Sayyids and Sharifs in Muslim Societies: The Living Links to the Prophet
276ページ、ハードカバー
英語
2012年
978-0-415-51917-5
Routledge
17億にも達するといわれる世界のムスリム (イスラーム教徒) のあいだには、預言者ムハンマドの一族 (主として直系の子孫) を称し、「サイイド」や「シャリーフ」などといった称号で呼ばれる人たちが多く含まれている。ムスリム諸社会において、彼らの血統は、政治的な正統性の主張に利用でき、宗教指導者の権威づけにも有用であるだけでなく、物乞いにとっても「商売のネタ」になるなど、往々にして重要な意味あいを持っている。この本は、7世紀から21世紀におよぶ世界のムスリム諸社会を視野に入れながら、この預言者一族を多面的に検討した論文集である。
預言者一族は、宗教としてのイスラーム教それ自体についての研究においても、ムスリム諸社会の歴史や現在に関する研究においても、ながらく真剣な研究対象とはとらえられていなかった。彼らの存在はいわば当たり前のものとして扱われ、「預言者一族を称する人々が広く見られ、周囲の人々にもそうした存在として受け入れられている」という現象を、一つのダイナミックな社会現象として理解しようとする動きは見られなかったのである。そうした動き、つまり「預言者一族研究」、あるいは「サイイド / シャリーフ論」とでも呼ぶべきものは、対象の広範さを考えても、可能なアプローチの多様性を考えても、いきおい多分野にまたがる共同的なものとならざるをえないが、そうしたものが産声を上げたと言えるのは、ようやく1998年にローマで開かれた国際会議においてのことであった。
私のこの編著、Sayyids and Sharifs in Muslim Societiesは、ローマでの国際会議から10年強が経過した時点でのサイイド / シャリーフ論の進展状況を一旦まとめるべく、私が組織し、本郷の東洋文化研究所で開催した国際会議のプロシーディングズ (発表論文集) である。ローマでの国際会議は、方法論における統一性や方向性にはこだわらず、預言者一族を称する人々に関係する事例研究であればとにかく何でも集めたという面が強かった。そこで東京での会議では、預言者一族の血統というものは、常に生物学的な裏付けをもつとは限らない社会的な観念であるという理解を共通の出発点とすることとした。社会的で流動的なはずの観念がどのようにして生物学的な不変のものと広く認識されてきたのか。あるいは、(放っておけば、特に尊重されることもなくなってしまうかもしれない) 預言者一族の血統に対する正負の意義づけは、どういった形で表明され、どのように社会に影響を与えてきたのか。このような問題、すなわち「ありがたい預言者一族」という観念と実体を維持してきた制度や言説を解明することを大きな目標とした。
私自身が歴史畑の研究者であることや、声をかけても会議に参加できなかった研究者などがいたこともあり、本全体としてはやや現代に弱い構成となったのは否めない。これについては、次は頑張ろうと思っているところである。
(紹介文執筆者: 東洋文化研究所 准教授 森本 一夫 / 2016)
本の目次
Part 1: Arguing Sayyids and Sharīfs
1. How to Behave Toward Sayyids And Sharīfs: A Trans-Sectarian Tradition of Dream Accounts MORIMOTO Kazuo
2. Qur’ānic Commentary on the Verse of Khums (al-Anfāl VIII:41) Roy Parviz Mottahedeh
3. Debate on the Status of Sayyid / Sharīfs in the Modern Era: The ‘Alawī-Irshādī Dispute and Islamic Reformists in the Middle East YAMAGUCHI Motoki
Part 2: Sayyids and Sharīfs in the Middle East
4. Genealogy, Marriage, and the Drawing of Boundaries among the ‘Alids (Eighth–Twelfth Centuries) Teresa Bernheimer
5. A Historical Atlas on the ‘Alids: A Proposal and a Few Samples Biancamaria Scarcia Amoretti
6. The Reflection of Islamic Tradition on Ottoman Social Structure: The Sayyids and Sharīfs Rüya Kilic
7. The Ashrāf and the Naqīb Al-Ashrāf in Ottoman Egypt and Syria: A Comparative Analysis Michael Winter
Part 3: Sayyids and Sharīfs beyond the Middle East
8. Shurafā in the Last Years of al-Andalus and in the Morisco Period: Laylat Al-Mawlid and Genealogies of the Prophet Muhammad Mercedes García-Arenal
9. The Role of the Masharifu on the Swahili Coast in the Nineteenth and Twentieth Centuries Valerie J. Hoffman
10. Dihqāns and Sacred Families in Central Asia Ashirbek Muminov
11. Sacred Descent and Sufi Legitimation in a Genealogical Text from Eighteenth-Century Central Asia: The Sharaf Atā’ī Tradition in Khwārazm Devin Deweese
12. Trends of Ashrāfization in India Arthur F. Buehler
13. The Sayyids as Commodities: The Islamic Periodical Alkisah and the Sayyid Community in Indonesia ARAI Kazuhiro
関連情報
Raffaele Mauriello, Bulletin of the School of Oriental and African Studies 76-2 (2013): 302-304
Gabriele vom Bruck, International Journal of Asian Studies, 11-1 (2014): 115-118
Abdessamad Belhaj, Arab Studies Quarterly, 36-2 (2014): 173-175