京都府松尾大社と東京大学史料編纂所の連携による史料画像のWEB公開記者発表
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報告者
【東京大学史料編纂所】
本郷 恵子 (所長)
山田 太造 (准教授)
畑山 周平 (助教)
【京都芸術大学】
野村 朋弘 (准教授)
【松尾大社】
生嶌 經和 (宮司)
飯田 延生 (権宮司)
岩田 康彦 (権禰宜)
竹内 直道 (嘱託)
発表の概要
松尾大社は、古代から近代に至るまで約2,500点の史料を所蔵している(注1)。この度、松尾大社と東京大学史料編纂所(以下、史料編纂所)は、2022(令和4)年2月に締結した「歴史的な史料情報の共有・利活用促進に関する覚書」に則って、松尾大社所蔵史料のデジタルカラー画像および目録情報を史料編纂所歴史情報処理システム中の東京大学史料編纂所のデジタルアーカイブ「Hi-CAT Plus」からWEB公開することとなった(https://wwwap.hi.u-tokyo.ac.jp/ships/)(注2)。松尾大社では、昭和51年(1976)より『松尾大社史料集』を編纂・刊行してきた。現在では文書篇七巻、典籍篇四巻、記録篇四巻を刊行している。これらの成果を踏まえ、今回、紙媒体ではわかり得ない様々な史料情報を、高精細なデジタルカラー画像で公開する。松尾大社所蔵史料の高精細なデジタルカラー画像が公開されるのは今回が初めてである。
松尾大社は平安時代から国家祈祷を担う二十二社に数えられる古社であり、「賀茂の厳神、松尾の猛神」と称され、賀茂社と並び朝廷をはじめ歴代の幕府から崇敬を受けていた。また京都市の中でも西京区、右京区、下京区など旧葛野郡を中心として篤い信仰を受けている。そのため、松尾大社所蔵史料は京都を中心とした政治史や文化史、更には神道史を研究する上で、貴重な情報を提供している。
今回、松尾大社所蔵史料の高精細なデジタルカラー画像を史料編纂所の「Hi-CAT Plus」から公開することにより、歴史学の諸分野をはじめ、古文書料紙の分析など文理融合的な研究での活用が期待される。
発表内容
[1]「松尾大社所蔵史料」の内容とその調査
松尾大社は大宝元年に秦氏によって創建され、平安時代から国家祈祷を担う有力神社の一つとして位置づけられる古社である。創建した秦氏は永らく社家を勤めており、本史料群は松尾大社および社家である秦氏の東家・南家が相伝してきた史料である。
松尾大社所蔵史料は中世期の史料を主体としつつ、近世・近代までの広範囲に渉っており、内容も古文書・年中行事・社家日誌など多岐にわたる。例えば、年中行事書や、社家日誌、祝詞など神道史に関わるもの、朝廷や幕府との関係性を示すもの、社家の東家・南家の系譜や補任状などである。現存している多くの関連史料は松尾大社が所蔵しており、未整理のものも含めて現在約2,500点が確認されている。
このように松尾大社は神社の歴史を非常に長いスパンで詳細に検討することが可能な、稀有な史料群を所蔵している。この史料群に関しては『松尾大社史料集』が刊行されており、史料の内容を活字で把握できるようになっているが、史料現物(原本)にある文字の形や筆跡、紙質などは知ることができないという難点があった。
そこで、神社史を専門とする京都芸術大学の野村朋弘准教授は、この史料群を原本に即して調査したいと考え、松尾大社の協力のもと調査に取り組んだ。調査にあたっては、大規模史料群のデジタル撮影・画像管理に実績を有し、原本の紙質を顕微鏡等で科学的に分析する手法の開発にも取り組んでいる史料編纂所と連携して、総合的な史料調査を展開することを目指した。
こうして2019年4月から、野村准教授などを研究代表として史料編纂所共同利用・共同研究拠点の一般共同研究(2019-2020年度「松尾大社所蔵史料の調査・研究」、2021-2022年度「松尾大社所蔵史料の研究資源化」)を立ち上げ、本史料群の撮影及び科学的分析が進められている。
[2]画像のWEB公開について
このように調査・研究を進めていたところ、2019年度に史料編纂所では日本学術振興会「人文学・社会科学データインフラストラクチャー構築推進事業」(注3)の人文学拠点として採択された。この事業の枠組みに基づき、史料編纂所では2020年3月よりデジタルアーカイブ「Hi-CAT Plus」において他機関が所蔵する史料についてもデジタル画像の公開を開始し、各史料所蔵機関と連携し、史料情報の共有・利活用の促進を進めている。
松尾大社所蔵史料に関しては、上述の通り、大量に残る貴重な史料のデジタル撮影を進めるとともに、原本の科学的分析も含めた総合的な調査を実施した。野村准教授と史料編纂所は、こうした総合的な調査の成果を広く公開していくことができれば、学術上はもちろん、歴史に関心を持つ多くの市民の方々にも大きなインパクトがあると考え、成果公開について松尾大社との協議を進めた。
その結果、まずは今回、「人文学・社会科学データインフラストラクチャー構築推進事業」の一環として、松尾大社と史料編纂所との連携により、史料のデジタル画像の公開が実現した。
上記事業において、史料編纂所では、これまで博物館など史料公開を目的とする施設の所蔵史料について画像公開を行ってきたが、今回はそうした史料公開施設ではない、神社が所蔵する史料の画像公開となるという点でも新たな取り組みである。
そもそも史料編纂所は『大日本史料』をはじめとする史料集の編纂を行うため、明治以来100年以上にわたって、国内外に所蔵されている歴史史料の調査・撮影を広く実施してきた唯一の機関である。近年では収集したデータのデジタル化を進めるとともに、デジタル撮影からデータベース搭載にいたる進捗を総合的に管理する仕組みを整えている。また、技術の進化にあわせてシステムを更新し、我が国に豊富に伝来する古文書などの画像やその他の史料情報を永続的に保全し、次世代に継承していく役割を果たしている)。今回公開する松尾大社所蔵史料についても、原本は松尾大社で保全しつつ、デジタル画像をはじめとする史料情報については史料編纂所の情報基盤に蓄積することで、確実に後世に伝えていきたいと考えている。
今回、公開されるデジタル画像は松尾大社所蔵史料のうち、2019年度・2021年度に撮影された史料である。
調査の結果、『松尾大社史料集』の目録情報を一部校訂することができたため、今回公開する画像には、校訂された目録情報を付与している。また、原本の科学的分析の成果など、史料画像以外の成果についても今後公開を進めていく予定である。加えて、現在も史料の撮影・科学的分析作業を継続して実施しており、その成果についても順次公開していく予定である。画像の利用条件については松尾大社に直接お問い合わせ頂きたい。
[3]本取組の意義について
今回の松尾大社所蔵史料のデジタル画像のWEB公開は、これまで『松尾大社史料集』として目録整備されたものについて活字で刊行されている史料の原本画像を初めて広く一般に公開するものであり、大変大きな意義を有する。
第一に、今回のデジタル画像の初公開によって活字ではうかがい知ることが出来ない、古文書原本の姿を知ることができ、あわせて料紙の情報や文字の異同なども確認することが可能となる。
また、松尾大社の研究に関していえば、課題となっているのは長く祠官を勤めた東家・南家をはじめとする社家の具体的な研究である。松尾大社が所蔵する史料群は、本社に伝来したものと社家から寄進されたものの集合体であり、伝来経路などを明らかにする必要がある。活字史料だけではなく高精細な史料画像データを研究資源として公開することを通じて、これらの研究の促進に貢献すると考えられる。
さらに、今回の史料画像公開を契機として、松尾大社の歴史はもとより京都の政治史や文化史において新たな研究成果が生み出されることが予想される。
もちろん、神社が所蔵している豊富な史料が公開される意義は、研究の世界だけにとどまるものではない。松尾大社は京都市の古社として参詣者も多く、また酒づくりの神として特に酒造業者から崇敬されているように、日本国内から広く信仰を集めている。地域の人々にとって身近でありながら全国的にも知られている神社の史料画像が公開されることは、研究成果の社会還元としても大きな意味があるだろう。今回公開する史料画像や情報により、市民の方々にも日常的な信仰対象である松尾大社について、より認識を深めていただけると期待している。
[4]本内容にかかる事業
- 東京大学史料編纂所共同利用・共同研究拠点一般共同研究「松尾大社所蔵史料の調査・研究」(2019-2020年度:研究代表者 野村朋弘)、「松尾大社所蔵史料の研究資源化」(2021-2022年度:研究代表者 角田朋彦)
- 日本学術振興会(JSPS)科学研究費補助金 基盤研究(A)「「国際古文書料紙学」の確立」(2019-2022年度:19H00549 研究代表者 渋谷綾子)
- 日本学術振興会(JSPS)人文学・社会科学データインフラストラクチャー構築推進事業(JPJS00219217592)
[5]謝辞
松尾大社所蔵史料の高精細なデジタルカラー画像の公開は、史料所蔵者である松尾大社の支援により実現することができた。松尾大社は所蔵史料の研究進展・活用促進に大変積極的であり、総合的な史料調査に対するご理解やご協力に史料編纂所として深甚なる感謝を申し上げたい。
用語解説
(注1)松尾大社(まつのおたいしゃ)
京都市西京区嵐山宮町に鎮座。旧官幣大社。祭神は大山咋神・中津嶋媛命。大宝元年(701)創建。延喜の制では名神大社、二十二社の制では上七社に数えられ、皇都鎮護の神として尊崇された。中世の中ごろまでは13の荘園を有し、足利氏・豊臣氏の崇敬を受け、豊臣秀吉は本社に九百三十三石、旅所に百四十五石の朱印地を奉献した。徳川氏も代々この例を継承しており、朝廷はもとより歴代幕府とのつながりが深い古社である。明治4年(1871)官幣大社に列し、昭和25年(1950)社名を松尾大社と改めた。
(注2)東京大学史料編纂所歴史情報処理システム
通称SHIPS。1984年から史料集編纂事業を通じて生成した諸情報をデジタルデータとして蓄積している。1996年からWWWに接続することで、WEB経由による検索サービスを本格化させた。現在約30種の公開データベースを擁しており、史料デジタル画像を約2,000万点、各種データを700万点以上有している。日本史研究を行ううえで必須のインフラとなっており、年間約800万件のアクセスがある。Hi-CAT Plusは史料編纂所がこれまで撮影・収集した国内および海外に所在する史料の画像データを閲覧するためのデータベース。所蔵者の許可を得られたものについては、検索結果にイメージボタンが表示され、画像データを閲覧できる。
(注3)人文学・社会科学データインフラストラクチャー構築推進事業
日本学術振興会の事業の一つ。人文学・社会科学研究に係るデータを分野や国を超えて共有・利活用する総合的な基盤を構築することにより、研究者がともにデータを共有しあい、国内外の共同研究等を促進することを目指している。拠点機関として、人文学分野では東京大学史料編纂所がただ一つ認定されている。
お問い合わせ先
TEL 03-5841-1615
E-mail ir*hi.u-tokyo.ac.jp(*を@に変更して下さい)