物質から生命への進化を可能にしたカギは寄生体との共進化か研究成果
掲載日:2020年7月21日
フランス国立科学研究センターの古林太郎博士研究員、東京大学大学院総合文化研究科附属先進科学研究機構/同研究科 広域科学専攻/生物普遍性研究機構*の市橋伯一教授らは、ただの物質の集まりであるRNAの自己複製システム(注1)を試験管内で多様な系統へと自発進化させることに成功しました。
生命が生まれる前の時代には、RNAや短いタンパク質などの分子からなる、分子の自己複製システム(例えばRNAワールドにおける自己複製RNAなど)が存在し、それらが進化することで現在のような多様で複雑な生物界が作り上げられたと想像されています。しかし、これまでの分子の自己複製システムでは進化(注2)がすぐに止まり、生命に近づいていく様子は観察されませんでした。本研究では、独自に開発したRNAの自己複製システムを原始生命体のモデルとして用いて、実験室で約300世代に及ぶ長期の進化実験を行いました。その結果、これまで見られたことのない進化現象を観察することに成功しました。まず、元のRNA(宿主RNAと呼ぶ)に依存して増える寄生型のRNA(寄生体RNAと呼ぶ)がRNAの組み換え(注3)により自然発生しました。そしてこの寄生体RNAと元の宿主RNAは、互いに対する耐性を次々に獲得していきました。この進化的軍拡競争(注4)と呼ばれる現象の結果、宿主RNAと寄生体RNAの双方が止まることなく進化を続け多様な種類へと分化することが発見されました。
これまでウイルスなどの寄生体と宿主生物との共進化は、生物進化における重要な駆動力のひとつだと考えられてきましたが、本研究成果は、その起源が生命誕生前までさかのぼる可能性を示しています。寄生体との共進化が、物質から生命への進化を可能にしたカギだったのではないかと発表者らは考えています。
用語解説:
注1: RNAの自己複製システム
RNAとはリボ核酸(ribonucleic acid)の略称で、DNAと同様に遺伝子の情報を記録します。本研究で用いたRNAは、RNA複製酵素の遺伝子をコードしています。RNAからこの遺伝子が翻訳され、RNA複製酵素が生成され、元のRNAが複製されることになります。このRNAの翻訳と複製反応は、無細胞翻訳反応液さえ供給されれば何世代でも続きます。複製時には一定の確率で突然変異も起きるため、複製過程で元のRNAより早く増加する変異型RNAが生まれることがあれば、RNAは子孫を多く残し集団を占めるようになります。すなわちRNA集団は進化するのです。
注2: 進化
進化は分野毎にいろいろな意味で使われます。ここでは進化生物学的な定義に基づいて「RNA集団の遺伝的組成が変化すること」という意味で用いています。例えば、あるRNAに突然変異が入り元のRNAよりも早い増加が可能になった場合、RNA集団の中でその変異体の割合が増加します。このような現象を私たちは進化と呼んでいます。一般的にイメージする生物の進化は、魚に足が生え両生類となるといった形態的な変化ですが、これも突き詰めていけば形態に関わる遺伝子のなんらかの変異が集団内に広まることに起因します。この研究が見ているものと本質的には変わらず、ただ見え方が違うだけなのです。
注3: RNAの組み換え
RNAは長い鎖状の構造を有します。低頻度ではありますが、ときどき分子間や分子内でこの鎖のつなぎ変えが起こります。このことをRNAの組み換えと呼びます。もし宿主RNAが自分の中でRNA組み換えを起こすと、元々持っていたRNA複製酵素遺伝子部分を欠落させてしまうことがあります。この欠落により寄生体RNAが生まれるのです。今回行った進化実験では108個もの大量の宿主RNA分子を扱ったため、低頻度ではありますが、遺伝子部分を欠落した寄生体RNAがすぐに出現することになります。
注4: 進化的軍拡競争
2種類の生物が対立関係にある場合、互いが相手に対して強くなるような進化を交互に繰り返すことを指します。例えば、ウイルスに対して宿主が耐性を進化させ、それに対してウイルスが耐性をかいくぐるような進化が続くような場合です。共進化現象のひとつだとみなされています。
*2020年7月29日更新:市橋伯一教授の所属を「普遍性生物学機構」と表記しておりましたが、正しくは「生物普遍性研究機構」ですので、当該部分を訂正致しました。深くお詫び申し上げます。
生命が生まれる前の時代には、RNAや短いタンパク質などの分子からなる、分子の自己複製システム(例えばRNAワールドにおける自己複製RNAなど)が存在し、それらが進化することで現在のような多様で複雑な生物界が作り上げられたと想像されています。しかし、これまでの分子の自己複製システムでは進化(注2)がすぐに止まり、生命に近づいていく様子は観察されませんでした。本研究では、独自に開発したRNAの自己複製システムを原始生命体のモデルとして用いて、実験室で約300世代に及ぶ長期の進化実験を行いました。その結果、これまで見られたことのない進化現象を観察することに成功しました。まず、元のRNA(宿主RNAと呼ぶ)に依存して増える寄生型のRNA(寄生体RNAと呼ぶ)がRNAの組み換え(注3)により自然発生しました。そしてこの寄生体RNAと元の宿主RNAは、互いに対する耐性を次々に獲得していきました。この進化的軍拡競争(注4)と呼ばれる現象の結果、宿主RNAと寄生体RNAの双方が止まることなく進化を続け多様な種類へと分化することが発見されました。
これまでウイルスなどの寄生体と宿主生物との共進化は、生物進化における重要な駆動力のひとつだと考えられてきましたが、本研究成果は、その起源が生命誕生前までさかのぼる可能性を示しています。寄生体との共進化が、物質から生命への進化を可能にしたカギだったのではないかと発表者らは考えています。
用語解説:
注1: RNAの自己複製システム
RNAとはリボ核酸(ribonucleic acid)の略称で、DNAと同様に遺伝子の情報を記録します。本研究で用いたRNAは、RNA複製酵素の遺伝子をコードしています。RNAからこの遺伝子が翻訳され、RNA複製酵素が生成され、元のRNAが複製されることになります。このRNAの翻訳と複製反応は、無細胞翻訳反応液さえ供給されれば何世代でも続きます。複製時には一定の確率で突然変異も起きるため、複製過程で元のRNAより早く増加する変異型RNAが生まれることがあれば、RNAは子孫を多く残し集団を占めるようになります。すなわちRNA集団は進化するのです。
注2: 進化
進化は分野毎にいろいろな意味で使われます。ここでは進化生物学的な定義に基づいて「RNA集団の遺伝的組成が変化すること」という意味で用いています。例えば、あるRNAに突然変異が入り元のRNAよりも早い増加が可能になった場合、RNA集団の中でその変異体の割合が増加します。このような現象を私たちは進化と呼んでいます。一般的にイメージする生物の進化は、魚に足が生え両生類となるといった形態的な変化ですが、これも突き詰めていけば形態に関わる遺伝子のなんらかの変異が集団内に広まることに起因します。この研究が見ているものと本質的には変わらず、ただ見え方が違うだけなのです。
注3: RNAの組み換え
RNAは長い鎖状の構造を有します。低頻度ではありますが、ときどき分子間や分子内でこの鎖のつなぎ変えが起こります。このことをRNAの組み換えと呼びます。もし宿主RNAが自分の中でRNA組み換えを起こすと、元々持っていたRNA複製酵素遺伝子部分を欠落させてしまうことがあります。この欠落により寄生体RNAが生まれるのです。今回行った進化実験では108個もの大量の宿主RNA分子を扱ったため、低頻度ではありますが、遺伝子部分を欠落した寄生体RNAがすぐに出現することになります。
注4: 進化的軍拡競争
2種類の生物が対立関係にある場合、互いが相手に対して強くなるような進化を交互に繰り返すことを指します。例えば、ウイルスに対して宿主が耐性を進化させ、それに対してウイルスが耐性をかいくぐるような進化が続くような場合です。共進化現象のひとつだとみなされています。
*2020年7月29日更新:市橋伯一教授の所属を「普遍性生物学機構」と表記しておりましたが、正しくは「生物普遍性研究機構」ですので、当該部分を訂正致しました。深くお詫び申し上げます。
- 詳しい内容はこちら(PDF)
- 東京大学 市橋研究室
- 東京大学大学院総合文化研究科広域科学専攻生命環境科学系
- 東京大学大学院総合文化研究科先進科学研究機構
- 東京大学生物普遍性研究機構
- 東京大学大学院総合文化研究科・教養学部
論文情報
Taro Furubayashi, Kensuke Ueda, Yohsuke Bansho, Daisuke Motooka, Shota Nakamura, Ryo Mizuuchi, Norikazu Ichihashi*, "Emergence and diversification of a host-parasite RNA ecosystem through Darwinian evolution," eLIFE, doi:10.7554/eLife.56038.
論文へのリンク (掲載誌)