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働く人の「セルフデザイン力」を育てるモニタリングシステムの実装へ: 心身の状態への気づきと主体的な働き方を支援するポストコロナ時代の健康経営 研究成果

掲載日:2021年3月22日

1.発表者
下山 晴彦(東京大学大学院教育学研究科 総合教育科学専攻 臨床心理学コース 教授)
 
2.発表のポイント:
◆ コロナ禍でリモートワーク化が進み、仕事と生活の境界が曖昧になり、両者の切り替えが難しくなっている現在、会社主体の従業員管理が有効ではないことを明らかにした。
◆ 社員が自らの心身の状態をモニタリングし、自己の働き方を主体的にデザインする「セルフデザイン力」が、仕事と生活の切り替えを円滑にし、生産性の低下を予防することを示した。
◆ 社員のセルフデザイン力を支援するサービスを開発し、管理的側面の強い医療モデルから、働く人の主体性を育む成長モデルに基づく革新的な健康経営への構造転換を提案する。
 
3.発表概要
 心身の健康上の問題により就業中の生産性が低下してしまう「プレゼンティズム」の問題が大きな社会課題となっている。リモートワーク化が進むポストコロナ社会では、仕事と生活の切り替えが難しくなり、生産性の維持が一層課題となっている。東京大学大学院教育学研究科(研究科長:秋田喜代美)の下山研究室は、仕事と生活の切り替えを的確に行う要因を明らかにする調査研究を実施した。その結果、日本型組織において主流な会社主体の従業員の管理ではなく、社員自身が自らの働き方を主体的に工夫する「セルフデザイン力」が、境界の曖昧化が進む仕事と生活の切り替えを円滑化し、生産性低下を予防することを明らかにした。
 以上の研究成果から、下山研究室は、健康経営サービスの提供を行ってきたパーソルワークスデザイン株式会社(本社:東京都豊島区)と共同で、心身の状態や仕事への取り組み方を継続的にモニタリングし、社員自身の主体的なセルフデザイン力を育成するサービスを開発した。セルフデザイン力のさらなる動機づけと促進には、アバターを用いた自己語りを活用する。本サービスは、医療モデルによる健康管理ではなく、社員の主体性を育む成長モデルによる健康経営への革新的な構造転換を提案する。
 
  • 4.発表内容
  • [1] 研究の背景
  •  日本の産業界では、心身の健康上の問題により就業中の生産性が低下する「プレゼンティズム」の問題が指摘されている。厚生労働省保健局の『コラボヘルスガイドライン』によると、プレゼンティズムによる経済的損失は、1人あたり年間50~70万円とも言われ、改善と予防のため従業員の満足度や生産性の向上をめざす『働き方改革』が推進されてきた。その最中、新型コロナウイルス感染症の蔓延からリモートワークへの移行が急務となり、仕事と生活の切り替えの困難などの新たな心理的ストレスが発生している。従業員の心身の状態が把握しづらくなる環境では、日本の企業で一般的な中央集権的な管理体制が、立ち行かなくなる。コロナ禍がもたらす社会構造の転換に適応し、いかに組織の生産性を維持していくかが、喫緊の課題となっている。
  •  下山研究室は、メンタルヘルスの問題をもつ社員が心理相談につながらないサービス・ギャップの解消をテーマとしてICTを活用した実践的な研究を行ってきた。社員の来談を待つのではなく、ICTを用いて社員に積極的に働きかけ、こころの健康増進に向けた適切なアウトリーチ活動を実行するための方法論開発を目的として本研究を実施した。
 
  • [2] 研究の内容
  •  コロナ禍以降にリモートワークを経験した2群(週1~2回の低頻度群、週3~4回の高頻度群)を対象に質問紙調査を行った。調査には、仕事と生活の切り替えの難しさやパフォーマンスの低下などの、リモートワークに伴う心理的問題を測定する質問項目、および普段の働き方に関する質問項目を使用した。統計分析の結果、日本型の組織体制の中心を担ってきた会社による従業員管理ではなく、社員一人一人が心身の状態をモニタリングし、自らの働き方を主体的にデザインする「セルフデザイン力」こそが、仕事と生活の上手な切り替えを促し、生産性の低下を予防する効果を持つことが示された。さらに、リモートワークの頻度が増加するほど、セルフデザイン力がより重要になることが明らかとなった。
  •  以上の結果から、ポストコロナ時代の働き方においては、従来の中央集権的な従業員管理から脱却し、社員が自分の心身の状態に関心をもち、自分の問題を自らケアしていく主体性を育むことが求められていると言える。
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  • [3] 新しい健康経営サービスの社会実装を開始
  •  セルフデザイン力を促進するために、社員が自己の心身の状態に気づく環境を提供することが必要となる。下山研究室は、健康経営サービスを行ってきたパーソルワークスデザイン株式会社(本社:東京都豊島区)と共同で、セルフデザイン力を育む「セルフモニタリング」システムの開発を行なった。テーマが設定されたサーベイを一週間に1度実施し、自分のコンディションの見える化を行う。さらに、コンディションに基づいた専門的なフィードバックを通じて、働き方を自己調整する主体性を育てていく。自分に意識を向けることが少ない日本人の文化特性に寄り添って、答えやすいテーマからサーベイを行う。
  •  本サービスは、ストレスチェック制度の限界を越える革新的なサービスになる。従来、ストレスチェックは、不調者の早期発見と職場環境の改善という管理的側面が強い「医療モデル」に基づくものであった。管理に対する懸念から回答が歪みやすいことや、専門的な相談につながりづらいことが課題となっていた。対して、今回の「セルフモニタリング」システムは、社員の主体性を育む「成長モデル」に基づくものである。働く人が会社の管理から離れ、自己のこころの健康維持のために心身の状態に主体的な関心を向け、必要に応じて自発的に心理相談につながれるサポート環境を提供する。
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  • [4] 今後のサービス展開と展望
  •  本研究で開発した「セルフモニタリング」システムは、社内で展開される素顔を隠して利用できるアバター心理相談システム(https://www.u-tokyo.ac.jp/focus/ja/press/z0110_00054.html)と統合して運用される見込みである。セルフモニタリングのフィードバックでは、自ら取り組める生活の工夫を提案し、社員が任意でアクセスできるアバター心理相談システムを提供する。これにより、心身の不調や自分の働き方についての気づきについて、必要に応じて専門家と気軽に話し合うことが可能となる(図)。
  •  平成30年の厚生労働省の報告によると、心理相談を利用する社員は1%に留まっている。しかし、社員一人一人が自分の健康関連情報にアクセスするとともに、自分自身について安心して話せる場を保障されることで、専門相談に至るまでのギャップを縮小することが期待できる。本サービスは、働く人が自分の状態に気づき、主体的に対処する力、さらに、仕事と生活のあり方を問い、自ら組み立てながら働く風土を育てることをめざし、ウィズコロナ・ポストコロナ社会における健康経営の構造転換を提案する。
 
  • 5.問い合わせ先: 
  • (モニタリングシステムに関するお問い合わせ)
  • 東京大学大学院教育学研究科
  • 特任助教 北原 祐理(きたはら ゆうり)
  • 電話:03-5841-8068
  • Mail:ykitahara@g.ecc.u-tokyo.ac.jp
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  • (サービス内容全般に関するお問い合わせ)
  • パーソルワークデザイン株式会社
  • 総務部 広報担当
  • 電話:03-6907-4481
  • Mail:pwd-pr@persol.co.jp
 
6.添付資料: 

図1.本研究により提案された健康経営モデルの転換
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