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スカスカなゲルの固体物性-ギュウギュウなガラスとは本質的に違っている-研究成果

掲載日:2021年12月22日

発表者

水野 英如(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 助教)
池田 昌司(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • ゲルの固体物性をコンピュータシミュレーション(注1)によって詳細に調べ、微視スケール(分子スケール)から巨視スケール(連続体極限)(注2)までのゲルの振る舞いを明らかにした。特に、巨視スケールでは一様な弾性体として振る舞うことが明らかになった。
  • ガラスは欠陥が分散した弾性体として振る舞うため、ゲルの振る舞いはガラスとは対照的である。本研究によって、同じ不規則系(注3)であっても、ガラスとゲルは本質的に違っていることが明らかになった。
  • 本研究の成果は、ガラス、ゲル、粉体、生体系といったように、多種多様に存在する不規則系を包括的かつ統一的に理解するための第一歩になると期待できる。

発表概要

  東京大学大学院総合文化研究科の水野 英如 助教、蜂谷 誠 修士課程2年(研究当時)、池田 昌司 准教授は、スカスカなゲルの固体物性を詳細に調べ、同じ不規則系であっても、ギュウギュウなガラスとは本質的に異なった振る舞いを示すことを明らかにしました。

 分子(粒子)が不規則な状態で固まっている物質は、「不規則系」と呼ばれます。不規則系の代表例として、「ガラス」と「ゲル」(図1)が挙げられます。ガラスには窓ガラスをはじめ、セラミックスのコップ、プラスティックのペットボトルなどがあります。一方で、ゲルにはプリン、こんにゃくといった食料品や、シリカゲルの除湿剤、おむつの吸水材といった日用品などがあります。ガラスとゲルの違いは密度にあります。ガラスでは分子が高密度でギュウギュウに詰まっているのに対して、ゲルでは分子が低密度でスカスカなネットワーク状に固まっています。
図1.ゲル(左図)とガラス(右図)の例。左図にはゲルの例としてプリンを、右図にはガラスの例としてガラス製コップを、それぞれ示す。

 これまでの研究によって、高密度不規則系のガラスに関する理解が大きく前進しました。特にここ数年の研究では、局在振動モード(注4)の存在が明らかになりました。このことは、巨視スケール(連続体極限)においても、ガラスは一様な弾性体として振る舞うのではなく、欠陥が散らばった弾性体として振る舞うことを意味しており、日常生活で経験するガラスの脆さ、壊れやすさを表すものです。

 では、低密度不規則系のゲルはどうでしょうか?本研究はゲルの理解を前進させるべく、コンピュータシミュレーションを用いてゲルを模擬(図2)し、その固体物性を詳細に調べました。ゲルではガラス状のクラスターが空間中を分散しており、それらクラスターが繋がって、スカスカなネットワーク構造を形成します。スカスカなゲルは、ギュウギュウに詰まったガラスに比べて、弾性率が桁違いに小さい、極めて柔らかい固体物質となります。
図2.分子シミュレーションによって模擬されたゲル(左図)とガラス(右図)。図中では1つの丸は1つの分子を表しており、ゲルとガラスともに分子は不規則な状態で配置している。左図のゲルでは分子はスカスカなネットワーク状に固まっているのに対して、右図のガラスでは分子はギュウギュウな状態で固まっている。

 不均一な構造をもつゲルの分子振動は、空間的に不均一なものとなります。ところが、巨視スケールでは、”スカスカ”を感じないくらい長い波長をもった、ゆっくりとした音波振動になることが分かりました。この結果は、ゲルが一様な弾性体として振る舞うことを示しており、欠陥が分散した弾性体として振る舞うガラスとは対照的なものとなりました(図3)。
図3.巨視スケール(連続体極限)におけるゲル(左図)とガラス(右図)の振る舞いの絵的表現。左図のゲルは一様な弾性体として振る舞い、右図のガラスは欠陥が分散した弾性体として振る舞う。

 本研究は、同じ不規則系であっても、ガラスとゲルでは振る舞いが本質的に違っていることを明らかにしました。不規則系にはガラスやゲル以外にも、粒子間相互作用でエネルギー散逸が生じる粉体、粒子がアクティブ力によって駆動される生体系など、多種多様な系が存在します。これら不規則系の理解を包括的かつ統一的に理解することを目指し、研究が進行しています。

発表内容

 私達の世界には大きく分けて、規則的な固体と不規則な固体が存在します。規則的な固体は「結晶」と呼ばれ、結晶では分子が規則的・周期的に配置しています。一方で、不規則な固体はガラス系、不規則系、あるいはランダム系などと呼ばれますが、ここでは「不規則系」と呼ぶことにします。不規則系には、結晶が有する規則性・周期性は存在せず、分子は不規則な状態で固まっています。これまでの研究によって、不規則系は、規則的な結晶とは大きく異なる性質を示すことが明らかにされてきました。

 さて、不規則系と一口に言っても、様々な物質が存在します。例えば、代表的なものとして、「ガラス」と「ゲル」が挙げられます。両者の違いは密度にあります。ガラスでは分子が高密度でギュウギュウに詰まっています。一方で、ゲルでは分子が低密度でスカスカなネットワーク状に固まっています。ガラスとゲルはともに、私達の生活の至るところで活用されています。ガラスは窓ガラスをはじめとして、セラミックのコップ、プラスティックのペットボトル、アスファルトの道路などに活用されています。一方で、ゲルはプリン、コンニャクといった食料品や、シリカゲルの除湿剤、おむつの吸水材といった日用品などに幅広く活用されています。

 これまでの研究によって、高密度不規則系のガラスに関する理解が大きく前進しました。例えば、「ボゾンピーク」と呼ばれる、ガラス特有の低エネルギー励起に関しては、半世紀もの長い間、研究され続けてきました。また、ここ数年の間では、低周波数極限(連続体極限)に「局在振動モード」が存在することが明らかになりました。このことは、巨視スケール(連続体極限)においても、ガラスは一様な弾性体として振る舞うのではなく、欠陥が散らばった弾性体として振る舞う、ということを提示するものであり、日常生活で経験するガラスの脆さ、壊れやすさといった性質を表すものです。

 では、低密度不規則系のゲルはどうでしょうか?ガラスとゲルの違いは、密度の違いにありますが、その密度の違いは両者を区別する、二つの大きな違いを生み出します。一つ目は、構造の違いです。ガラスでは分子は高密度でギュウギュウに詰まっており、その分子配置は不規則ではありますが、空間的に一様とみなすことができます。一方で、ゲルでは分子はスカスカなネットワーク構造を形成しますが、その構造は空間的に極めて不均一なものです。二つ目は、分子間に働く力の違いです。ガラスでは分子はギュウギュウな状態で互いに押し合い圧し合いしており、斥力が支配的です。一方で、ゲルでは分子が引力によって繋がってネットワークを形成しており、引力が重要になります。このように、ゲルはガラスとは大きく違ったものですが、この違いがゲルの性質・振る舞いにどのように反映されているのでしょうか?

 本研究はコンピュータシミュレーションを用いてゲルを模擬し、ゲルの固体物性を詳細に調べました。本研究では、“液体・気体相分離過程が液体相のガラス化によって凍結することで形成されるゲル”を模擬しました。ゲルでは、分子がガラス状に固まったクラスターが空間中に分散し、それらが互いに繋がってネットワーク構造を形成します。模擬したゲルの中には、フラクタル次元が2という極めてスカスカなネットワーク構造を観測しました。すなわち、3次元空間中に2次元分の体積しか占めていないような、スカスカなネットワーク構造が形成されているのです。このようにスカスカな固体物質であるため、ゲルは弾性率がギュウギュウに詰まったガラスのものと比べて桁違いに小さい、極めて柔らかいものとなります。

 スカスカで不均一なゲルでは、その分子振動は空間的に不均一なものとなります。ところが、巨視スケール(連続体極限)では、“スカスカ”を感じないくらい長い波長をもった、ゆっくりとした音波振動に収束することが分かりました。この結果は、ゲルが一様な弾性体として振る舞うことを示しており、欠陥が分散した弾性体として振る舞うガラスとは対照的です。さらに注目すべきことに、ゲルでは、ガラスで存在したボゾンピークや局在振動モードが観測されませんでした。この結果も、ゲルが一様な弾性体として振る舞うことを示しています。我々は、このようなガラスとの違いが生じる背後には、ゲルの分子間に働く引力が重要な役割を果たしていると推察していますが、この点を理解するには今後の更なる研究を必要とします。

 本研究は、ゲルの階層的な振る舞いを明らかにしました。すなわち、観測の長さスケールを分子スケールから長くしていくと、ゲルの様相は、ガラス状のクラスター、不均一でスカスカなネットワーク構造体、そして一様な弾性体へと移り変わっていきます。特に巨視スケールにおいて一様な弾性体に収束する点は、ガラスとは対照的な振る舞いです。本研究は、同じ不規則系であっても、密度が異なるガラスとゲルでは本質的に違った振る舞いを示すことを明らかにしました。不規則系にはガラスやゲル以外にも、粒子間相互作用でエネルギー散逸が発生する粉体、粒子がアクティブ力によって駆動される生体系など、多種多様な系が存在します。これら不規則系の理解を包括的かつ統一的に理解することが、不規則系の研究が目指すところとなります。その一歩として、高密度不規則系のガラスと、低密度不規則系のゲルを同じ理論的枠組みで統一的に記述できるよう研究が進行しています。

 本成果は2021年12月21日(米国東部時間)に米国物理学協会発行の学術雑誌『The Journal of Chemical Physics』のオンライン版で公開されました。

 なお、本研究は、科学研究費補助金・若手研究(研究代表者:水野 英如)、基盤研究(B)(研究代表者:池田 昌司)、基盤研究(S)(研究代表者:鹿野田 一司)、基盤研究(B)(研究代表者:吉野 元)、基盤研究(A)(研究代表者:宮崎 州正)の支援を受けて行われました。

用語解説

(注1)コンピュータシミュレーション
本研究では、「分子シミュレーション」と呼ばれるコンピュータシミュレーションを実施した。微視的にみると、物質は多数の分子から構成されている。分子シミュレーションは、計算機上で物質を構成する分子一つ一つの運動を運動方程式によって解析することによって、物質全体の物性・性質を微視的な立場から調べる手法である。

(注2)連続体極限
連続体極限とは、私達が日常生活で感じる巨視スケール、例えばミリメートルのスケールを指す。この巨視スケールに対して、分子の世界のスケール、例えばナノメートルのスケールを微視スケールという。微視スケールでは、物質が多数の分子から構成されていることがみえる。一方で、巨視スケールでは分子がみえることはなく、物質は“連続的”に構成されているようにみえる。そのため、巨視スケールを「連続体極限」と呼ぶ。

(注3)不規則系
分子が不規則な状態で固まっている系を「不規則系」と呼ぶ。不規則系以外にも、ガラス系、ランダム系とも呼ばれる。不規則系には、分子が高密度な状態でギュウギュウに詰まった「ガラス」、分子が低密度なスカスカな状態で固まった「ゲル」、粒子間相互作用にエネルギー散逸が発生する「粉体」、粒子がアクティブ力によって駆動される「生体系」など、多種多様な系が存在する。

(注4)局在振動モード
局在振動モードとは、高密度不規則系のガラスにみられる分子振動のモード(パターン)であり、ガラス中のある一部の分子が大きく振動する一方で、その他大部分の分子はほとんど振動しないモードである。そのような振動は空間的に局在して発生するので、「局在振動モード」と呼ばれる。

論文情報

Hideyuki Mizuno*, Makoto Hachiya, Atsushi Ikeda, "Structural, mechanical, and vibrational properties of particulate physical gels," The Journal of Chemical Physics: 2021年12月21日, doi:10.1063/5.0072863.
論文へのリンク (掲載誌別ウィンドウで開く)

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