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神経ネットワークの大規模な『バースト』発生を予測する技術を開発 ~てんかん発作の予測からネットワークの動態予測まで応用に期待~ 研究成果

神経ネットワークの大規模な「バースト」発生を予測する技術を開発
~てんかん発作の予測からネットワークの動態予測まで応用に期待~

平成29年8月22日
科学技術振興機構(JST)
理化学研究所
東京大学

ポイント
  • 脳内の多数の神経細胞が自発的に強く連続して活動する現象(自発同期バースト)の仕組みの解明が望まれていた。
  • 神経活動の局所的な活動パターンから、将来の自発同期バーストを予測する数理的手法を開発し、人工培養した細胞集団でその性能を実証した。
  • てんかん発作の高精度な予測のほか、脳以外のさまざまな社会的ネットワークなどの動態の予測にも利用できると期待される。
 JST 戦略的創造研究推進事業の一環として、ジュネーブ大学・理化学研究所の田嶋 達裕 博士らは、神経活動の局所的な活動パターンから将来の大規模な活動状態の発生を予測する技術を開発しました。
 脳内では、多数の神経細胞が自発的に同時に強く活動する現象(自発同期バースト)注1)が、しばしば観察されます。自発同期バーストのメカニズムは、脳の動作原理を解き明かす鍵となると考えられています。また、てんかん発作のような脳活動の病態解明にもつながると期待されており、自発同期バーストがどのようにして起こるのか、原理の解明が望まれていました。
 本研究では、力学系理論に基づいた数理的手法を開発し、人工培養した細胞集団の高精度な計測と組み合わせて解析を行いました。その結果、神経細胞のネットワーク全体が自発同期バースト状態になる前に、個々の細胞の活動パターンに将来の自発同期バーストを予測する「予兆」が隠されていることを明らかにしました。
 今回開発した数理的手法は、将来的にはてんかん発作の高精度な予測や、脳以外のさまざまなネットワークの動態(SNS、感染症流行、金融など)の予測に役立つことが期待されます。
 本研究は、理化学研究所 脳科学総合研究センターの豊泉 太郎 チームリーダー、東京大学 先端科学技術研究センターの高橋 宏知 講師、東京大学 大学院情報理工学系研究科 三田 毅 大学院生、スイス連邦工科大学 チューリッヒ校のダグラス・J・バッカム 博士と共同で行ったものです。
 本研究成果は、2017年8月21日(米国東部時間)に米国科学誌「Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America(米国科学アカデミー紀要)」のオンライン速報版で公開されました。

本成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって得られました。
 戦略的創造研究推進事業 個人型研究(さきがけ)
 研究領域:「社会的課題の解決に向けた数学と諸分野の協働」
      (研究総括:國府 寛司 京都大学 大学院理学研究科 教授)
 研究課題名:「大規模神経力学系のトポロジーと臨床応用」
 研 究 者:田嶋 達裕(ジュネーブ大学医学部 研究員)
 研究実施場所:ジュネーブ大学
 研究期間:平成28年10月~平成32年3月

<研究の背景と経緯>
 脳内では、多数の神経細胞が自発的に同時に強く活動する現象(自発同期バースト)が、しばしば観察されます。その仕組みの解明や発生の予測は、脳の機能や病態を理解するうえで重要であると考えられてきました。しかし、自発同期バーストが起こるタイミングは一見すると不規則で、何がきっかけでこうした現象が発生するのかは分かっていませんでした。

<研究の内容>
 今回、本研究グループは「自発同期バーストは、不規則に発生しているように見えるが、実は予測できるのではないか?」と考えました。そこで、神経細胞のネットワークが自発同期バーストを起こす直前に注目して、神経活動の時空間パターンに隠された将来の自発同期バーストの発生を予測する「予兆」を探しました。その際、以下の2つの技術がブレークスルーになりました。
(1) 「時間遅れ再構成」注2)を用いて神経活動の時間変化を追跡することで、それぞれの神経細胞がネットワーク全体の将来の自発同期バーストをどの程度予測できるか定量化する数理的手法を開発しました(図B)。
(2) CMOSセンサーアレイ注3)上で人工培養した細胞集団を用いて、時間的にも空間的にも高精度な計測データを取得しました(図A)。
解析の結果、特定の細胞群が常に高い精度で将来の自発同期バーストの「予兆」を示すことが明らかになりました。また、こうした「予兆」には以下のような特徴があることが分かりました。
(1) 神経細胞のネットワークで、周囲の細胞と強く結合した興奮性の細胞の活動である。
(2) 瞬間的な活動の強さだけではなく、各神経細胞の活動の時間的なパターンを見て初めて高精度な「予兆」が検出できる(図C)。
(3) ネットワーク全体の平均的な揺らぎをみるよりも、特定の1つの細胞の活動に注目したほうが、早く正確に「予兆」を検出できる。
以上の結果から、「時間遅れ再構成」の手法を用いて神経ネットワークの局所的な状態変化を検出することで、これまで不規則と思われていた自発同期バーストのタイミングが事前にある程度予測できることを明らかにしました。

<今後の展開>
 本研究は、人工培養した小さな細胞集団での結果ですが、将来的にはてんかん発作の高精度な予測や脳の情報処理をコントロールする脳刺激技術などに応用できる可能性があります。また、今回開発した数理的手法は、脳に限らず、さまざまなネットワークの動態(SNS上での情報拡散、感染症拡大、株価の変化など)の予測に利用できる可能性があります(図D)。



参考図>
riken図

                               図 本研究の概要と期待される応用分野




<用語解説>

注1)自発同期バースト
神経細胞の集団が外部からの入力を受けずにお互いの相互作用だけで活動している状態を自発活動という。自発活動中に一定時間、多数の神経細胞が同時に高頻度の活動電位(バースト)を示す現象が知られており、この現象を自発同期バーストと呼ぶ。

注2)時間遅れ再構成
時系列データ解析で、一定時間ずつずらした変数の値を一組の多次元の座標値とみなすことで、隠れ変数の情報も含めて状態の時間変化を再構成する数理的手法。

注3)CMOSセンサーアレイ
デジタルカメラなどで用いられる、電気的センサーを平面上に高密度に並べたもの。この上で神経細胞を培養することで、神経細胞の電気的な活動の位置情報・活動時刻を高い精度で記録できる。

<論文タイトル>
タイトル:“Locally embedded presages of global network bursts”
    (局所的に埋め込まれた大域的なネットワークのバーストの予兆)
掲載誌:Proceedings of the National Academy of Sciences of the United States of America
doi:10.1073/pnas.1705981114

<お問い合わせ先>
田嶋 達裕(タジマ サトヒロ)
ジュネーブ大学 医学部基礎神経科学科 研究員
 
豊泉 太郎(トヨイズミ タロウ)
理化学研究所 脳科学総合研究センター チームリーダー
 
高橋 宏知(タカハシ ヒロカズ)
東京大学 先端科学技術研究センター 講師 
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