肝臓の再生を担う肝細胞の驚くべき性質を解明記者発表
肝臓の再生を担う肝細胞の驚くべき性質を解明 |
平成24年6月1日
東京大学分子細胞生物学研究所
1. 発表者:
宮岡 佑一郎(東京大学分子細胞生物学研究所 助教(当時))
江波戸 一希(東京大学分子細胞生物学研究所 博士課程2年)
加藤 英徳 (東京大学分子細胞生物学研究所 博士課程2年)
荒川 聡子 (東京医科歯科大学難治疾患研究所 助教)
清水 重臣 (東京医科歯科大学難治疾患研究所 教授)
宮島 篤 (東京大学分子細胞生物学研究所 教授)
2. 発表のポイント:
◆どのような成果を出したのか
肝臓の再生においては、肝臓を構成する肝細胞が大きくなることが重要であること、および肝細胞が特殊な細胞分裂を行うことを明らかにした。
◆新規性(何が新しいのか)
これまで、肝臓は肝細胞が通常の細胞分裂を行い、その数を増やすことによって再生すると考えられてきたが、その常識を覆した。
◆社会的意義/将来の展望
肝再生を司るメカニズムをより深く知ることが、より安全で効率的な肝移植の開発へと繋がることが期待される。また、肝臓が強い再生能力を持つ理由を解明する鍵となりうる。
3.発表概要:
肝臓は非常に高い再生能力を持ち、マウス肝臓の70%を切除しても元の重量と機能を回復する。これまで、肝重量の大部分を占める肝細胞の分裂が肝再生を担うと考えられてきたが、その直接的証拠はなかった。
今回、東京大学分子細胞生物学研究所の宮岡佑一郎助教(当時)と宮島篤教授らは、肝再生には肝細胞の分裂よりもむしろ肥大がより重要であること、さらに肝再生中に肝細胞が非常に特殊な細胞分裂を行うことを突き止め、これまでの肝再生研究の常識を覆す結果を得た。
重篤な肝疾患に対する生体肝移植は、レシピエントのみならずドナーにも危険を伴う。肝再生を司るメカニズムをより深く知ることが、より安全で効率的な肝移植の開発へと繋がることが期待される。
4.発表内容:
肝臓は哺乳類においては例外的に非常に高い再生能力を持つ臓器であり、マウスの肝臓の70%を切除しても一週間程度で元の重量と機能を回復する。ギリシャ神話にプロメテウス(注1)の肝臓がハゲタカについばまれては再生するという逸話があることからもわかるように、肝臓の高い再生能力は古くから知られており、そのメカニズムに関する研究も盛んに行われてきた。これまでの研究から、肝重量の大部分を占める肝細胞(注2)が分裂しその数を増やすことで肝再生を担うと考えられてきたが、それを直接検証した研究はなされてこなかった。
今回、東京大学分子細胞生物学研究所の宮岡佑一郎助教(当時)と宮島篤教授らは、この根本的な問題に取り組むため、肝再生における肝細胞の様子を詳細に解析し、肝再生には肝細胞の分裂よりもむしろ肥大がより重要であることを明らかにし、さらに肝細胞は肝再生中に特殊な細胞分裂を行うことも突き止め、これまでの肝再生研究の常識を覆す結果を得た。
彼らは、まずマウスのごく一部の肝細胞に目印となるタンパク質を作らせることに成功した。この細胞が分裂すると、目印となるタンパク質を作る細胞が2つになり、この2つの細胞が隣り合って存在することになるため、この目印を頼りに肝細胞が肝再生において何回分裂するかを測ることが可能となった。彼らはこの手法を用いて、肝再生において肝細胞が平均して約0.7回分裂することを明らかにした。しかし、これは失われた70%の肝重量を再生するために必要な細胞分裂の回数が平均約1.6回であるというこれまでの予想を大きく下回っていた。そこで、彼らは肝細胞の分裂による数の増加に加えて肥大が重要であると考えて、肝臓の切片上で肝細胞の核と輪郭を可視化して(図参照)、その画像をもとにコンピュータを用いて肝細胞の大きさを測定することで、肝細胞が肝再生において約1.5倍に肥大することを見出した。すなわち、肝臓の70%を切除した後の肝臓の再生においては、分裂による細胞数の増加(約1.6倍)と細胞の肥大(約1.5倍)がほぼ同程度に貢献していることを意味している。
さらに、切除する肝重量を70%から30%にまで減らすと肝細胞は分裂せず、肥大のみによって肝臓が再生することも突き止めた。このことは、肝臓はまず肝細胞の肥大によって再生し、肥大だけでは不十分である場合にのみ分裂してその数を増やすということを示唆している。これらの結果から、これまでに知られていなかった肝再生における肥大の重要性が世界で初めて明らかとなった。
また彼らは、肝細胞の20-30%程度は2つの核を持つことなどの特殊な性質にも着目し、肝細胞の細胞周期の観察をこれまでにないほど詳細に行った。その結果、肝再生において肝細胞の大部分はS期(注3)に入るにもかかわらず、M期(注4)には入りにくく、結果として肝細胞の倍数性(注5)が増加することや、再生後の肝臓では2つの核を持つ肝細胞の割合が通常の肝臓よりも減少すること、および2つの核を持つ肝細胞の細胞分裂においては、2つの核から凝集した染色体が細胞の中央に集まり、それらが細胞の両極に分配されることによって1つの核を持つ娘肝細胞(注6)が2つ生み出されることを明らかにした。このように、肝細胞が肝再生において非常に特殊な細胞分裂を行うことが示された。
肝臓だけがなぜこのように強い再生能力を持つのかは依然として謎であるが、今回彼らの研究によって示された肝細胞の肥大の重要性は、その謎を解き明かす鍵となると考えられる。この肥大も含めた肝臓の特殊な性質を司る分子メカニズムを追究していくことで、肝臓の再生能力の謎に迫れることが期待される。また、現在重篤な肝疾患に対する最終的な治療法に生体肝移植(注7)があるが、レシピエント(移植を受ける患者)のみならずドナー(移植の提供者)にも危険が伴う。生体肝移植におけるレシピエントとドナーの肝臓に起こる再生の過程は、この研究で用いられたマウスの肝臓切除モデルで起こる再生の過程と非常に類似していると考えられる。これらの肝再生の実験モデルから肝再生を司るメカニズムをより深く知ることが、より安全で効率的な肝移植の開発へと繋がることが期待される。
5.発表雑誌:
雑誌名:「Current Biology」(オンライン版:6月1日)
論文タイトル:Hypertrophy and Unconventional Cell Division of Hepatocytes Underlie Liver Regeneration
著者:宮岡 佑一郎、江波戸 一希、加藤 英徳、荒川 聡子、清水 重臣、宮島 篤
DOI番号:10.1016/j.cub.2012.05.016
記事URL:http://www.cell.com/current-biology/abstract/S0960-9822%2812%2900537-4
6.問い合わせ先: 東京大学分子細胞生物学研究所 教授 宮島 篤
7.用語解説:
(注1)プロメテウス:ギリシャ神話上の神で人間に火を与えたことからゼウスの怒りを買い、生きながらにしてハゲタカに肝臓をついばまれるという責め苦を受けた。
(注2)肝細胞:解毒、タンパク質合成、グリコーゲンの蓄積、胆汁の産生など肝臓の代謝機能を担う細胞
(注3)S期:細胞周期において、DNA合成が行われる期間
(注4)M期:細胞周期において、染色体が凝縮し分配されて細胞が分裂する期間
(注5)倍数性:細胞が持つゲノムのセットの数
(注6)娘肝細胞:細胞分裂によって生じた2つもしくはそれ以上の肝細胞
(注7)生体肝移植:健康な提供者から肝臓の一部を切り取り、患者に移す治療法
8.添付資料:
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