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脳の状態を制御する際に必要な「コスト」を定量化する新しい手法を提案研究成果

掲載日:2023年1月12日

東京大学
株式会社アラヤ

発表者

神谷 俊輔(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 博士課程)
笹井 俊太朗(株式会社アラヤ 取締役CRO兼 研究開発部部長)
大泉 匡史(東京大学 大学院総合文化研究科 広域科学専攻 准教授)

発表のポイント

  • 脳がある状態から別の状態に移り変わるのに必要な制御のコストを定量化し、最も効率的な制御入力を求める方法を提案した。提案手法を、人間が様々な認知タスクを行っている最中のfMRIデータに適用し、脳状態の制御に貢献する脳領野を同定した。
  • 本研究での制御コスト定量化法は、従来の方法では無視されていた脳活動のノイズの影響を考慮に入れて制御コストを評価できる初めての手法である。
  • 脳がある状態から別の状態に移り変わる際の制御コストを定量化することで、様々な認知タスクが人間にどれくらいの負荷を与えるか、精神的疲労などを定量的に評価することができるようになる可能性がある。

発表概要

 東京大学大学院総合文化研究科の神谷俊輔 大学院生、大泉匡史 准教授、株式会社アラヤの笹井俊太朗 取締役CRO兼研究開発部部長らは、脳活動の状態遷移を制御する際に必要な制御コストを定量化する新たな数理的手法を提案しました。

 私たちは日々、多種多様な認知や行動を行うことができます。なぜ脳は様々な認知や行動を実現することが可能なのでしょうか?この問いを脳の「制御」という観点から解釈すると、脳は自らの状態を適切に制御して、様々な状態に切り替えることが可能であるからと言えます。ある状態から別の状態への状態遷移の制御にどの程度の「コスト」が必要かを定量化すること、あるいは、状態遷移の制御に重要な役割を果たす脳部位を同定することは、脳がどのように認知や行動を実現しているかを理解する上で重要と考えられます。

 これまでも、脳の状態遷移の制御コストを定量化する研究はありましたが、脳活動はノイズを含み確率的な振る舞いをする事実を考えていなかったことが問題でした。本研究では、脳活動の確率的な振る舞いを考慮して制御コストを定量化する、新たな手法を提案しました。提案手法を、人間が様々な認知タスクを行っている最中のfMRIデータに適用し、脳状態の制御に貢献する脳領野を同定しました。

 「脳がある状態から別の状態に移り変わる制御の難しさ」を定量化する本研究を足がかりに、今後、人間が様々な認知タスクを実行する上での負荷や精神的疲労、あるいは精神病など、一見全く異なる現象に、制御という統一的観点から新しい理解を与える可能性があります。また本研究は、脳に外部入力を与えることで、ある目的の状態に遷移させることを目指す研究にも理論的な基盤を与えるものです。

 本研究成果は、2023年1月11日に米国科学誌「The Journal of Neuroscience」に掲載されました。
 本研究は、JSPS科研費(JP22J23428, JP18H02713, JP20H05712)、JST ムーンショット型研究開発事業JPMJMS2012、JST CREST JPMJCR1864の支援により実施されました。

 
本研究の概観。脳は時刻0のときにある確率分布0に従う状態にあるとします(左下青)。制御のないダイナミクス(青)では脳は確率分布π0 に居続けますが、制御されたダイナミクス(金色)では、脳は時刻Tである確率分布πT に遷移します。そして、このふたつの確率過程から決定される確率分布がどのくらい近いかを、確率分布の間の距離であるKLダイバージェンスで定量化します。このKLダイバージェンスの最小値を、青で表された状態から金で表された状態への遷移コストと定義します。
 

発表詳細

大学院総合文化研究科のページからご覧ください。

プロジェクトマネージャーコメント

 脳状態遷移コスト(制御コスト)から脳を見るという視点が斬新で、理論的な発展性のある研究となっている。また、数理的研究アプローチではあるが、そこから精神的疲労など定量的な評価を行える可能性を本研究が有している展望が、確かなサイエンスに基づいて人類が抱える課題を解決した未来を切り開いていくという点でまさにムーンショットらしい研究である。今回はfMRIを用いて実験したデータを活用して研究をしているが、今後は同じプロジェクトの中で研究されている非侵襲型BMIなど簡易的に計測した脳波を用いるアプローチなどで、さらにこの研究が発展していくことを期待している。

ムーンショット型研究開発事業 目標1
金井プロジェクト(身体的能力と知覚能力の拡張による身体の制約からの解放)
プロジェクトマネージャー 金井 良太

論文情報

Shunsuke Kamiya, Genji Kawakita, Shuntaro Sasai, Jun Kitazono, Masafumi Oizumi*, "Optimal Control Costs of Brain State Transitions in Linear Stochastic Systems," The Journal of Neuroscience: 2023年1月11日, doi:10.1523/JNEUROSCI.1053-22.2022.
論文へのリンク (掲載誌別ウィンドウで開く)

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