模の課題に直面しています。こうした課題に立ち向かい、地球と人類社会の未来を構想する際に不可欠な戦略として注目を集めるのが「デザイン」です。デザインは、協働と集団的な探求を通じて問題を解決し、さまざまな機会を生み出す創造性を尊ぶ理念でもあります。
東京フォーラム2024は「Shape the Future, Design for Tomorrow」と題して、「デザイン」について議論を深めるために、11月22日(金)と23日(土)に安田講堂で開催されました。世界各地から研究者、アーティスト、公共セクターのスペシャリスト、経営者などが一堂に会し、一般参加者が耳を傾ける中、活発な議論を繰り広げました。東京フォーラムは「Shaping the Future (未来を形作る)」を包括的なテーマとして、2019年から毎年、東京大学と韓国Chey Institute for Advanced Studiesの共催で開かれています。


藤井総長は開会の挨拶で、「共感、創造性、協働を重視する、人間中心のデザインアプローチは、世界的課題に変革をもたらす力となります。多分野の知識を統合するこの学際的アプローチは、体験的な学びや繰り返しの学びを通じて身につけることができます」と述べました。
さらに藤井総長は、「東京大学などの高等教育機関の役割は非常に大きい」とし、「大学は公共セクター、民間産業、市民社会を結び付け、イノベーションを引き起こす『触媒』の役割を担っています」と語りました。そして、医療、教育、気候変動、経済格差などの相互に関連する多面的な課題に対して、協働して取り組む重要性を強調しました。
チェ・テウォンSKグループ会長も開会の挨拶で、今回のテーマの重要性を説きました。韓国の4大財閥グループの1つを率いてきた経験から、「持続可能性を担保し、社会課題に取り組みながらビジネスを進化させる上で、デザインの力は不可欠」と述べました。
デザインの可能性を探る
開会の挨拶に続き、デザイン評論家でDesign Emergencyの共同創設者であるアリス・ローソーン氏と、東京大学大学院工学系研究科の松尾豊教授が基調講演を行いました。

『姿勢としてのデザイン』の著者としても知られるローソーン氏は、今日のデザインは「スタイル重視」や「消費者主義的」といった固定概念で捉えるべきではないと述べた上で、激動の時代において、デザインが社会的、政治的、経済的または環境保護の道具として利用されるべきなのはなぜかについて語りました。
「デザインは複雑で捉えどころのない現象であり、時代ごとに異なる意味を持ち、異なる背景で採用されてきたため、混同や誤解をされたり、陳腐な表現とされたりする傾向がこれまでありました」と、ローソーン氏は時代とともに変化してきたデザインの在り方を説明しました。「しかし、このような状況下でも、デザインには一つの中心的役割があり続けたと思います。それは、デザインが変革を推進し、私たちが現状を理解し、それを我々の利益に変える手助けをしてくれることです」


プレナリートークセッションに臨む延世大学情報大学院のチェ・ジュンホ教授
一方、日本のAI研究の第一人者である松尾教授は、生成AIが社会をどのように変えつつあるか、そして私たちがどのような未来を思い描けるかについて語りました。
松尾教授は、「AIが人間に力を与え、真の潜在能力を解き放ち、創造力を刺激する世界を想像してみてください。日常的な業務をAIが担うことで、私たちを人間たらしめること、つまり芸術や人間関係の構築、そして私たちの人生に意味を持たせることに注力する時間が増えるのです」と述べた上で、次のように続けました。「このような未来は、我々が学問分野や境界を超えて協働し、AIが人類のために真の恩恵をもたらすよう導けば、手の届く範囲にあります」
ローソーン氏と松尾教授は、東京大学公共政策学連携研究部の青木尚美教授(発表当時 准教授)がモデレーターを務める「Plenary Talk Session」にも登壇しました。延世大学情報大学院のチェ・ジュンホ教授も加わり、それぞれのデザインに対する考えのほか、公共セクターにおけるデザインの役割やデザインにおけるAIの利用について、示唆に富む意見が交わされました。
チェ教授は、公共スペースや公共サービス、銀行業や交通機関など、韓国の日常生活においてデザインの役割や力が拡大している状況を説明。「現在、政府の政策立案者や行政官の多くが、デザイン、つまり人間中心の原則を公共サービスに組み込んでいます」と語りました。しかし、AIが社会の隅々に浸透することについては、「AIに複雑性がある」として警鐘を鳴らしました。
松尾教授は、AIをインダストリアルデザインに活用することで、高品質な製品の開発過程を短縮できるなどの利点があると指摘しました。しかし、AIが自動化し高度化するにつれて、人間とAIの役割が変化し、どのようにAIと協働していくかについては課題が残ると指摘しました。
一方、ローソーン氏はAIについて次のように述べました。「AIは社会に多大な恩恵をもたらす一方で、負の側面も持ち込むため、あらゆる新しいテクノロジーが人間、社会、生態に与える影響を注意深く考慮する必要があるという意味で、良い例になっています」。さらに、膨大なエネルギーを消費するAIの環境負荷を念頭に、「AIの設計においてデザインが有意義な役割を果たす」と指摘しました。
チェ教授は、人間に取って代わるのではなく、人間の能力を拡大するという「人間中心のAI」の概念を称賛。その上で、松尾教授に人間に利益をもたらすアプリケーション(ソフトウェア)を開発する際に、エンジニアが利用できる原則やガイドラインはあるのかと尋ねました。
これについて、松尾教授は「AIが学習するデータセットからバイアスを減らすと、モデルの性能が低下するため、多くの課題が生じる」と、AIの学習に関する課題について述べました。そして、すべてをAIに任せるのではなく、人間が中心的な役割を果たすようにAIを開発することが肝要だと強調しました。
パネリストは、デザインについて学生や研究者に教える際の課題についても議論しました。
松尾教授は、AIの分野では「デザイン」という用語は通常使用されていないものの、AIの開発者にデザインの重要性を教えることにはメリットがあると述べました。デザイン思考は、開発者が政策立案者や官僚、医師、患者などの関係者と協力する際に不可欠だからです。
チェ教授は、デザインがさまざまな課題の特定や解決策を見い出すための素晴らしい道具である一方で、「大学のあらゆる分野の学生や研究者にデザインを教えるには、異なる分野の人々の協力が必要となり、難しい」と、教育者としての懸念を示しました。
チェ教授の懸念に対し、ローソーン氏は若い世代が協働に対して前向きであることを指摘しました。「私は、この問題に関して世代間の変化があると思います。若い世代は協働に対してより魅力を感じており、より情報に基づいた、より楽しく、より創造的で、革新的な職場環境を実現できるという理解が、(古い世代よりも)格段に高いのです」

プレナリートークセッションで「デザインの力」について活発な議論を展開するパネリストたち。左端は、モデレーターを務める東京大学公共政策学連携研究部の青木尚美教授(発表当時 准教授)
研究、都市計画、教育におけるデザイン

パネルディスカッション1で、「ジェンダード・イノベーション」について語るパネリストたち
そのほか、今回のシンポジウムでは3つのパネルディスカッションが開かれました。1日目の「ジェンダード・イノベーションの描く未来:科学の評価、ファンディング、教育における変化」と題したパネルディスカッション1では、「ジェンダード・イノベーション」について議論が展開されました。
パネリストの1人として招かれたのは、スタンフォード大学のロンダ・シービンガー歴史学科ジョン・L・ハインズ科学史教授で、「科学、保健・医学、工学、環境学分野におけるジェンダード・イノベーション」プロジェクトの創始者です。この取り組みを始動させ、これまで北米や欧州、日本、韓国を含む東アジアへ広げるのに尽力してきました。シービンガー教授は、議論の中でジェンダード・イノベーションを「『性差』や『性別』、および/もしくは(人種や階級などのアイデンティティを組み合わせた)『交差性』の分析を行うことで研究者に創造力を与えるもの」と定義しました。
シービンガー教授はさらに、米国会計検査院の2001年の統計を引用し、「10品目の医薬品が生命を脅かす影響があるとして米国市場から回収され、そのうち8品目について女性へのリスクがより高いことがわかりました」と述べ、この取り組みの重要性を強調しました。「女性の健康を増強することは、2040年までに米国で女性が質の高い生活を送れる期間を総計160万年も伸ばし、年間280億ドルの経済波及効果が期待されます。つまり、ウィンウィンなのです。女性にとってもウィン、社会にとってもウィンです」
韓国科学技術ジェンダード・イノベーションセンター(GISTeR)のイ・ヘスク センター長は、性差と性別の分析を科学技術の政策や実践に組み入れるため2021年に施行された韓国の法的枠組みについて紹介しました。韓国は東アジアにおける「ジェンダード・イノベーション」の取り組みの先駆者であり、実際に日本より数年進んでいます。
また、ネイチャー誌のマグダレーナ・スキッパー編集長を含むパネリストたちは、「研究者が性差や性別の分析を研究に取り入れるためには、科学誌や教育プログラムの役割が不可欠」であることで一致しました。

パネルディスカッション2で、住宅をより手頃な価格にし、だれでも便利にアクセスできる設計にするための施策を語るパネリストたち。
2日目は、2つのパネルディスカッションが開催されました。パネルディスカッション2では、「インクルーシブなまちづくり:社会的共通資本を巡る都市計画学と経済学との対話」をテーマに議論が繰り広げられました。
ロンドンレガシー開発公社(LLDC)でアクセシビリティ・インクルーシブデザイン主幹を務めるリタ・オルフンミ・アデオイ氏は、LLDCが手がけた「クイーンエリザベスオリンピックパーク」の再開発プロジェクトを紹介しました。このプロジェクトでは、「アフォーダビリティ(収入のレベルに合わせた購入可能な価格)」「アクセスシビリティ(施設やサービスへの円滑なアクセス)」をコンセプトとして取り入れました。
LLDCはまず、2012年に開催されたロンドンオリンピック・パラリンピックの選手村(17,000人の選手・関係者を収容)を「イーストビレッジ」として再開発。5,800戸の住居が建設され、そのうち40%は手頃な価格で販売されました。アデオイ氏は「住居の質が我々の生活に直接影響することには、皆さんも異論がないと思います」と述べ、LLDCが重視しているコンセプトは「高品質の住宅、平等、包括」であると付け加えました。
一方、早稲田大学建築学科の矢口哲也教授は、アフォーダビリティの観点から日本の住宅事情を説明しました。日本の住宅価格は米国や英国と比べてかなり低く抑えられているにもかかわらず、低所得者向けの住宅は不足していると指摘しました。そして、解決策として、デベロッパーに高価格帯の住居だけでなく、税制上の優遇措置や補助金などを提供することで、手頃な価格帯の住宅も供給させる「インクルージョナリー・ゾーニング」を提唱しました。

パネルディスカッション3で、デザインの力を活用する際の共創、多様性、教育の重要性を説くパネリストたち。
パネルディスカッション3は、「境界を越えるデザイン:融合、革新、そして未来への挑戦」のテーマで、多様な学問分野の研究者が共創する重要性や、デザイン分野の次世代リーダー養成の必要性をなどについて議論を展開しました。
モデレーターを務めた東京大学生産技術研究所のマイルス・ペニントン教授は、東京大学が2027年に開設予定の新課程「College of Design(仮称)」について紹介しました。「デザインとは、理解をアイデアや実施可能な解決策に展開させる手助けをするものだと考えています。この新課程の目的は、課題を理解し、社会の変革やポジティブな変化を促進させる様々なタイプの、ビジョンを持ったリーダーを育成することです」と述べました。
その上で、ペニントン教授は、日本にはデザイン力を活用するための「多様性が欠けているように感じる」と指摘し、パネリストに多様性の重要性について問いかけました。
パネリストの1人、ロンドン芸術大学クリエイティブ・コンピューティング研究所のヴァリ・ラリオッティ教授は、科学やデザイン、他の学問分野を統合する教育を成功に導くためには多様性が必須の要素であると答えました。ラリオッティ教授が所属する研究所の課程では、履修する女性の割合が高く、さまざまな経済的、民族的、人種的背景を持つ学生が多いと述べ、その重要性を説きました。
新しいデザインについて学生から提案

また、1日目に開催されたビジネスリーダーセッションでは、ビジネスの文脈におけるデザインが議論されました。パネリストの1人、チェ会長は、自身が率いるSKグループが社会的価値を創出するために導入した「ソーシャル・プログレス・クレジット(SPC)」について説明しました。「より良い価値を創出するためには、社会的価値を測るシステムが必要だ」と導入したのがSPCで、このシステムを使用して、同社が創出した価値に加え、温室効果ガスやプラスチックの廃棄などによって失われた価値についても報告しています。

ユースセッションで、日本と韓国の共通課題である「少子化」を、起業を通じて解決するアイデアを披露する、日韓学生のチーム。
2日目のユースセッションでは、東京大学と韓国の大学に通う学生20名が5つのグループに分かれ、両国に共通する課題である「少子化」の解決に向けた「新しいデザイン」を紹介し、数ヶ月の研究活動の成果を披露しました。
最初の3チームは、日本と韓国における少子化に寄与する要素を特定しました。日本と韓国の少子化の背景には、「子育ての負担の性別差」「子供を持つことの機会費用」「学業や職業の成功に徹底的に焦点を合わせる教育制度」など、多岐にわたる要素があると結論づけました。
また、両国における「子どもに対して不快感を持つ風潮」も指摘されました。韓国では、レストランなどで静かな雰囲気を保つために子どもの立ち入りを禁止する「ノーキッズゾーン」が設けられる動きがあり、日本でも保育園から聞こえる子どもの声が「騒音」になっていると、住民が訴訟を起こしています。
また、解決に向けては、以下のような提案がありました。
・日韓の大企業がジョイントベンチャーを設立して異なる世代が住むシェアハウスを運営し、「地域社会の人々が育児に参加する」システムを復活
・子どもがより社会に受け入れられることを目的とした「キッズ・ビロング・トゥー(Kids Belong Too)」キャンペーンの開始
・「性」「出産」「子育て」についての教育プログラムの提供
残る2チームは、起業を通じた少子化の解決策を提案しました。一つは「リンキー(Linky)」と名付けられたマッチングアプリを使い、子育て世代と子育て経験のある高齢者をつなげる事業です。もう一つは「バンク・オブ・ケア(Bank of Care)」というアプリで、子どもの世話をした際に要した時間を通貨(タイム・カレンシー(Time Currency))として「貯金」し、自身や家族が世話を必要とする場合にその通貨を引き出して支払うシステムです。
最終セッションでは藤井総長と学生代表との質疑応答が行われ、激動の時代における大学の教育・研究活動の在り方などについての対話がありました。その後の閉会の挨拶で、藤井総長は、学生たちを「チェンジメーカー(社会に変革を起こす人)」と称え、次のように結びました。「社会的、組織的に多様なバックグラウンドを持つ学生たちは、ユニークな視点を持ち込める一方、果敢にかつ洞察力を持って今日の課題に直面するという重大な責務を共有しています。彼らのビジョンに触れ、『東アジアの隣国である日本と韓国は、課題解決に資する新しいデザインを検討することで、今後の世界に有意義な貢献ができる』という可能性を再認識しました」