紙一重で菌は植物の敵にも味方にもなる ――糸状菌の共生と寄生、対照的な戦略を分かつ分子機構の発見――研究成果
科学技術振興機構(JST)
発表のポイント
- 植物に定着する糸状菌の共生から寄生への感染戦略の切り替えに必要な菌二次代謝物生合成遺伝子クラスターを明らかにしました。
- たった一つの菌遺伝子クラスターが共生から寄生への移り変わりを支えていることを発見したものであり、寄生菌と共生菌の違いが実は紙一重であることを示しています。
- 微生物そのものは殺さず、植物にとって悪い行動の元になる菌因子の活性だけを抑える防除法の開発につながることが期待されます。
発表概要
東京大学大学院総合文化研究科の晝間敬准教授と、同大学院新領域創成科学研究科の岩崎渉教授、同大学院農学生命研究科の田野井慶太朗教授、大森良弘准教授、北海道大学大学院理学研究院の南篤志准教授、理化学研究所環境資源科学研究センターの岡本昌憲チームリーダー、薬用植物資源研究センターの佐藤豊三客員研究員、奈良先端科学技術大学院大学の西條雄介教授らによる研究グループは、植物に定着する内生糸状菌(カビ)が有する一つの菌二次代謝物生合成遺伝子クラスターが共生から寄生への多彩かつ連続的な菌の感染戦略を支えていることを明らかにしました。
植物と相互作用する糸状菌は植物に病気を引き起こす寄生菌や、植物成長を促進する共生菌など実に多様です。しかし、一見対照的な性質を示す寄生や共生の違いを説明する分子基盤は明らかではありませんでした。今回、本研究グループは、同種の糸状菌が同一植物に対して、ある菌株は共生性、別の菌株は寄生性を示すことを発見しました。また、両菌株がそれぞれ感染している植物根での比較トランスクリプトーム解析の結果から、寄生型株のみが感染中にテルペンの一種の二次代謝物を合成する菌遺伝子クラスターを活性化して、それが寄生型株の宿主根への感染および植物成長阻害に必要であることを発見しました。さらに、本遺伝子クラスターの活性化状態は周囲の温度環境の軽微な変動によっても影響を受け、22℃から26℃に変化した際にはクラスターの活性が消失し、それに伴い可溶性リンが枯渇した環境下で寄生型株が植物成長を促す共生型へと変貌することを見出しました。
最後に、寄生型株の該当クラスターを破壊した菌変異体を作出して植物に接種したところ、共生型株と同等レベルで植物成長を促すことを発見しました。これらの結果から、一つの菌遺伝子クラスターの活性化状態が一日の中での温度変化などの微細な環境変動で変化し、それが微生物の共生から寄生、寄生から共生への対照的な方向性の移り変わりを支えていることが考えられます。興味深いことに、共生型株も本遺伝子クラスターを保持しているものの全く発現が誘導されませんでした。
今後、本遺伝子クラスターの制御機構をさらに突き詰め、クラスターの活性化を制御する技術を開発することで、寄生菌の悪い行動だけを抑えつつ、共生菌の効用を最適化する技術の開発にもつながっていくことが期待されます。
本研究成果は、2023年9月6日(英国夏時間)に英国科学誌「Nature Communications」に掲載されました。
発表詳細
大学院総合文化研究科のページからご覧ください。
発表者
青木 誠志郎(客員共同研究員)
論文情報
Kei Hiruma*, Seishiro Aoki, Junya Takino, Takeshi Higa, Yuniar Devi Utami, Akito Shiina, Masanori Okamoto, Masami Nakamura, Nanami Kawamura, Yoshihiro Ohmori, Ryohei Sugita, Keitaro Tanoi, Toyozo Sato, Hideaki Oikawa, Atsushi Minami, Wataru Iwasaki, Yusuke Saijo, "A fungal sesquiterpene biosynthesis gene cluster critical for mutualist-pathogen transition in Colletotrichum tofieldiae," Nature Communications: 2023年9月6日, doi:10.1038/s41467-023-40867-w.
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