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子どもの安心感を育成する心理教育プログラム「安心GET」の絵本開発 ―最新の認知行動療法を子どもたちに届けるために― 研究成果

掲載日:2021年6月7日

1. 発表者:
下山 晴彦(東京大学大学院教育学研究科 総合教育科学専攻 臨床心理学コース 教授)

2. 発表のポイント:
◆日本の小学生においては、不安に対処する能力(コンピテンシー)として、不安のセルフコントロールだけでなく、共感、表現、受容などの特有の因子があることを明らかにした。
◆海外のトラウマ回復支援ツール「Teaching Recovery Techniques」を基に、不安を分かち合いながら安心感を育成する日本の子ども用心理教育プログラム「安心GET」を開発した。
◆小学校高学年に対する「安心GET」プログラムの有効性を確認したうえで、幼児及び小学校低学年と、その親の安心感を支援するための「あんしんゲット!」絵本シリーズを開発した。

3. 発表概要:
 1年以上に亘るコロナ禍での生活環境によって子どものメンタルヘルスへの影響が深刻な状況になっている。大人の不安は子どもに影響を与えると同時に、子どもの不安行動が親の不安や怒りを増大させて親子関係の悪化を招く悪循環が生じ、結果として親による子どもへの虐待が増加している。
  東京大学大学院教育学研究科の下山研究室では、最新の認知行動療法の理論と方法に基づき、日本の小学校高学年の子どもが不安対処の方法を身につけることを支援する「安心GET」プログラムを開発した。特徴的なのは、西洋で主流となる不安のセルフコントロールだけでなく、不安の分かち合いやそれによる受容、安心感の育成をめざす点である。
  このプログラムの効果研究を行ったところ、不安に対処する能力(コンピテンシー)やレジリエンスに対する有効性が確認できた。そこで小学生高学年を対象とする本プログラム内容を、虐待などが生じやすい幼児期や小学校低学年の子どもと、その保護者の不安対処の支援に活かすため、プログラムの基本要素をストーリーに組み込み、子どもと親が日常生活で楽しみながら安心感を得るための絵本シリーズ「あんしんゲット!」を開発した。

4. 発表内容:
 [1]研究の背景
 2011年の東日本大震災において、多くの子どもは心理的トラウマを経験し、そこからの回復が重要なテーマとなった。そこで、下山研究室では、子どものトラウマ体験から回復を支援する国際的NPOのChildren & War Foundation(注1)の協力を得て、同組織のトラウマ回復支援ツール「Teaching Recovery Techniques(以下、TRT)」(注2)の日本語版を作成し、被災地の子どもたちに実施した。しかし、日本の子どもや保護者では、不安に直面し、それを乗り越えることを基本とするTRTでは逆に不安が喚起され、対応できないことが明らかとなった。これは、個人の能動的なセルフコントロールをめざす欧米の予防モデルが、日本に必ずしも適用できないことを示す。欧米では感情を個人内に由来するものと捉え、セルフコントロールが強調されるが、日本を含む東洋文化圏では、感情を相互関係の中で生じるものと捉えるため、対処のしかたが異なる可能性がある。そこで、不安に直面しセルフコントロールを促すだけでなく、不安に気づきながら受容し、相互に分かち合って安心を得ることをめざす心理教育プログラムの開発をすることとした。プログラムの開発に際しては、TRTと同様に認知行動療法の技法を基本としながらも、日本の教育現場に即し、子どもの置かれた環境を考慮して、学校の授業で教員も実施できるように映像教材を用いることとし、名称を「安心GET」プログラムとした。本研究では、開発したプログラムを小学校で実施し、不安を集団で調整する予防モデルの有効性を検討したうえで、心理教育の展開可能性を吟味した。

 [2]研究の内容
 「安心GET」プログラムの効果検討にあたり、まず、従来のセルフコントロールでは捉えきれない「不安コンピテンシー」に注目し、因子を抽出した。日本文化に適した自他の不安感情への気づき、受容、分かち合いを含む項目を独自に作成し、小学4~6年生と中学1~3年生に質問紙調査を実施した。その結果、「不安コンピテンシー」として、6因子(「共感」「モニタリング」「表現」「コントロール」「敏感さ」「受容」)が抽出された。さらに、相互独立性(自己を他者から分離した独自の存在であると捉える文化観)が高い群は「コントロール」「受容」が高く、相互協調性(自己を他者と結びついた人間関係の一部として捉える文化観)が高い群は、「モニタリング」「敏感さ」が高かった。つまり、相互協調的な個人では、自分や他者の不安に敏感に気づく傾向が高く、日本の子どもに多く見られる特徴を加味した心理教育を作成する意義が示された。
 続いて、「安心GET」プログラムを小学5・6年生77名に実施し、「不安コンピテンシー」やレジリエンスの変化を検討した。3時点の得点変化を追った結果、実施前と比較し、実施後からフォローアップ期間にかけて、不安の「モニタリング」「表現」「コントロール」「受容」及びレジリエンスが向上した。また、最も人数の多い相互協調性群では、不安の「コントロール」が向上傾向にあり、心理教育によって、元々もつ不安への向き合い方とは異なる新たな対処の方法を獲得したことが示唆された。「安心GET」プログラムのコンセプトは子どもにとって有益なことが明らかとなり、同プログラムでカバーできない幼児期や小学校低学年を対象とした展開が見込めると考えられた。

 [3]研究の成果:絵本への発展
 親子で不安を抱えきれずに虐待などに至る悪循環が最も生じやすいのは幼児期や小学校低学年である。その点で不安への対処サポートが最も必要とされるのは、幼児期や小学校低学年の子どもとその保護者である。そこで、「安心GET」プログラムの研究成果の発展として、主に幼児期から小学校低学年に向けて、日常生活の不安や困りごとに親子で安全に対処することを助ける絵本シリーズを開発することとした。「あんしんゲット!」絵本シリーズの制作にあたっては、「安心GET」プログラムで採用されている最新の認知行動療法の技法を骨子としてストーリーを作成した。ストーリー作成は、「安心GET」プログラムの開発者であり、子どもの認知行動療法の専門家である松丸未来氏(東京認知行動療法センター/小学校スクールカウンセラー)が担当した。絵本制作にあたっては、一般財団法人東京大学出版会と株式会社ほるぷ出版(本社:東京都千代田区)の協力を得て、5名の絵本作家が各一冊を担当する体制とした。
  絵本のコンセプトは、どのような家族でも経験する日常をテーマとし、子どもにとっても大人にとっても親しみやすく、安心感を得ることができる絵本とすることとした。また、絵本の目的としては、物語世界を通して、不安な現実の中で安心感を得る方法、さらには子どもと大人の信頼関係の重要性を学ぶことができ、家族だけでなく、学校での心理教育授業や心理支援の教材として活用できるものとした。そのために巻末には用いられている認知行動療法の技法を解説付きで示すこととした(注3)。
 本シリーズは、子ども自身が絵本の主人公に自らを重ね、気持ちとの付き合いを学ぶとともに、周囲の大人も気持ちを受け止めながら具体的な対処方法を考えるための一助となることが期待される。


図.「あんしんゲット!」絵本シリーズ5冊と活用している認知行動療法技法

4.参照・解説
(注1)https://www.childrenandwar.org

(注2)TRTは、子どものTF-CBTの専門家が集結したノルウェーのNPO法人Children and War Foundation(CAW)によって開発された認知行動療法(CBT)の技法を活かした集団トラウマ予防プログラム(トラウマ反応の長期化・悪化を防ぎ、子ども達の自己回復力を引き出しながら、後の治療の必要性を軽減させるもの)である。

(注3)下記のホームページから、絵本の概要に関する動画を視聴可能:
http://www.p.u-tokyo.ac.jp/shimoyama/07news.html

5.問い合わせ先: 
東京大学大学院教育学研究科
特任助教 北原 祐理(きたはら ゆうり)
電話:03-5841-8068
Mail:ykitahara@g.ecc.u-tokyo.ac.jp

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