創発非可換ゲージ場によるマグノン熱ホール効果の観測に成功――絶縁体が示す輸送現象に新たな光――研究成果
2024年1月23日
東京大学
発表のポイント
- スピネル化合物MnSc2S4の反強磁性スキルミオン相において、その複雑な磁気構造に由来する「創発非可換ゲージ場」からマグノン熱ホール効果(熱流が磁場によって曲げられる現象)が現れることを理論と実験の両面から明らかにしました。
- これまで熱ホール効果の主要因は、通常の磁場と同じ性質を持つ創発型のU(1)ゲージ場と考えられていました。今回、新たなSU(3)と呼ばれる創発ゲージ場が、非可換性という量子力学的な性質を示して絡み合うことによって磁気的なキャリアの軌道を曲げる機構を明らかにしました。
- これまで熱ホール効果が現れないと考えられていた多くの物質群においても新たな機構のもとで熱ホール効果が実現する可能性を指摘し、物質科学における磁気構造のトポロジー効果の解明や磁性を用いた熱流の制御の実現にもつながると期待されます。
発表概要
東京大学物性研究所の武田晃助教、山下穣准教授、Technical University of Munichの川野雅敬研究員(研究当時:東京大学大学院総合文化研究科)、東京大学大学院総合文化研究科の堀田知佐教授らの研究グループは、京都大学大学院工学研究科、大阪大学大学院理学研究科の研究グループと共同で、スピネル化合物絶縁体MnSc2S4の反強磁性スキルミオン相(注1)におけるマグノン熱ホール効果(注2,3)の観測に初めて成功し、その起源が創発非可換SU(3)ゲージ場(注4)と呼ばれるこれまで直接観測されたことのない創発磁場(注5)であることを明らかにしました。
本研究成果は、従来の研究で考慮されていなかった物質においてもマグノン熱ホール効果が実現する可能性を示唆しています。熱を運ぶ磁気的なキャリアを制御する新たな機構の一端を明らかにしたことによって、今後の熱輸送の研究の発展や物性の開拓につながることが期待されます。
本研究成果は、2024年1月23日(英国時間)に英国科学雑誌「Nature Communications」オンライン版に掲載されました。
発表詳細
大学院総合文化研究科のページからご覧ください。
用語説明
(注1)強磁性・反強磁性スキルミオン構造、スキルミオン相
強磁性・反強磁性スキルミオンが周期的に配列した構造、およびそのような構造が実現する物質相のこと。スキルミオンとはスピンが渦状に配列した構造です。強磁性スキルミオンではスピンの向きが空間的に緩やかに変化しています。一方で反強磁性スキルミオンでは、局所的にはスピンはなるべく反対方向を向くように配列します(反強磁性秩序)。もとの格子を副格子と呼ばれるグループに分けると、各副格子上では強磁性スキルミオンが実現しています。
(注2)マグノン
磁性体中のスピン(ミクロな磁石)のゆらぎを表す仮想的な量子力学的粒子。マグノンは絶縁体中を伝搬することができ、熱やスピンを運びます。
(注3)熱ホール効果
温度勾配と垂直方向に流れる熱流。熱流の曲がり具合を表します。
(注4)可換・非可換ゲージ場
ここでは創発磁場を表すポテンシャルを指します。可換ゲージ場は複素数で表されます。そのため2つのゲージ場同士は交換しても値が変わりません。U(1)ゲージ場は可換ゲージ場です。一方で非可換ゲージ場は行列で表されます。行列は一般に交換すると値が変わるため非可換と呼ばれています。SU(3)ゲージ場は3x3の行列で表される非可換ゲージ場です。
(注5)創発磁場
物質内にあるスピン間相互作用や磁気構造から生じる仮想的な磁場。マグノンは電荷をもたないため外部磁場由来のローレンツ力を受けませんが、仮想磁場由来の力は受けます。
論文情報
Hikaru Takeda*, Masataka Kawano*, Kyo Tamura, Masatoshi Akazawa, Jian Yan, Takeshi Waki, Hiroyuki Nakamura, Kazuki Sato, Yasuo Narumi, Masayuki Hagiwara, Minoru Yamashita, and Chisa Hotta, "Magnon thermal Hall effect via emergent SU(3) flux on the antiferromagnetic skyrmion lattice," Nature Communications: 2024年1月23日, doi:10.1038/s41467-024-44793-3.
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