本書は2008年に出版した同じちくま新書の『変貌する民主主義』の続編として、その後日本で生じた民主党を中心とした政権への交代、およびその失敗と自民党政権への復帰という変動の意味と問題点を、民主主義思想の見地から検討したものである。2009年の政権交代は、それまで日本政治の不毛の原因とされてきた、自民党の一党支配、官僚支配に対する根本的なオールタナティブとして、メディアや政治学者たちから多大な期待を集めたが、政権獲得後の政治は混乱を極め、短期間のうちに支持を失った。それにもかかわらず改革失敗の理由はなぜかあまり探求されておらず、本書は政治思想の立場から失敗の理由を考えるとともに、民主主義の原理を再検討することを目的とするものである。
第I部では、現代日本の民主主義について論じる前提として、世界の民主主義が困難に陥っている状況を検討する。それは一方で、資本主義の留保なき展開を正当化する新自由主義によるものであり、民主主義の無力化が帰結する。他方ではこうした困難のもとで、一見して何でもしてくれそうな強い指導者に白紙委任をすることを民主主義と考える立場であり、こうしたポピュリズムを背景として、民主主義はその過剰によって危険であるとするものである。この両者を乗り越えることができるかどうかを、以下で検討する。
第II部は、戦後日本の政治史の概略から始め、政治改革を指導した考え方について述べたうえで、主要なテーマとして2009年の政権交代を論じ、その問題点を政治思想の観点から検討する。政権交代や政治改革の考え方を問うには、日本の戦後政治史に関する歴史的検討が不可欠であるというのが本書の立場である。その観点からいわゆる「55年体制」とは何であり、またその条件となっていた冷戦体制と経済成長が終焉することにより、この体制が揺らぎ政治改革が正当化されるようになった経緯について述べる。1990年代の細川政権、21世紀になってからの自民党小泉政権とともに、2009年成立の民主党政権もまた、この改革政治の流れのなかにあったことを論じている。そしてこの政権の政治を、政策の面と権力の面、および両者をつなぐマニフェスト政治にそれぞれ着目して、なぜそれらが短期間に崩壊せざるを得なかったのかを考察する。これらを踏まえて第II部の終わりでは、熟議、決断、調整、統治性など民主主義的政治を構成する諸要素を取り上げ、多面的に民主主義の条件を問題にする。
第III部は以上とは異なった視角から、民主主義を支える文化的条件とその現代的変容について論じる。その内容は、ポスト物質主義的政治の達成と限界、ネット社会に代表される知識の変容が民主主義にもたらした問題、そして国際化とナショナリズムの関係である。ここでは主として自民党への政権復帰後の問題を扱っている。
本書の立場と特色は、民主主義はたんに政治の問題であるだけでなく、経済、文化、思想などより広い文脈において問われる必要があると考える点にある。それが政治学とは異なる視点から本書を書いた理由である。
(紹介文執筆者: 総合文化研究科・教養学部 教授 森 政稔 / 2017)
本の目次
第1章 「民主主義の終わり」それとも「民主主義の過剰」?
第2章 政治の対立軸はどこにあるか
第3章 資本主義 vs. 民主主義?
II 政権交代と日本の民主主義
第4章 戦後日本政治のあゆみ ― 政権交代まで
第5章 政権交代とその後の政治
第6章 民主党政権の失敗 ― その政治思想的検討
第7章 民主主義とは何か ― 政治の多様な側面
III 民主主義の思想的条件
第8章 「ポスト物質主義」の政治 ― その意義と限界
第9章 知の変容と民主主義
第10章 有限で開かれた社会へ
関連情報
本の棚:増田一夫 評「民主主義、その批判的診断と希望」 (『教養学部報』585号 2016年7月1日)
https://www.c.u-tokyo.ac.jp/info/about/booklet-gazette/bulletin/585/open/585-3-3.html