早産児の注意切り替えの困難さが認知発達の遅れと関連することを解明 アイトラッカーを用いた乳児期の注意の定量的分析から 研究成果
概要
明和政子 京都大学大学院教育学研究科教授、河井昌彦 京都大学大学院医学研究科病院教授、新屋裕太 東京大学大学院教育学研究科特任助教らの研究グループは、修正齢12ヶ月の早産児と満期産児を対象に、アイトラッカーを用いた注意機能を評価する課題を行い、発達予後を追跡調査しました。その結果、修正齢12ヶ月時点において、一部の早産児(在胎週数32週未満の児)では注意を切り替える機能に弱さを抱えていることがわかりました。さらに、その機能が弱い児ほど、18ヶ月時点の認知機能や社会性の発達が遅れやすく、注意の切り替えが必要な日常場面でも困難を抱えやすい、という新たな事実を見出しました。
日本では近年、早産児の出生率が高い水準にあります。欧米の大規模コホート調査から、早産児では学齢期以降に注意欠如・多動症(ADHD)などの発達障害と診断されるリスクが、満期産児と比べて高いことが示されています。しかし、早産児において注意に関わる問題のリスクが乳児期の時点で特定できるかどうかについては解明されていませんでした。
本研究の成果により、早産児の一部で注意の切り替えの弱さが乳児期からすでに観られること、さらに、その後の認知機能や注意機能の発達の問題に関わるリスクを評価する発達早期の行動指標の一つとなる可能性が示されました。本研究成果は、2022年1月10日19時(日本時間)に、英国の国際科学誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。
図:アイトラッカーを用いた注意を切り替える能力の評価. ターゲットが現れる位置をスイッチした時に、乳児が新しい位置に注意を切り替えるかどうかを調べた.
1.背景
これまで私達の研究グループでは、早産児*1・低出生体重児*2(以下、早産児)の認知機能や社会性発達のリスクを早期から評価し、一部の早産児では、乳児期に社会的に重要な刺激に対する注意が満期産児と比べて弱いことなどを明らかにしてきました(https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-04-16)。
このような発達上の問題の背景には、注意を制御する能力(目標に応じて注意を維持・変更し、不要な注意を抑制するなどの能力)が関与している可能性があります。実際、欧米の大規模コホート研究では、在胎週数が短い早産児ほど、学齢期以降に注意に関わる問題が生じやすく、とくに、注意欠如・多動症(ADHD)*3などの発達障害と診断されるリスクが高いことが報告されています。
しかし、注意を制御する能力の弱さがすでに乳児期に確認されるのか、さらには、発達初期の注意機能が後の認知機能や社会性の発達とどのように関連するかについては、わかっていませんでした。
2.研究手法・成果
本研究は、早産児27名(在胎32週未満12名、在胎32-37週未満15名)、満期産児25名を対象として行われました。生後12ヶ月の時点(早産児・満期産児ともに修正齢*4)で、アイトラッカー*5を用いた「反応シフト課題(図 1)」により、注意を切り替える機能を定量的に評価しました。
この課題では、ターゲットが現れる位置(左・右)をある時点で変更(スイッチ)した際に、それ以前の位置への注意(固執的な注視)を抑制し、新しい位置に注意を切り替えることができるかを評価します。さらに、修正齢18ヶ月に達した時点で、標準化された「新版K式発達検査(以下、発達検査)」で認知機能や言語・社会性発達を評価しました。また、世界で広く用いられている「乳幼児の行動のチェックリスト(ECBQ)」を保護者に回答してもらい、日常場面での注意や行動についても評価しました。
図1. アイトラッカー版「反応シフト課題」による注意を切り替える能力の評価.
(A) 乳児に提示した映像の流れ.ターゲット(アニメーション)が白枠(左・右)の一方の位置に現れるが、その位置が9試行経過後に反対側にスイッチする.「予期フェーズ」中の各白枠の位置への視線を定量化し、平均注視量を評価した.(B) スイッチ前後の正解の位置(ターゲットが現れる白枠)・不正解の位置(ターゲットが現れない白枠)への注視時間. *p < .05, **p < .01
図2. 修正齢12ヶ月の注意を切り替える能力と修正齢18ヶ月の発達検査・ECBQのスコアの関連.
表中の数字は相関係数, 括弧内の数字は在胎週数, 性別, 月齢を統制した偏相関係数. *p < .05, **p < .01, *** p <.001
その結果、以下の3点が明らかになりました。
以上の結果は、周産期に経験する環境の差異が、乳児期の注意を切り替える機能の発達に影響すること、さらに、この時期の注意を切り替える機能の弱さが、幼児期以降の認知機能や社会性発達のリスクを予測する可能性を示しています。
3.波及効果、今後の予定
早産児が抱える認知機能や社会性発達のリスクは、とくに注意や行動を適切に制御する機能と関連することが指摘されてきました。しかし、これまでの研究は、幼児期や学齢期以降における報告がほとんどでした。早産・低出生体重で出生した乳児の視線パターンを定量的に解析することにより、在胎32週未満で出生した早産児の一部では、修正齢12ヶ月の時点ですでに注意の切り替えに弱さを抱えていることが明らかとなりました。また、発達初期の注意機能の弱さが、その後の認知機能や社会性の発達の遅れや日常場面で抱えるリスクと関連することを実証したのは本研究が初めてです。
注意を適切に制御する機能は、生後、環境からの情報を経験、学習していくための礎です。本研究の成果は、早産児をはじめ、発達上のリスクを抱える子どもたちの「早期からの」客観的評価や、それにもとづく介入支援の効果を可視化する定量的指標として、臨床現場での応用が強く期待されます。そのためにも、注意の切り替えの弱さに関与する神経メカニズムの詳細な解明が待たれるところです。
さらに、発達初期に抱える注意制御の問題が、学齢期以降に顕著となるADHD特性、認知機能や社会性、学業面のリスクとどのように関連するのかをより長期的な視点で調査していくこともきわめて重要な課題となっています。
4.研究プロジェクトについて
本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって行われました。
<用語解説>
1. 早産児:在胎週数(妊娠前の最終月経から出生までの期間)が37週未満の児
2. 低出生体重児:出生体重が2500g 未満の児
3. 注意欠如・多動症(ADHD; Attention deficit hyperactivity disorder): 不注意および/または多動性・衝動性によって特徴づけられる発達障害の一つ
4. 修正齢:ヒトの平均的な胎生期間である40週から算出した年齢
5. アイトラッカー:視線自動計測装置。人体に安全な微弱な近赤外線を照射することで、両眼の瞳孔 (角膜)をとらえ、観察者が画面のどこを、どのくらいの時間見ているのかを正確に計測できる
<研究者のコメント>
近年、日本では少子化が進む一方で、早産児の出生割合は高い水準を推移しており、早産児の発達予後の改善は社会的な課題の一つとなっています。本研究は、早産児ではすでに乳児期から注意をコントロールする能力の問題がみられることを定量的に示した研究であり、今後の臨床現場への応用が強く期待されます。これからも基礎研究による知見を積み重ねることで、早産児をはじめとするリスク児の発達過程の科学的理解や、よりよい発達環境の構築に繋げていきたいと思います。本研究にご協力くださった赤ちゃんや親御さん、医療看護スタッフの皆さまにあらためて感謝申し上げます。(新屋)
<論文タイトルと著者>
タイトル:Cognitive flexibility in 12-month-old preterm and term infants is associated with neurobehavioural development in 18-month-olds(12ヶ月齢の早産児・満期産児の認知的柔軟性は18ヶ月齢の神経行動発達と関連する)
著 者:Yuta Shinya, Masahiko Kawai, Fusako Niwa, Yasuhiro Kanakogi, Masahiro Imafuku, & Masako Myowa
掲 載 誌:Scientific Reports DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-021-04194-8
明和政子 京都大学大学院教育学研究科教授、河井昌彦 京都大学大学院医学研究科病院教授、新屋裕太 東京大学大学院教育学研究科特任助教らの研究グループは、修正齢12ヶ月の早産児と満期産児を対象に、アイトラッカーを用いた注意機能を評価する課題を行い、発達予後を追跡調査しました。その結果、修正齢12ヶ月時点において、一部の早産児(在胎週数32週未満の児)では注意を切り替える機能に弱さを抱えていることがわかりました。さらに、その機能が弱い児ほど、18ヶ月時点の認知機能や社会性の発達が遅れやすく、注意の切り替えが必要な日常場面でも困難を抱えやすい、という新たな事実を見出しました。
日本では近年、早産児の出生率が高い水準にあります。欧米の大規模コホート調査から、早産児では学齢期以降に注意欠如・多動症(ADHD)などの発達障害と診断されるリスクが、満期産児と比べて高いことが示されています。しかし、早産児において注意に関わる問題のリスクが乳児期の時点で特定できるかどうかについては解明されていませんでした。
本研究の成果により、早産児の一部で注意の切り替えの弱さが乳児期からすでに観られること、さらに、その後の認知機能や注意機能の発達の問題に関わるリスクを評価する発達早期の行動指標の一つとなる可能性が示されました。本研究成果は、2022年1月10日19時(日本時間)に、英国の国際科学誌「Scientific Reports」オンライン版に掲載されました。
図:アイトラッカーを用いた注意を切り替える能力の評価. ターゲットが現れる位置をスイッチした時に、乳児が新しい位置に注意を切り替えるかどうかを調べた.
1.背景
これまで私達の研究グループでは、早産児*1・低出生体重児*2(以下、早産児)の認知機能や社会性発達のリスクを早期から評価し、一部の早産児では、乳児期に社会的に重要な刺激に対する注意が満期産児と比べて弱いことなどを明らかにしてきました(https://www.kyoto-u.ac.jp/ja/research-news/2021-04-16)。
このような発達上の問題の背景には、注意を制御する能力(目標に応じて注意を維持・変更し、不要な注意を抑制するなどの能力)が関与している可能性があります。実際、欧米の大規模コホート研究では、在胎週数が短い早産児ほど、学齢期以降に注意に関わる問題が生じやすく、とくに、注意欠如・多動症(ADHD)*3などの発達障害と診断されるリスクが高いことが報告されています。
しかし、注意を制御する能力の弱さがすでに乳児期に確認されるのか、さらには、発達初期の注意機能が後の認知機能や社会性の発達とどのように関連するかについては、わかっていませんでした。
2.研究手法・成果
本研究は、早産児27名(在胎32週未満12名、在胎32-37週未満15名)、満期産児25名を対象として行われました。生後12ヶ月の時点(早産児・満期産児ともに修正齢*4)で、アイトラッカー*5を用いた「反応シフト課題(図 1)」により、注意を切り替える機能を定量的に評価しました。
この課題では、ターゲットが現れる位置(左・右)をある時点で変更(スイッチ)した際に、それ以前の位置への注意(固執的な注視)を抑制し、新しい位置に注意を切り替えることができるかを評価します。さらに、修正齢18ヶ月に達した時点で、標準化された「新版K式発達検査(以下、発達検査)」で認知機能や言語・社会性発達を評価しました。また、世界で広く用いられている「乳幼児の行動のチェックリスト(ECBQ)」を保護者に回答してもらい、日常場面での注意や行動についても評価しました。
図1. アイトラッカー版「反応シフト課題」による注意を切り替える能力の評価.
(A) 乳児に提示した映像の流れ.ターゲット(アニメーション)が白枠(左・右)の一方の位置に現れるが、その位置が9試行経過後に反対側にスイッチする.「予期フェーズ」中の各白枠の位置への視線を定量化し、平均注視量を評価した.(B) スイッチ前後の正解の位置(ターゲットが現れる白枠)・不正解の位置(ターゲットが現れない白枠)への注視時間. *p < .05, **p < .01
図2. 修正齢12ヶ月の注意を切り替える能力と修正齢18ヶ月の発達検査・ECBQのスコアの関連.
表中の数字は相関係数, 括弧内の数字は在胎週数, 性別, 月齢を統制した偏相関係数. *p < .05, **p < .01, *** p <.001
その結果、以下の3点が明らかになりました。
- 修正齢12ヶ月時点:在胎32週未満で出生した早産児は、在胎32-37週未満の早産児や満期産児に比べて、以前のターゲットの位置に対する固執的注視を抑制する(注意を切り替える)機能が弱い(図1)
- 修正齢18ヶ月時点:在胎32週未満で出生した早産児は、他の児に比べて、認知機能や社会性発達が遅く、日常場面でも「行動の抑制」に困難を抱える傾向がみられる
- 修正齢12ヶ月時点で固執的な注視を抑制する傾向が低い乳児ほど、修正齢18ヶ月時点での認知機能や社会性発達が遅く、日常場面でも「注意の切り替え」に困難を抱える傾向がみられる(図2)
以上の結果は、周産期に経験する環境の差異が、乳児期の注意を切り替える機能の発達に影響すること、さらに、この時期の注意を切り替える機能の弱さが、幼児期以降の認知機能や社会性発達のリスクを予測する可能性を示しています。
3.波及効果、今後の予定
早産児が抱える認知機能や社会性発達のリスクは、とくに注意や行動を適切に制御する機能と関連することが指摘されてきました。しかし、これまでの研究は、幼児期や学齢期以降における報告がほとんどでした。早産・低出生体重で出生した乳児の視線パターンを定量的に解析することにより、在胎32週未満で出生した早産児の一部では、修正齢12ヶ月の時点ですでに注意の切り替えに弱さを抱えていることが明らかとなりました。また、発達初期の注意機能の弱さが、その後の認知機能や社会性の発達の遅れや日常場面で抱えるリスクと関連することを実証したのは本研究が初めてです。
注意を適切に制御する機能は、生後、環境からの情報を経験、学習していくための礎です。本研究の成果は、早産児をはじめ、発達上のリスクを抱える子どもたちの「早期からの」客観的評価や、それにもとづく介入支援の効果を可視化する定量的指標として、臨床現場での応用が強く期待されます。そのためにも、注意の切り替えの弱さに関与する神経メカニズムの詳細な解明が待たれるところです。
さらに、発達初期に抱える注意制御の問題が、学齢期以降に顕著となるADHD特性、認知機能や社会性、学業面のリスクとどのように関連するのかをより長期的な視点で調査していくこともきわめて重要な課題となっています。
4.研究プロジェクトについて
本研究成果は、以下の事業・研究領域・研究課題によって行われました。
- 文部科学省科学研究費補助金(新学術領域研究「構成論的発達科学」No. 24119005, 代表:明和政子)
- JSPS 科学研究費補助金(基盤研究(S)No. 21H04981・基盤研究(A)No. 17H01016・挑戦的萌芽No. 19K21813, 代表:明和政子; 特別研究員 No. 14J06302・若手研究No. 20K14253, 代表:新屋裕太)
- JSPS二国間交流事業(JSPS-ISF Joint Research Program, 代表:明和政子)
<用語解説>
1. 早産児:在胎週数(妊娠前の最終月経から出生までの期間)が37週未満の児
2. 低出生体重児:出生体重が2500g 未満の児
3. 注意欠如・多動症(ADHD; Attention deficit hyperactivity disorder): 不注意および/または多動性・衝動性によって特徴づけられる発達障害の一つ
4. 修正齢:ヒトの平均的な胎生期間である40週から算出した年齢
5. アイトラッカー:視線自動計測装置。人体に安全な微弱な近赤外線を照射することで、両眼の瞳孔 (角膜)をとらえ、観察者が画面のどこを、どのくらいの時間見ているのかを正確に計測できる
<研究者のコメント>
近年、日本では少子化が進む一方で、早産児の出生割合は高い水準を推移しており、早産児の発達予後の改善は社会的な課題の一つとなっています。本研究は、早産児ではすでに乳児期から注意をコントロールする能力の問題がみられることを定量的に示した研究であり、今後の臨床現場への応用が強く期待されます。これからも基礎研究による知見を積み重ねることで、早産児をはじめとするリスク児の発達過程の科学的理解や、よりよい発達環境の構築に繋げていきたいと思います。本研究にご協力くださった赤ちゃんや親御さん、医療看護スタッフの皆さまにあらためて感謝申し上げます。(新屋)
<論文タイトルと著者>
タイトル:Cognitive flexibility in 12-month-old preterm and term infants is associated with neurobehavioural development in 18-month-olds(12ヶ月齢の早産児・満期産児の認知的柔軟性は18ヶ月齢の神経行動発達と関連する)
著 者:Yuta Shinya, Masahiko Kawai, Fusako Niwa, Yasuhiro Kanakogi, Masahiro Imafuku, & Masako Myowa
掲 載 誌:Scientific Reports DOI:https://doi.org/10.1038/s41598-021-04194-8
論文情報
Yuta Shinya, Masahiko Kawai, Fusako Niwa, Yasuhiro Kanakogi, Masahiro Imafuku, & Masako Myowa, "Cognitive flexibility in 12-month-old preterm and term infants is associated with neurobehavioural development in 18-month-olds," Scientific Reports volume 12, page 3: 2022年1月10日, doi:https://doi.org/10.1038/s41598-021-04194-8.
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お問い合わせ先
氏名:明和政子(みょうわまさこ)
所属・職位:京都大学大学院教育学研究科・教授
TEL: 075-753-3074 E-mail:myowa.masako.4x@kyoto-u.ac.jp
氏名:新屋裕太(しんやゆうた)
所属・職位:東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター・特任助教
TEL:080-5238-6114 E-mail:shinya@p.u-tokyo.ac.jp
所属・職位:京都大学大学院教育学研究科・教授
TEL: 075-753-3074 E-mail:myowa.masako.4x@kyoto-u.ac.jp
氏名:新屋裕太(しんやゆうた)
所属・職位:東京大学大学院教育学研究科附属発達保育実践政策学センター・特任助教
TEL:080-5238-6114 E-mail:shinya@p.u-tokyo.ac.jp