論文の不正行為に関する調査報告について記者発表
アニリール・セルカン元東京大学工学系研究科助教に係る論文の不正行為に関する調査報告について
平成22年7月23日
アニリール・セルカン元東京大学工学系研究科助教に係る論文の不正行為に
関する調査報告について
平成21年10月21日、本学に対し、アニリール・セルカン東京大学大学院工学系研究科助教(当時。以下「アニリール氏」という。)の平成18年度科学研究費補助金実績報告書(以下「科研費実績報告書」という。)に記載された論文等に不正行為が存在する旨の申立があった。
これを受け、本学においては、工学系研究科において予備調査を実施するとともに、本部の科学研究行動規範委員会 において関係者からのヒアリング及び既往の論文等との照合を含めて調査・審議を行い、結果をまとめたので、以下の通りその概要を報告・公表するものである。
1 アニリール氏が行った不正行為について
アニリール氏は、下記のとおり、不正行為(盗用)を行ったものと認める。このような数々の不正行為は、研究者の基本的な行動規準に真っ向から反するものであり、学術研究機関として東京大学が長年培ってきた信頼を著しく損なうものである。
(1) | 科研費実績報告書に記載された下記論文には、盗用と判断できる箇所が9箇所、盗用の疑いがある箇所が7箇所存在するものと認定した。 | |
S.Anilir, S.Matsumura, R.Schmidt, K.Fukuda, S.Nishii, M.Araki:“Infra-Free Life(IFL)Proposal for a Spin-Off Technology from Aerospace into Building Industry” Proceedings of Space 2006,American Institute of Aeronautics and Astronautics(AIAA), San Jose, US 2006-7329(Online).(2006) | ||
なお、上記以外で科研費実績報告書に記載された以下の2編の論文については、存在が確認できず、実績報告書に虚偽記載を行ったものと認められる。 | ||
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S.Anilir, S.Matsumura, R.Schmidt:“The Motile Fluid House (MFH)-An Infra-Free 2030 Design Scheme”, Architectural Magazine of Yonsei University, Korea 2006-12. 58-64 (2006) | |
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S. Anilir: “A perspective on the future of Architecture: Infra-Free” Architectural Magazine Tasarim, Turkey 02-168. 12 (2007) | |
(2) | 上記科研費の申請段階の書類(以下「科研費研究計画調書」という。)の研究業績等の欄に記載された下記論文には、盗用と判断できる箇所が12箇所存在するものと認定した。 | |
S.Anilir, "Near Earth Objects (NEO) as Material Resources for future Space Architecture Applications", Proceedings from Society of Automobile Engineers (SAE), Vancouver, Canada, 2003年7月 | ||
なお、科研費研究計画調書に記載された上記以外の論文等25編のうち、以下の20編の論文等については存在が確認できず、調書に虚偽記載を行ったものと認められる。 | ||
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アニリール・セルカン、“情報化時代における建築物に関する研究-Building in the Information Age”、バウハウス大学大学院建築学専攻修士論文、ワイマール、ドイツ、1999年2月18日 | |
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S.Anilir、'Buildings in the Information Age', バウハウス大学出版, 1999年9月 | |
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S.Anilir, B.Edwards, "SPACE ELEVATORS-An Advanced Earth-Space Infrastructure for the New Millennium", NASA STI Program Office Publication, NASA/CP-2000-210429、2000年8月 | |
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S.Anilir, "エコ手法とその事例-A View to Ecological Architecture", 鹿島建設出版, 2002年7月 | |
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S.Anilir, "The Space Elevator", Feasibility Study funded by NASA, published by NASA- Institute for Advanced Concepts, NASA/CP-2003-352104,2003年2月 | |
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S.Anilir, K.Banazewski, M.Blaszezyszyn, P.Golebiowski, R.Linder, B.Pindor, et.al., "Advanced Technology Paths for redeveloping of old cities taking 'zamosc' as a case study", ENTER ポーランド建築専門月刊誌, Ed. 1' 97, p.26-27, ISSN 0867-4566, 1997年1月 | |
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S.Anilir, S.Schoenfuss, T.Muller, "Ecological Habitant Design Considerations in extreme environments", バウハウス大学建築・構造専門月刊誌, Vol. 1/1998, p.13, 1998年12月 | |
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S.Anilir, "From Past to Future- Japanese High-tech solutions", トルコ建築学会発行の建築専門誌, Vol. 2/00, p. 34-40、2000年2月 | |
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S.Anilir, "The Role of Space-Based Manufacturing in an Evolving Space Economy", NATOの宇宙航空研究開発技術専門誌、p.5-9, 2003年5月 | |
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S.Anilir, "A Proposal to understand the 11th Dimensional membrane universes and their architectural forms in space environment", Physical Review Letters, ケンブリッジ大学出版, 2003/09, p. 39-50、2003年9月 | |
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S.Anilir, "Energy for Housing in the 21st Century- Advanced Technology Paths from Space Technology into Terrestrial Architecture" 中東工業大学(METU) 建築・構造専門雑誌特別版, Volume 23, Number 9-10, p.43-53、2003年9月 | |
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S.Anilir, "Terraforming Mars", p.12-18, Popular Science 科学専門誌12月番, 2003年12月 | |
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TODD B., S.Anilir, "The NEEMO Project: A Report on how NASA utilizes the 'Aquarius' Undersea Habitat as an Analog for Long-Duration Space Flight", National Oceanic and Atmospheric Administration (NOAA) 月刊誌, 2004/04, p. 23-36 | |
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S.Anilir, "Proposal for air-filled construction systems to develop ultra-high rise buildings in earthquake zones", TASARIM建築専門月刊誌, 2004/08, p.73-78, ISSN 1300-7351 | |
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S.Anilir, "Space Station Architectures- Educational development and technology transfer pattern for a new design and engineering field", ARRADEMENTO イタリア建築専門月刊誌, ISSN 1300-3801, 2004年12月 | |
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S.Anilir, S.Matsumura, "A New Vision into the 21st Century Architecture: Design and Development of Infra-free structures in future cities", UIA 専門雑誌特別版, p.53-55, 2005年7月 | |
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S.Anilir, "Converting Compression structures into Tensile Structures; How to build high-towers regarding the Space Elevator as an example", SPACE & INNOVATION 2002 Conference, Reno, U.S.,2002年1月 | |
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S.Anilir, "The Architecture of Space in 4th Dimension", Invited Speaker to the Annual Yearly Meeting of Design Engineering Technical Committee (DETC), American Institute of Aeronautics and Astronautics (AIAA), Reno, U.S. , 2004年1月 | |
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S.Anilir, C.Natori, "Proposal of a Golden Angle-based Platonic solid combination to define the root of all existing forms in nature", 20th Symposium of Space Structures and Materials, Japanese Aerospace Exploration Agency (JAXA), Kanagawa, Japan, 2004年10月 | |
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S.Anilir, S.Matsumura, "A New Vision into the 21st Century Architecture: Design and Development of Infra-free structures in future cities", UIA Conference,2005年7月 | |
(3) | 上記(1)のとおり共著論文に不正行為が確認されたことから、(1)の論文の共著者のうち当時の修士課程学生以外の者、すなわち工学系研究科の松村秀一教授(以下「松村教授」という。)とアニリール氏の共著論文について調査したところ、下記論文について、盗用と判断できる箇所が15箇所、盗用の疑いがある図表が7箇所存在するものと認定した。 | |
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S.Anilir, S.Matsumura, R.Schmidt:“The Motile Fluid House(MFH)-An Infra-free 2030 Design Scheme” Proceedings from the International Future Design Conference on Changing Places of Digi-Log Future, pp251-264,Seoul,Korea(2006) | |
なお、本学の規則(東京大学科学研究行動規範委員会規則)上、最終的な事実認定(裁定)を行うに当たっては、本人に弁明の機会を与えることが必要であるため、本学としてはアニリール氏に連絡を試みてきたが、居所不明のため、現時点において弁明の機会を設定できていない状況にある。
しかしながら、弁明の機会を設定できないのは、アニリール氏の責に帰すべき理由によるものであることや、同氏の不正行為(盗用)については既往文献に照らして明らかであること等に鑑み、「仮裁定」という形で、上記のとおり、これまでの調査・審議によって認定した客観的事実を明らかにすることとしたものである。
2 共著者(松村教授)の不正行為への関与について
松村教授は、以下2編のアニリール氏との共著論文について、当該原稿の作成には関与しておらず、従って、不正行為(盗用)に直接関与はしていなかったものの、研究室からの論文投稿過程において、その内容を吟味せず、当時助教授としてアニリール氏(当時助手)を指導することはなかった。
すなわち、当時の当該研究室の責任者は、坂本功教授(現名誉教授)であったが、同教授は、当該論文の共著者に含まれていないため、当該論文に関するアニリール氏の研究業績についての業務監督指導の責任は、共著者とされた当時の松村助教授にあったと判断される。したがって、松村教授は、助手であったアニリール氏の研究成果外部発表に対して適切な指導をすべき立場にあったが、その職務を怠った。また、アニリール氏の論文投稿や国際会議への参加、さらには自らが共著者となっていることを知り得る状況にありながら、会議主催者からのメール等を確認せず、また当該会議の開催前後において同氏の発表内容を確認・吟味せず、結果として共著者としての責務を十分果たさなかった。さらに、同教授はアニリール氏の大学院在籍時からの指導教員でもあったが、研究室において共著者としての責任等について十分に指導していたとは認められず、このことが他者を無断で共著者とする同氏の行動につながった側面もあると考えられる。
同教授は、これらにより、アニリール氏による当該論文における不正行為を看過し、東京大学の学術研究に対する社会的な信用を損なう事態を招いたものであり、不正行為に直接関与したとは言えないものの、当該不正行為について責任を負うべきものと認める。
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S.Anilir, S.Matsumura, R.Schmidt, K.Fukuda, S.Nishii, M.Araki:“Infra-Free Life(IFL)Proposal for a Spin-Off Technology from Aerospace into Building Industry” Proceedings of Space 2006,American Institute of Aeronautics and Astronautics(AIAA), San Jose, US 2006-7329(Online).(2006) | |
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S.Anilir, S.Matsumura, R.Schmidt:“The Motile Fluid House(MFH)-An Infra-free 2030 Design Scheme” Proceedings from the International Future Design Conference on Changing Places of Digi-Log Future, pp251-264,Seoul,Korea(2006) |
なお、本学の規則(東京大学科学研究行動規範委員会規則)上、裁定の概要の公表に当たり、公表事項について対象研究者の意見がある場合には、その意見もあわせて文書により公表することとされているため、上記について松村教授に意見照会を行ったが、意見の提出はなかった。
3 本学としての対応について
(1)
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関係者の処分 | |
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・アニリール氏については、本年3月31日に、科研費実績報告書記載の論文に係る不正行為を含めた量定により、「懲戒解雇相当」と決定済みである。 | |
・その他関係者については、東京大学教員懲戒手続規程に基づき、今後審議の上、厳正に対処する。 | ||
(2) | 科学研究費補助金の返還 | |
資金配分機関の請求に基づき、返還する予定である。 | ||
(3) | 論文の取り下げ | |
不正行為(盗用)が確認された論文について、掲載機関と協議を進め、取り下げ・削除等の処置を講じる。 | ||
(4) | 再発防止に向けての取組 | |
[1]
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「東京大学の科学研究における行動規範」に関するパンフレットを作成し、本学の全ての研究者・大学院生に配布するとともにホームページに掲載するなど、行動規範の周知・徹底を図る。 | |
[2]
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教職員に対し、研究倫理に関する教育・研修、啓発を継続的に行う。特に、新任研修においてプログラムを設けるなど、本学への採用時点において十分な教育・啓発を行う。 | |
[3]
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アニリール氏に関する一連の問題を踏まえた関連委員会の検討結果に基づき、研究者としての行動規範や、共著者となることの意味や責任について十分な指導を行うなど、大学院教育の改善を図る。 | |
[4]
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上記措置の実施状況を踏まえつつ、来年度に本学の研究倫理プログラム全体の点検・評価を行い、一層の改善につなげる。 |
本学の研究者が、論文において不正行為を行ったことは、誠に遺憾である。 再びこのような事態が起こらぬよう、全ての教員・大学院生に対し、科学研究に携わる者としての行動規範を周知徹底するなど、再発防止に全力で取り組む所存である。 |
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東京大学理事・副学長(研究担当) 松本 洋一郎 |
※懲戒処分相当については平成22年4月2日、博士の学位授与取消しは平成22年3月5日に報道発表済みです。詳細は以下を参照願います。