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冬眠するブラックホール ~銀河衝突がもたらす大質量ブラックホールのエネルギー源の流失~ 研究成果

掲載日:2021年1月26日

  • 1.発表のポイント:
◆銀河中心の大質量ブラックホールの活動性の活性化・不活性化の起源を、銀河の衝突現象と結びつけることで、世界で初めて解明しました。
◆小さな銀河が大きな銀河に衝突してブラックホール周辺の物質を剥ぎ取ってしまうことで、ブラックホールの活動を停止させる場合もある事を証明しました。
◆本研究はブラックホールと銀河の相互の進化解明のマイルストーンとなることが期待されます。
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  • 2.発表概要
宇宙には太陽の質量の10万倍を超える大質量ブラックホール(注1)があまねく存在しますが、そのごく一部は落ち込む物質をエネルギー源にして明るく輝き激しく活動しているものの、ほとんどは銀河の中心でひっそりと佇んでいます。こうしたブラックホールの活動と休眠の間の状態変化をつかさどるメカニズムが未解明である中、東京大学情報基盤センターの三木洋平助教、筑波大学計算科学研究センターの森正夫准教授、尾道市立大学経済情報学部/国立天文台の川口俊宏准教授の研究グループは、Oakforest-PACS(オークフォレストパックス、注2)等のスーパーコンピュータを駆使し、銀河衝突と銀河中心ブラックホールの活動性の謎を世界で初めて明らかにしました。
銀河中心ブラックホールは、これまで銀河衝突により激しく活動すると信じられてきました。衝突によって銀河円盤の物質が中心に落下し、ブラックホールに落ち込むことでその活動にスイッチが入ります。しかし銀河衝突が中心で起こった場合、事態は全く異なります。矢が正鵠を射ぬくがごとく、中心に衝突した銀河がブラックホール周辺のガスを持ち去ってしまい、エネルギー源を失ったブラックホールは活動を停止し静かに眠りにつくのです(図1、図2)。
本研究が明らかにしたブラックホール活動性の休眠メカニズムは、最近の観測によって見つかった、銀河中心ブラックホールの活動が急停止した兆候を示す新種族の天体群との関連もうかがうことができ、天文学最大の謎の一つである、銀河の進化に伴う銀河中心ブラックホールの形成解明へのマイルストーンとなることが期待されます。


図1.銀河衝突がブラックホール周辺のガスを持ち去る様子(想像図)


図2.銀河衝突が中心ブラックホール活動に与える影響
 
  • 3.発表内容
<研究の背景>
 銀河中心の大質量ブラックホールは多くの人々の興味を引き付けてきた魅力的な天体です。 2020年のノーベル物理学賞は私たちが住む天の川銀河の中心に大質量ブラックホールが存在することを確信させた観測に対して与えられ、また、2019年にはイベントホライズンテレスコープが楕円銀河M87中心の大質量ブラックホールによる影を撮影したことが発表されました。
銀河中心の大質量ブラックホールに十分な量のガスが落下(降着)すれば、ガスの位置エネルギーの解放により、活動銀河核(注3)として明るく輝きます。大質量ブラックホールへのガス供給は角運動量(遠心力)により妨げられ、トーラス(ドーナツ)状の構造がガスの“ため池”の役割を担うと考えられています。
このガスの落下によるブラックホール活動の点火機構は、銀河の進化過程において頻繁に起こる現象である銀河衝突だと考えられていますが、活動性を終了させる機構にはいまだ定説がありません。一方で、大質量ブラックホールが明るく輝いている期間は、宇宙年齢138億年のうちわずか1億年程度と非常に短いことが知られています。つまり、多くの銀河中心ブラックホールはガス欠でエネルギー源の枯渇状態にあり、我々が住む天の川銀河中心の大質量ブラックホールも例外ではありません。また、急激に活動性が停止した痕跡を示す銀河も近年多数見つかってきており、活動停止機構の特定が待たれていました。
天の川銀河中心の大質量ブラックホールと並んで活動性が非常に低いのが、本研究にも密接に関わるアンドロメダ銀河中心の大質量ブラックホールです。アンドロメダ銀河は銀河考古学(注4)における代表的な研究対象の一つで、天の川銀河とよく似た性質を持つ姉妹銀河であり、さらに、隣の銀河でとても近いこともあって詳細な観測情報を基にしたたくさんの研究が活発に進められてきました。アンドロメダ銀河の周辺には、筋状や貝殻状の恒星分布の巨大な構造があることが分かっています。それらを含む数々の構造は、かつて衛星銀河(注5)がアンドロメダ銀河の中心領域を突き抜けていった際に破壊された残骸であると考えられており、過去の研究によって衛星銀河の大きさや質量、落下軌道などが明らかにされています。つまり、アンドロメダ銀河は銀河衝突が中心ブラックホール活動を停止できるかどうかを検証する上で最適な実験場なのです。
 
<研究内容>
三木洋平助教(東京大学)、森正夫准教授(筑波大学)、川口俊宏准教授(尾道市立大学/国立天文台)の研究グループは、銀河衝突によって中心ブラックホールへのガス供給源を取り去ってしまうことができれば、やがて中心ブラックホールはガス欠状態に陥り活動停止に追い込まれるため、銀河衝突がブラックホール活動の停止機構としても働くという仮説を立てました(図1、図2)。そして東京大学情報基盤センターと筑波大学計算科学研究センターで共同運用されているOakforest-PACSなどのスーパーコンピュータを用いた3次元数値流体シミュレーションや1次元解析的モデルを駆使し、この仮説を検証することで、銀河衝突と中心ブラックホールの活動性の関係の解明に挑みました。
研究の第一歩として、銀河衝突の痕跡が見つかっており、なおかつ中心ブラックホールの活動性が極めて低いという特徴を併せ持つアンドロメダ銀河に注目し、銀河衝突による中心ブラックホール周辺のトーラス状ガスの剥ぎ取りが可能であるかを検証しました。この結果、衝突した衛星銀河ガスの柱密度(注6)がトーラス状ガスの柱密度よりも高い場合には、衛星銀河ガスから運動量が与えられることによって、ほぼ全てのガスが剥ぎ取られることが分かりました(図3)。

 
図3.トーラスガスの時間進化。上段にはトーラスガスが剥ぎ取られる場合、下段にはトーラスガスが生き残る場合の結果を、x-z子午面上における密度分布を用いて示した。衛星銀河ガスはシミュレーション開始から110万年間に渡って、図中の左下隅から流入し続ける。左から順に、ガス流入開始から2万年、46万年、90万年、136万年後のガス密度分布を示した。
 
さらに、この銀河衝突による一連の過程について、アンドロメダ銀河以外の他の銀河中心ブラックホール活動の停止機構への拡張可能性を検証しました。その結果、多くの銀河中心ブラックホール周辺のトーラス状ガスの柱密度は銀河衝突によって剥ぎ取り可能な範囲である、つまり銀河衝突によって多くの銀河中心ブラックホール活動の停止が可能であることを示しました(図4)。加えて、銀河衝突による銀河中心ブラックホール活動の停止頻度を見積もるために、位置天文観測衛星 Gaia(ガイア、注7)の世界最高精度の観測データに基づく衛星銀河の精密軌道計算を実施しました。これにより、銀河の中心領域に強い影響を与えられる銀河衝突の頻度が 1億年に1 回程度であったと推定されることを示しました。この結果は大質量ブラックホールが明るく輝いている期間は1億年程度であるという事実とよく符合しており、銀河衝突と大質量ブラックホール活動の関係性の完全解明に向けての大きな一歩となるものです。
 

図4.トーラス質量と母銀河の関係。現在活動中の中心ブラックホールを持つ銀河について、トーラス質量と母銀河の恒星質量との関係を調べた。背景の色は銀河衝突によってトーラスが剥ぎ取り可能な領域を示している。銀河中心核へと落下してきた矮小円盤銀河の回転軸とトーラスの回転軸が一致する(なす角度が0度)場合が剥ぎ取り効率最低の場合にあたり、20万太陽質量程度以下のトーラス(黄色の領域)は剥ぎ取り可能である。角度を増やしていくと剥ぎ取り効率が上がっていき、最大で1000万太陽質量程度までのトーラスが剥ぎ取り可能であることが分かる。
 
<将来の展望>
 本研究によって、中心ブラックホールの活動性を活性化するのみと考えられてきた銀河衝突が、実は反対に活動性の停止にも寄与することが明らかになりました。中心ブラックホールの運命を左右するのは衝突してくる衛星銀河の軌道であり、銀河の中心領域に突入する際には活動性を停止、銀河の中心を離れて衝突する際には活動を活性化させると考えられます。こうした軌道の重要性は今まで考えられておらず、銀河とブラックホールの共進化過程への理解を深める上での重要な視点を提供しました。また、近年の観測によって急激に中心ブラックホールの活動性を停止した兆候を示す天体群が新たに見つかってきており、こうした新天体群の理解にもつながることが期待されます。
 今回の研究によって、中心ブラックホールの活動性が銀河衝突によりコントロールされることを示しました。しかし、ブラックホール活動をどの程度の期間にわたって停止し続けられるかを明らかにするためには、銀河中心領域を充分な精度で取り扱ったうえで銀河全体の進化を長時間に渡って計算する超大規模シミュレーションを遂行する必要があります。しかし、このような研究はいまだ未踏領域にあります。今後、東京大学情報基盤センターが導入予定のWisteria/BDEC-01(ウィステリア/ビーデックゼロワン、注8)や筑波大学計算科学研究センター学際共同利用などの最新のスーパーコンピュータを最大限活用した超大規模シミュレーションの遂行によって、銀河とブラックホールの共進化過程の解明に向けての探求を続けていきます。
 
<研究支援>
本研究は、以下の支援を受けて実施されました。
・日本学術振興会 科学研究費補助金(基盤研究(S)20224002、基盤研究(A)21244013、基礎研究(C)17K05389、若手研究20K14517、基盤研究(C)20K04022)
・文部科学省 特別推進研究(16002003)
・筑波大学計算科学研究センター 学際共同利用プログラム(課題名:近傍銀河の形成・進化の探求)
・自然科学研究機構 国立天文台 研究交流委員会 助成(20DS-0502)

論文情報

Yohei Miki, Masao Mori, and Toshihiro Kawaguchi, "Destruction of the central black hole gas reservoir through head-on galaxy collisions(邦訳:銀河の正面衝突による中心ブラックホールのガス供給源の破壊)," 「Nature Astronomy」: 2021年1月26日, doi:10.1038/s41550-020-01286-9.
論文へのリンク (掲載誌別ウィンドウで開く)

お問い合わせ先

東京大学情報基盤センター
助教 三木 洋平
Tel: 080-9640-7171
E-mail: ymiki@cc.u-tokyo.ac.jp
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