東京大学教員の著作を著者自らが語る広場

表紙に大きな岩のある海岸の写真

書籍名

ボラーニョ・コレクション 第三帝国

著者名

ロベルト・ボラーニョ (著)、 柳原 孝敦 (訳)

判型など

404ページ、四六判

言語

日本語

発行年月日

2016年7月27日

ISBN コード

9784560092675

出版社

白水社

出版社URL

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ボラーニョ・コレクション: 第三帝国

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『野生の探偵たち』や『2666』のヒットによって、単にラテンアメリカ文学のみならず、広く世界文学の文脈で今やスタンダードとなったチリの作家ロベルト・ボラーニョ (1953-2003) の翻訳コレクション全8冊のうち第7回配本の小説。
 
『野生の探偵たち』以後、次代を担う存在と期待されながら、5年ほどの後には死んでしまった作家を惜しむ気持は強く、死後も若書きの原稿などが発掘されては新刊として出版されている。『第三帝国』はそうした死後出版物のひとつ。1989年に手書きの原稿で書かれ、その後タイプライターで清書された後、コンピュータ購入後に途中まで電子化されていた作品。それが2010年に出版されたもの。
 
小説はスペインの地中海沿岸リゾート地にやってきたウド・ベルガーという名のドイツ人青年の日記の形式を採っている。ウドはボードゲームのドイツ・チャンピオンで、その年の夏は「第三帝国」という戦争ゲームの新しいヴァリアント開拓の目論見も兼ねて、恋人とともに夏を過ごしにやって来たのだ。ところが、当地で知り合った他のドイツ人カップルや地元の青年たちと夜な夜なディスコに出かけたりして日々を送り、ゲームの仕事はなかなかはかどらない。
 
そろそろ休みも終わろうかというころにそのドイツ人カップルの一人チャーリーが失踪してしまう。海で遭難したようだ。女たちはそれぞれ仕事があるので帰国するが、ウドはホテルに残ることにする。海岸で観光客にボートを貸し出す仕事をしていた <火傷> をホテルの部屋に招き入れ、「第三帝国」を二人でプレイするようになる。「第三帝国」は第二次世界大戦をモデルにした戦争ゲームで、ルールも複雑だし、実際の戦争の背景も知らなければならないしで、初心者がベテラン相手にそう勝てるものではない。だが、<火傷> はみるみる上達してウドを追い詰めていく。
 
ところで、ウドは子供のころから親に連れられてこのホテルにリゾートに来ていたので、馴染みだった。当時からの憧れの的だったホテルのオーナー夫人フラウ・エルセと関係を持とうという下心もあり、特に恋人がドイツに戻ってからはあからさまにフラウ・エルセに迫るようになる。夫はどうやら病に伏せており、余命幾ばくもないようだ。だがウドは、彼が無断で自分の客室に入ってきてゲームの戦況を観察し、<火傷> に入れ知恵しているのではないかと勘ぐる。ある日、意を決して病床のオーナーに会いに行く。オーナーはゲームに負けたらどんな仕打ちが待っているかとほのめかし、ウドの不安を煽る。夏が終わってさびしくなる一方のリゾート地の雰囲気とチャーリーの死の可能性、オーナーの漂わせる死の影、自らの身に迫る危険、そうしたものによってウドの日記には不穏な空気が充満する。
 
既に述べたように、若書きの原稿ではあるが、ボラーニョ特有の不穏さ、暴力の匂いなどを感じさせる作品。
 

(紹介文執筆者: 人文社会系研究科・文学部 教授 柳原 孝敦 / 2017)